【幕間】それぞれの夜 エミリア&バロック
元々、釣り合いが取れた婚約ではなかった。
相手は大貴族――公爵家の嫡男だ。
一方、こちらは名ばかりの貴族。妹たちの支度金も払えない貧乏貴族。
婚約の話を聞いた時も信じられなかった。でも、結婚すれば妹達の支度金が払えるかもしれない。そんな浮わついた心があったのも事実だった。
お金目当てだ。そう揶揄されることも多かった。なんで貴方が?と言われることも。それを知りたいのはこちらですと思ったが、私は表情筋が死んでしまっているので、顔には一切でなかった。そのうち罵倒しつくした相手が折れて去って行ってしまう。それでよかった。
本当にバロック様は私のどこがいいんだろう…バロック様にとって私との婚約は利点がなさすぎる。だから、私は覚悟はしていた。
いつか愛想をつかされて婚約破棄になる。
そのためにも手に職を持ってお金に困らないようにしよう。くれぐれも、婚約者だからといって出過ぎた真似はしないようにしよう。
そう、覚悟はしていた。いつも。
でも…
どこかで期待もしていた。
バロック様が私のことを本当は好きでいてくれることを。
燃えるような赤い髪がなびき、深緑の双眸が私を見るたびにドキドキした。
――そう、恋をしていた。
釣り合わないとか、お金のためとか、そんなことは全て言い訳で、私はバロック様が好きで、婚約者であり続けたかった。
―――だが。
いくら好きな人でもやっていいことと悪いことがある。特に今回、私の大・大・大好きなミランダちゃんを監禁するという暴挙は許せない。なので、面と向かって理由を聞いていた。
バロック様は先ほどの一発で動けないらしいので、私も床に座って問い詰める。ヨーゼフ卿とロンダちゃんにはご遠慮して頂き、二人っきりで監禁現場にて事情聴取中だ。
「要するに、ミランダちゃんに八つ当たりして、私から逃げたくてミランダちゃんを監禁したというわけですね」
「監禁って…そんなつもりは…」
「いいえ、監禁です! このような暗がりの部屋で結婚が決まった淑女を拘束するなど、私達が気づかなければ、良からぬ噂の元ですよ!」
そう強く言うと、バロック様は黙ってしまった。私は怒りのままに言葉を続けた。
「私のことがお嫌いならそうハッキリと言ってください! こんな遠回しなことをせずとも言えばいいじゃないですか!」
「エミリア、ちょっと待て!」
「いいえ、待ちません! 婚約破棄したいのならそうすればいいです! 私はその覚悟をずっとしていました!」
そこまで言うとバロック様の顔が哀しみで歪んだ。
「なんだよ、それ…」
「この婚約にそちらに利点などありません。だから…」
「っ! 利点なんてどうでもいい!」
バロック様が私の肩を強く掴んだ。好きな深緑の瞳が悲痛の色になっている。
「そんなのお前が好きだから以外あるか! 俺はエミリアが好きだから婚約者になったんだ!」
――好き…嘘…
「っ…お前が俺との婚約に乗り気ではないことも、俺のことを好きでもないことも分かってる…だけど…」
バロック様が抱きしめてくれる。
「それでもいいから! 俺はお前が欲しかったんだ!」
強い抱擁。それに目眩がしそうだった。
本当に?
夢ではなく、バロック様が私を好き?
体と頭が実感できずに、可愛いげのないことを言ってしまう。
「…本当ですか? だって、今日だって…ドレスが似合わないって…」
「それは! …っ。エミリアが可愛くてつい」
は? 可愛くてつい??
「可愛かったら、可愛くないと言うのですか?」
「いや…それは…っ!」
バロック様が真っ赤になって吐き出すように言う。
「俺はエミリアが好きすぎて、照れくさくて、つい反対のことを言ってしまうんだ…もっと大切にしたいのに、それが上手くできない」
くしゃっと赤い髪をかきあげながらバロック様は言葉を止めない。
「す、好きになったことなんて初めてで…だからっ…あ~~っ! 上手く言えない!」
叫ぶバロック様を見つめ、心があたたかくなるのを感じた。
あぁ、そっか…
私達は同じなんだ。
不器用で言葉足らずで。
でも、それでも
好きな気持ちだけは同じなんだ。
「バロック様、私が好きになった初めての相手なんですか?」
「っ…そうだよ!」
「そうですか。私も同じです」
「同じって…」
脳裏に閣下とミランダちゃんの姿がよぎった。あんな風に心を通わせたいとずっと願っていた。この方と。
「バロック様、私も好きですよ」
言葉にしたら急に恥ずかしくなった。
でも、勇気を出して。
思いはあなたへ。
上手く笑えないかもしれないが、それでも笑って言う。
「ずっとバロック様が好きです」
そう言うとバロック様は面白いくらい真っ赤になった。
「す、好きって…本当か?」
「本当です」
「本当の本当です」
「本当に…?」
頼りなさげに揺れる瞳に微笑みながら、頬にキスをした。
「っ!」
閣下に後で謝らなければ。
散々、破廉恥だと罵ってしまった。
今なら分かる。
思いを伝えるために、触れるというのは自然なことだ。そして、触れた後の心地よさでまた触れたくなる。
「伝わりましたか?」
そう言うと、バロック様は頷いた。そして、何か決意したように意思の強い眼差しで言う。
「エミリア、あと三年…いや、二年待ってくれ。その間に誰にも文句は言わせないようにする」
「俺は爵位もエミリアも諦めない! だから、待っててほしい」
プロポーズのような言葉に心を込めて笑顔を見せる。
「はい。バロック様。ずっとお待ちしてます」
――エミリアちゃんもちょっとだけ勇気を出してみて。話すのって大事よ!
ミランダちゃんの言葉が脳裏に蘇る。
本当に勇気を出してみてよかった。
ありがとう、ミランダちゃん。
それぞれの夜はエミリア→ロンダ→ミランダと続きます。




