31.黒い感情に射す光 sideアルファ
――その感情を自覚したのはいつだったか。
たぶん、ミランダと一夜を過ごした朝のことだ。あの時は、傷つけたくなくて、怖がらせたくなくて…でも、触れたいと願わずにはいられなくて、懇願した。
ミランダは私にされて怖いことはないと言ってくれた。なんでもしたいと。
嬉しかった。本当に。
満たされていると感じた。
しかし同時に気づいたんだ。
ミランダを自分だけのものにしたいという黒い感情に。
その感情がいつか彼女を傷つけないか恐ろしかった。
そして、それは現実となってしまう。
ミランダが居なくなったと知って正気を失った。そして後悔した。化粧室だろうとなんだろうとそばに付いていけばよかったんだ。
誕生日パーティーに出席するにあたり、私は警戒していた。母上の言っていた貴族の噂だ。現に会場に入ったとたん、好奇の目が一斉に振り返って嫌になった。
何か言いたそうな顔でヒソヒソする姿は見ていて腹立たしかった。
牽制の意味も込めて、一刻も早く陛下に会わねばと思い行動した。皇后陛下まで気に入られたのは予想外だったが、陛下があれだけ派手に言ってくれたんだ。下手にこちらに近づく者もないだろう。ミランダと心地よく踊り、私は安心しきってしまったんだ。
だから、余計に自分が腹立たしかった。
そして、その腹立たしさを最悪の形でミランダにぶつけている。
思い返せばミランダが他の男と触れあっている所など見たことがない。前にヨーゼフが気軽にミランダに触っていたことがあったが、それも嫌な気持ちになった。
ましてや、暗がりで抱きついている所を見るなんて正気でいられるはずもない。
分かっている。
ミランダが不誠実なことをする人ではないことぐらい。
あれもミランダらしい答えがあってのことだと。
だから、今、こうして黒い感情のままミランダの口を塞ぐのは、私の心が弱いせいだ。
「っ…」
苦しそうに目をつぶるミランダを薄目で見て心が痛む。なのに、今、自分がしている行為に満たされていく。自分の腕の中にミランダがいることが、何にも代えがたいものに思えた。
傷つけたくない
怖がらせたくない
そんなの嘘だ。
本当は傷つけても怖がらせてもミランダを自分のものにしたかった――
「はぁ…はぁ…」
唇を離すとミランダは息を求めて肩を上下させる。細い彼女の体をぎゅっと抱きしめる。彼女はされるがまま受け入れてくれた。ミランダが私の背中に手を回す。何も言わずに、服にシワができるほど、強く握りしめられる。それに情けないが泣きそうになった。
こんな風に乱暴な扱いをしてもなお、ミランダは受け止めてくれる。それに心は限界だった。
「愛してるんだ…」
「そばを離れないでくれ」
今まで面と向かっては言えなかった言葉を言う。それを言ったら、思いが溢れて止まらないと思った。ミランダをこの体全てで欲しがってしまう。彼女の思いなど無視して。
だが、もう止まらない。
私はこんなにも君が欲しい。
「初めてですね…」
ミランダがポツリと呟く。思わず抱きしめていた力を緩めた。
「初めてです。アルファ様からその言葉を聞くのは…」
気づかれていたとは思わなかった。遠回しだが似たような言葉は口にしていた。だから…
「アルファ様、ごめんなさい。怒らせてしまっているって分かっていますけど、私は嬉しくて仕方ないのです」
「愛してるって言ってくださって嬉しいんです。ごめんなさい…アルファ様」
その言葉に黒い感情に光が射す感じがした。
「怖くはないのか?」
「え…?」
ミランダから体を離す。私は信じられない気持ちでいっぱいだった。
「今、ミランダに欲望をぶつけていたんだぞ? 君の意思を無視して、私は…!」
愛してるなんて言っても、それは耳障りのよい言葉でしかない。先ほど、私はミランダを傷つけようとした。黒い感情のままに…だから…
「アルファ様…」
ミランダが背伸びして私の頬を両手で柔らかく挟む。
「確かに…少しだけ怖かったです。でも、怖くたっていいんです」
ふわりとミランダが微笑む。花が開くように。
「怖いことをされたって、それがアルファ様なら私はいいんです」
「だって、愛してますから」
その言葉に心は眩い光に染まる。
どうして君みたいな人がそばに居てくれるんだろう。
最初から君はそうだ。
私のコンプレックスや負の感情も、何もかもを受け入れてくれる。
受け入れて愛してくれる。
それがどれほど私を救ってくれたか…
君に届いているだろうか。
「嫉妬に駆られて、また君を傷つけてしまうかもしれない…それが私は恐ろしい」
「じゃあ、その時はケンカしましょう」
少し予想外の言葉が返ってきてキョトンとしてしまう。ミランダはふふっと笑って、私に抱きついた。
「ケンカして、いっぱい話して、誤解なら解いていきましょ。そして、愛してるって言って、仲直りしましょう」
「そうやって私たち、少しずつ、少しずつ夫婦になっていきましょう」
その言葉に初めてミランダにもらった手紙を思い出す。
『私達は出会ったばかりです。だから、これから少しずつ、少しずつお互いのことを知っていけたらと思っております』
嬉しくて何度も読み返した手紙だ。
そしてミランダに救われた言葉の一つだ。それが今、形を変えてまた、私を救ってくれる。
――あぁ、本当に君は…
今度は包むようにミランダを抱き返した。
「そうだな…少しずつ夫婦になっていこう…」
「はい…」
ミランダの頬に手を添える。
今度は愛しさを込めて君に口づけを。
「愛してる、ミランダ…」
「私も。愛してますわ」
あきれるほど「愛してる」の言葉を口にして、私たちは抱き合いながら口づけを交わした。
以下、言い訳という名の余談です。
余韻に浸りたい方はスルーでお願いいたします。
アルファの感情について。
黒い感情の話が出た20話にかなりの勢いで黒くなっていたのですが、削りました。というか、アルファの感情については、私が手綱を握って制限していた所があります。
暴走するとなろうでは書けないものになると思ったからです。
ただ、今回、手綱が切れました。
というか気づいたら切れていました(汗)
どうした、アルファ!? と、思われた方もいるかもしれません。それは私のせいです。
そして、今まで制限かけてごめんなさい、アルファ。
これからの彼はキス魔+愛してるの言葉を獲得しデロ甘になります。
最後までお読みくださりありがとうございました。




