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4.これが恋だろうか sideアルファ

 仕事を終えた私は一息ついていた。ふと顔をあげると、窓の外に晴天が広がっていた。太陽の眩しさに目を細める。よい天気だな。こんな日は彼女と一緒に、外を散歩してみたいものだ。


 彼女――私の婚約者、ロンダ。

 彼女のことを思うと、胸があたたかくなるが、落ち着かない気持ちにもなる。


 この前送った手紙は、読んでくれただろうか。いささか本心を書きすぎたような気もする。彼女がひいてしまわないと、いいのだが。


「はぁ……」


 こういう駆け引きは苦手だ。あいつ――ヨーゼフなら、うまくやるんだろうな。


 ヨーゼフは学園の頃に知り合った男で、今も仕事を一緒している。彼の情に流されない仕事ぶりには、父上も私も一目おいている。


 しかし、私生活の彼は実に、女にだらしない。泣かされた女は、数知れず。見た目が良いから、たちが悪い。特定の相手を作らないから、彼の本命はこの私だと勘違いされ、刺されそうになったこともある。冗談みたいな話だが、実話だ。


 女は怖い。いつ豹変するか分からない。刃物を振り回す姿は、常軌を逸脱していた。

 私が恋愛をする気になれないのは、ヨーゼフと恋人との修羅場を見すぎたせいもある。振り返ると、迷惑極まりない話だ。


「はぁ……」


 何度目かのため息をついた後、私は冷めかけたお茶を口にふくんだ。


 ――バタバタバタバタ!


 ドアの向こうから、足音が聞こえる。この足音は、母上だな。お茶をひっくり返されないように、カップを避けておかなければ。


 ――バタン!


「アルファ! これ、見て頂戴!」


 ものすごい勢いで扉が開かれ、母上が鼻息を荒くして近づいてきた。扉の立て付けを後で確認しなければ。今ので蝶番が外れかけたかもしれない。


 ――バン!


「アルファ、聞いてるの!?」

「なんですか」


 机をおもいきり叩きながら、母上は私には詰め寄る。先ほど、カップをよけておいて本当によかった。してなければ、カップが落ちて、母上がケガをしていたかもしれない。


「お手紙が届いているわよ!」

「……?」

「だーかーら! お手紙よ! ロンダ様からの!」


 驚いた。返事を書いてくれたのか。


「早く開いて、お返事を書きなさい!」

「母上、仕事がありますので、返事は後で……」


 ――バンバンバン!


 またも母上は机を強く叩き出す。カップが揺れだしたな。手に持っておくか。


「仕事とロンダ様と、どっちが大事なの!」


 そんなことを言われても、比べられるものではないだろう。どちらも大事だ。


 そう考えて、ふと気づく。

 何よりも仕事を優先させていた私が、仕事と彼女を同等に扱っている。これは……どうしてだ?


「アルファ! 聞いてるの!?」


 ――バンバン!


 母上がまた強く机を叩いた。あとで執事のマールに、母上の手に薬を塗るよう頼んでおこう。あんなに叩いたら、手が腫れ上がってしまう。


「仕事は仕事です。先にやります」

「まぁ! ほんと、お父様に似て仕事人間なんだから! いい、アルファ。ロンダ様を悲しませるようなことは、私が許しませんよ。あんな可愛らしいお嬢さんが、あなたと婚約してくださるのよ! 感謝しなさい!」


 母上がヒステリックに叫ぶ。


「今まで何回、縁談を断られたと思っているの! いい! ロンダ様に断られるようなことがあったら、この母が許しませんからね!」


 母上はふんと鼻を鳴らして、出て行ってしまった。強く閉めたものだから、今度こそドアから変な音がしていた。


「はぁ……」


 もうため息しか出てこない。確かに母上の言うことは一理あるので、私は反論できない、


 私は長男で、他に兄弟もいない。

 私が家を継ぐしかないのだが、そのためには妻を娶りなさいと父上に言われている。

 独り身のままでは、継がさないというわけだ。

 世継ぎを作り、血筋を絶やしてはいかん。

 特に私の家は国境を守る城があるから、維持する使命がある。

 それはわかる。わかっているからこそ、母上に勧められるがまま、何人も女性との縁談をしてきた。


 だが、多くはこの見た目と愛想のなさ、また都市から遠い辺境の地ということで婚約が破談となった。


 今、貴族という文化は衰退しつつある。体面を保てないから爵位を国に返上する貴族も少なくない。作物の不作が長く続き、戦争で田畑は荒れ、金がなくなり、没落した家も多くある。

 体面を保つために、爵位のない富豪と結婚して家を守る女性もいるが、それよりも自由恋愛を求める声も多いのだ。


 女性は長く家の為に尽くし、パートナーを選べない立場が続いていたが、今はそんなことはない。むしろ、抑制されていた分、結婚相手を選ぶ目は厳しくなっていた。女性も自立して働く時代だから、内面のよさが求められている。話し上手、聞き上手が結婚相手に求められる一番のものらしい。


 そうなると、私の場合、零点だろう。


 爵位を持っている者の結婚は、教会で婚約式をあげ、その後、結婚式となる。婚約期間中に、別れても戸籍が汚れないという理由からだ。離縁も認められているが、好まれてはいない。


