結婚して初めての夜 sideアルファ ※R
結婚式の後の食事会は賑やかに進んでいった。親しい人のみを集めた小さな集まりだ。皆が笑い、大いに盛り上がっている。今はミランダとロンダがはしゃぎながら踊っている最中だ。
その愛らしさに目を細めているとヨーゼフが近づいてきて、隣に座った。
「あんなにはしゃいじゃって、カワイーね」
「そうだな」
「でもさー、あの二人分かっているのかな?」
「何がだ?」
「この後、何をするのかって」
「………」
突然、何を言い出すんだと思った。
「無粋だぞ、ヨーゼフ」
「え~、だってさ、アルファ君だってその気なんでしょ?」
「………」
その気かその気ではないかと言われたら、その気ではあるが…
ミランダを見つめる。目があった。キラキラと年相応の眩しい笑顔で見つめられ、こちらも笑顔になる。
しかし、あの顔は分かってないだろうな…
こちらの欲なんて。
それにため息をつきたくなるが、 仕方ないとも思う。あの無垢な眼を曇らせるのは忍びなかった。
「泣かせたくはないからな…嫌がられたら待つまでだ」
「あら、おっとな~! アルファ君なんて我慢の限界なのかと思ってた。なになに、我慢しすぎて悟りでも開いちゃった?」
失礼な――と、言いたいが今までも理性が崩壊する危機は幾度となくあったため、無意識のうちに我慢しているとは思う。
「せっかく結婚したんだよ? しかも目の前にはご馳走があるんだよ? 食べちゃわないの?」
「……ご馳走がその自覚がなければ食べるわけにはいかないだろ」
「そりゃそうだけど。俺には理解できないな~。せっかく、ずっと我慢してたのに」
くすりとヨーゼフが笑う。悪い顔だ。
「その気がないならその気にさせるまでだよ。悟らせないように逃げ道を塞いで、イエスしか言えないようにする。ロンダは単純だから、きっとキレイに罠にかかってくれるはずだよ」
にこりと笑って言われた事に呆れる。到底、私にはできない真似だ。
「あまり、ロンダを泣かせるなよ」
「う~ん、どうだろ? ってかなんで、アルファ君が呼び捨てにしてるの?」
「そう呼んで欲しいって言われた。家族だからな」
そういうとむくれられた。子供か。
「ずるいずるい~。俺だってようやく呼び捨てにできたのに」
メラッとついた嫉妬の炎に、余計な事を言ったか…と思った。姉となった人の無事を祈るまでた。まぁ、恐らくは大丈夫だと思うが…たぶん。
そんな話をしているうちに、食事会は解散となった。
◇◇◇
ミランダははしゃいでいた。楽しげにベッドの上に乗って私を手招きしている。その無邪気な誘いにのりそうになった。
いかん…ミランダにその気は微塵もないのだ。
ただ、ベッドのスプリングを楽しんでいるだけだ。だが、あれだけ弾めば体は痛くないだろう。よかった。
「………」
――よかった? なにがだ。
まずいヨーゼフがあんなことを言うから意識してしまう。ここは話をそらさなければ…
ミランダをベッドに座らせて感謝を述べる。君と出逢えたことで私は多くを知った。なにより、かけがえのない愛を教えてくれた。今、君がここにいることを神に感謝したい。
本当に奇跡のような出逢いだったのだから。
感謝を言っていると、泣かれてしまった。それすら愛しくて頭を抱き寄せた。
ードクン…
触れると妙に心臓が高鳴る。そんなつもりもないのに、勝手に体は熱くなる。ミランダを見つめない方がいい…そう思ったのだが、視線は絡み合う。そして、目を伏せられた。いつもの合図。それに欲が隠せそうになかった。
吸いよせられるように唇を重ねる。徐々に深まるそれにクラクラと目眩がした。もっと…と欲しくなり無意識に手が伸びる。
ーぷちん
ミランダの服のボタンを外したらところで我に返る。見ると何も分かっていない瞳があった。
「なぜ、服を脱ぐのですか?」
―――やっぱりか…
その言葉に思いの外にショックを受けていることに気づいた。
男として意識されていないのか?と不安になる。いや、不満だ。
『――その気がないなら、その気にさせるまでだよ』
不意にヨーゼフの言葉を思い出す。それに煽られた私はなんだかんだ言っても、堪え性がない、ただの男だ。
「ミランダ…」
「はい。アルファ様」
「その…私達は結婚した」
「はい。アルファ様」
「…だから、結婚して初めての夜になる」
「そうですね。初めての…」
ここまで言えばわかったらしく、ミランダが真っ赤になって飛び退く。青くなったり、赤くなったりくるくる表情を変わる彼女。可愛い…
意識されていることは分かって思いの外嬉しかった。だから、今はそれだけで、いいと思ったんだ。
「ミランダ…」
ミランダの指先を掴む。びくりと跳ねたことに少し罪悪感が募った。なるべく怖がらせないように、穏やかに言葉を紡ぐ。
「焦る必要はない。君は少しずつ夫婦になればいいと言ってくれた。私もそう思う。心の準備ができるまで待つから、怖がらないでくれ」
なるべく紳士的にスマートに言ったつもりだ。そして、今日はミランダを抱きしめて寝ることを許してもらおう。そんな算段をつけていたのだが…
私は忘れていた。
ミランダが私を煽る天才だと言うことに。
「アルファ様…アルファ様はその…すぐ子供が欲しくはないですか?」
ミランダの言葉に一瞬、理解ができなかった。
子供…
子供だと!?