 私も断られたのは、婚約式をあげる前だった。


 何度目かの縁談が白紙に戻り、もう結婚は諦めるしかない。ロンダと出会ったのは、そんな時だった。


 彼女は今までみた女性とは、何もかもが違った。

 私を怖がらずに、素敵とまで言ってくれた。懸命に話をして、私の言葉を待ってくれた。そんな女性は初めてだった。


 だからこそ戸惑った。

 私が婚約者でいいのだろうか。

 彼女は私よりもずっと若い。九歳も年下だ。

 行き遅れている男よりも、彼女に似合う若い男がいいのではないか。彼女なら引く手あまただろう。


 しかし、そんな思いとは裏腹にふとした時に彼女のことを考えてしまう。


 また、会いたい。

 あの光輝く笑顔が見たい。


「はぁ……」


 ため息しかついていないな。仕事をしなければ。

 思い直して、手紙を引き出しにしまう。そして、仕事に取りかかった。


 しかし。


「………………」


 一時間経っても仕事は進まなかった。

 手紙が気になってしかたがなかった。


 なんと書いてくれたのか。

 嫌がられてはいないだろうか。


「はぁ~~~~……」


 一時間を無駄に過ごした私は、観念して手紙を読むことにした。



『アルファ様へ


 お手紙ありがとうございます。とても、とても素敵な手紙で、胸がいっぱいです。


 アルファ様がそのようにご自身のことを考えていられたんだなんて、驚きです。

 でも、また一つアルファ様のことが知ることができました。嬉しいです。


 私はアルファの見た目も素敵だと思いますが、多くを語らないところも好きです。アルファ様からの言葉は少ないですが、語られる言葉はとても真摯です。

 怖くないか、と聞かれましたのも、私を思ってくださるからでしょう。その気遣いが、私は嬉しいのです。

 すみません、偉そうなことを言ってしまいました。忘れてください。


 お花、楽しみにしてますわ。できれば、カーネーションがいいです。私、カーネーションが大好きなのです。


 またお会いできる日をら指折り数えてお待ちしております。それまでどうかお体に気をつけてくださいませ。


 ロンダ・カリムより』



 読み終わった私は、思わず顔を手でおおった。顔が熱い。彼女がこれを書いてくれた。それだけで、どうしようもない気持ちになる。


「忘れるわけないだろう……」


 やっと出た言葉は、熱をはらんでいた。この気持ちをなんと名づけようか。



 *


 翌日、私はヨーゼフと昨日の手紙のことを話していた。いや、話したというよりも、あまりにしつこく聞くから少し教えただけだ。返事に迷ってしまい、まだ彼女へ手紙は出していない。そのことをヨーゼフに伝えると、にやつかれた。


「それは、もう恋だね。恋」

「恋……?」

「間違いないね。恋というか、確実に愛までいっちゃってるね」


 愛……?

 この私が?

 彼女を愛しているのか?


 ピンとこないが、心臓だけはやたら早く動いていた。


「彼女とは、まだ一回きりしか会ってないのだぞ」

「ちっちっちっ。回数なんて関係ないね。恋は一瞬で落ちるものだからさ」


 落ちるもの……か?

 なんとなく彼女への思いに当てはまらない。彼女への思いはたとえるなら、そうだな。


「落ちるものではなく、あたたかなものだ。彼女の一言一言が、私を照らしてくれる。冷たく閉ざされた心をゆっくり溶かしてくれるんだ。彼女は太陽みたいな人だからな」


 オレンジ色が好きだと言った彼女。太陽の明るさを思わせる色は、彼女の印象そのままだ。


「はぁ~……恋をすると人はここまで変わるのかねぇ~」

「なにが言いたい」

「いやいや。いいよ、いいよ、アルファ君」


 からかうような口ぶりのヨーゼフに苛立ってくる。


「なんだ、はっきり言え」

「じゃあ、言わせてもらうけど、今、君はものすっごーく恥ずかしいことを言ったんだよ」


 恥ずかしい?

 そうなのか?


「もう、聞いている俺の耳は砂糖菓子をまぶしたようにゲロ甘よ。ほんと、すっごい甘々」

「そうか?」

「そうなの。ぜひ、その言葉は君の婚約者殿に聞かせてあげてほしいね。ささやきボイスで」

「言われたら嬉しいものか?」

「嬉しいと思うよ~。特に君はそんな事をいうような柄に見えないから。ギャップ萌えではげそうだよ」


 ハゲの言葉に眉根を寄せる。


「彼女を禿げさせたくはないぞ?」

「うん。君なら、そういうと思ったよ。はげないからね。比喩だから。安心してね」


 にっこり笑ったヨーゼフに、なんなんだという気持ちになる。


「まぁ、君はほらあれさ。運命の出会いというものをしたんだよ」

「運命の出会い? お前がいつも言っているやつか」

「あぁ、あれは違うよ。口だけの薄っぺらいもの。でも、君のは違うだろ? アルファ・アールズバーク次期伯爵殿」

「トゲのある言い方だな」

「それは失礼いたしました~」


 大げさにお辞儀をするヨーゼフにため息をつく。


 しかし、運命の人か。

 彼女が私の、運命の人。

 その言葉は、妙にしっくりきた。


「ところで、君の愛しの婚約者殿に会うのはいつなんだい?」

「とうぶん先だ。少なくとも桟橋のいざこざに方がつくまでは無理だな」

「あー、例の貴族がごねごねちゃんのやつね。桟橋一つで婚約者殿にも会えないなんて可哀想。貴族も空気読めってんだよなー」

「仕方あるまい。仕事だ」

「仕事ねー。そうやって仕事ばっかしてると、愛想つかされちゃうよ。十六年後とかに」


 妙に具体的な数字がややひっかかったが、流すことにした。


「肝に銘じとく」

「じゃあ、会えない間はせいぜい、あつーい愛の言葉を綴るんだね。出だしはもちろん『愛しの君へ』だよ?」

「愛しの君か?」

「うん。そういうベタなはじまりが女の子は、好きなんだよ」


 そういうものか?

 恥ずかしくはないのだろうか。

 だが、彼女が喜ぶなら何でもしてあげたいという気になる。


 愛しの君へ、か。

 書いてみるか。


 私は心に決めて仕事に戻った。



 仕事を終えた私はヨーゼフの助言通りに手紙を書くことにした。そばには屋敷に戻る前に買った彼女への贈り物がある。それに目を細め、羽ペンを走らせた。



『愛しの君へ


 手紙をありがとう。私も胸の高鳴りがおさえきれない。


 君の言葉一つ一つがやさしく、冷たくなった私の心を溶かすように思える。

 君は太陽のような人だ。私をあたたかく照らしてくれる。

 君のような人に出会えたことに神に感謝しなくてはいけないな。


 すぐにでも会いに行きたいが、まだ仕事が片付かない。すまないが待っていてほしい。代わりに、君の好きなカーネーションの花を一緒に贈る。


 店の者に聞いたのだが、オレンジ色のカーネーションの花言葉は『純粋な愛情』だそうだ。

 今の私の君への気持ちだ。受け取ってほしい。


 会えるその日まで、どうか体に気をつけて。


 アルファ・アールズバークより』



 彼女は花を喜んでくれるだろうか。

 オレンジ色の花の横で微笑む彼女が想像できて、私は自然と笑うことができた。



おまけ話


ミランダがあの手紙を書いたときのひとこま。


──

 アルファ様からの手紙の返事を書いて、ロンダに見せました。書いた内容はこのようなものです。



『アルファ様へ


 お手紙ありがとうございます。とても、とても素敵な手紙で、胸がいっぱいです。

 アルファ様がそのようにご自身のことを考えていられたんだなんて、驚きです。


 でも、また一つアルファ様のことが知ることができました。嬉しいです。


 アルファ様からの言葉は少ないですが、語られる言葉はとても真摯です。


 怖くないか?と聞かれましたのも、私を思ってくださるからでしょう? その心が私は嬉しいのです。


 すみません、偉そうなことを言ってしまいました。


 オレンジ色のお花、とっても楽しみにしています。


 またお会いできる日を指折り数えてお待ちしております。それまでどうかお体に気をつけてくださいませ。


 ロンダ・カリムより』



 ロンダはじっと手紙の内容を読んだ後、片方の眉を器用につり上げました。


「ミランダはアルファ様の見た目が好みなのよね?」


 ドキンと胸が跳ねました。


「え、えぇ……」

「アルファ様は自分の容姿を気にしているようだし、ストレートに好きな見た目ですって書いたら?」


 え? えぇっ?!


「そ、それは恥ずかしいわ。火をはく竜を倒しそうなお姿で素敵ですって書いたら、絶対に変な子だって思われちゃうわよ……」

「火をはく竜のくだりは書かないで、好きなタイプですって、書けばいいのよ。ミランダだって、自分が気にしていることを好きって言われたら嬉しいでしょ?」


 それは確かに……嬉しい。

 励みになるわ。嫌いなところも、好きになれそうな気がします。


「後は、お花も好みはこれです。ハッキリ書いちゃえば? そうすれば、アルファ様も買いやすいでしょ」

「そうね。ロンダはお花は何が好きなの?」


 私はお花が好きだけど、ロンダからは聞いたことがないわ。


「それはもちろん、カーネーションよ」

「まあ、私と一緒なのね」


 ロンダは得意気にぱちりとウインクしました。


「それはもちろん。双子だしね」

「ふふ。そうね」

「あ、それと、〝偉そうなことをいって、すみません〟の後に忘れてくださいって書けば、アルファ様も気にならないんじゃない?」


 あ、それはいい考えだわ。


「うん。そうしてみるわね」


 私は新しい便箋を取り出して、手紙を書き直しました。


「忘れてくださいって言われた方が、余計、気になるものだけどね……」

「ん? 何か言った?」

「なんでもなーい」


 ふふっと、ロンダが笑います。

 彼女の顔はとても楽しそうに見えました。


 私を見る目が、妹を心配するお姉さまのものに見えて、こてんと首を傾けました。


────

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