いや、まて。まてまてまて。
ミランダのことだ。コウノトリが連れてくるとか思ってそうだ。期待してはいけない。期待なんか…
そう思っているのに、ミランダから視線が外せない。
「私は子供が欲しいです。でも、その…私の準備を待っていたら、いつできるか…」
ードクン
子供が欲しい?
ードクン…
それは、つまり。
私とそういうとこをしても良いと言うことか?
ードクン!
「頼むから、あまり煽らないでくれ」
自分に集まる熱を誤魔化したくて、ミランダから視線を反らした。心臓が痛いくらい高鳴っている。ダメだと思うのに止められない。
「欲しいに決まっている…君との子だぞ。絶対に可愛い」
吐き出した言葉は紛れもない真実だった。しかし同時に自分の欲でもあった。
頼むからこれ以上言わないでくれ。
さもないと、私は――
「なら…」
「私に命を宿してください」
―――プツンと理性が切れる音がした。
気がつくとミランダをベッドに押し倒していた。両手を拘束し、顔を覗きこむ。心臓は早鐘し、吐き出す息が熱くなる。
「ちゃんと意味が分かって言っているのか?」
それにこくりと頷かれた。
「…先程まで怖がっていただろう…無理はさせたくない」
「怖くはないです…ただ…」
「ただ?」
「私…そのやり方を分かっていなくて…アルファ様に幻滅されたくなくて…だから」
「アルファ様が教えて下さいっ!」
目の前にご馳走があったら
もちろん食らいつくに決まっている。
しかし、ご馳走がその自覚がなかったら
我慢するつもりだった。
だが、ご馳走がその自覚をしたら…
食らいつくまでだ―――
「その…初めてですので、もろもろ可笑しな所があるかもしれませんが…何卒、ご指導のほどを―――っ!」
ミランダの言葉を飲み込むように口づけをする。幾度も角度を変えて彼女の口の甘さを堪能した後、ミランダの服に手をかけた。
今度は躊躇しない。
「愛してる、ミランダ」
「私の全てをあげるから、君の全てを私にくれ」
そして、彼女の体に溺れていった。
◇◇◇
翌朝、私は頭を冷やすためにバルコニーに出ていた。起きたら寝ているミランダを見てつい、昨日の続きをしたくなったからだ。
シャツとズボンという簡素な服のまま、バルコニーに出ていた。そして、ため息をつくと、隣の部屋からバルコニーに誰かが出てきた。その姿にギョッとする。
「あれぇ~、アルファ君」
「ヨーゼフ…」
その格好に頭を抱えたくなった。ボタンを留めずにシャツは羽織ったまま。何があったか分かる格好だ。
「ふふっ。昨日はどうだったの?」
ご機嫌で聞いてくる。この様子だとヨーゼフの思い通りにすべてなったのだろう。
「言わない…」
「あ~、その顔はエロいことしたな。でも、昨日は我慢するって言ってたじゃん。どうしたの? その気にさせたの?」
「いや、その気にさせられた…」
ポツリと呟くとヨーゼフが目を爛々と輝かせてバルコニーから身を乗り出す。しまった、これは言うべきではなかった…
「なになにそれ! どーゆうこと!」
はしゃいだ声にムッとしながら、同じ台詞を言う。
「言わない…」
昨日の彼女は私だけのものだから。




