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30.誤解とすれ違い

 お化粧室はパーティー会場からまっすぐ歩いた右手にありました。用を済ませ、化粧室を出ると近くを通っていた男性とぶつかりそうになります。


「失礼しました」

「いや…こちらこそ…お前は…」


 顔を上げると赤い髪に深い緑の目をした背の高い男性が驚いた顔で見つめています。

 まぁ! この方もアルファ様みたいに背が高いわ! 貴族の方は火をはく竜を倒しそうな方ばかりなのね。

 そんな場違いなことを考えていると、赤髪の男性は眉を顰めて私を見つめます。


「お前は確かアールズバーク卿の婚約者の…」

「あ、はい…ミランダ・カリムと申します」


 知らない方でしたが、あちらは私を知っているようなのでお辞儀をして答えると、赤髪の男性は怒りの表情で言いました。


「お前か! エミリアを惑わす天使は!」

「??」


 なんのことだか分かりませんが、赤髪の男性は興奮して話し出します。


「お前に出会ってからエミリアは、ミランダちゃんは可愛い、天使だと、手紙でもずっとそればっかりだ。今日だって会えるかもしれないと蕩けた目で言いやがって! おい! エミリアを惑わすのはやめろ!」


 あまりの言い草に呆気にとられてしまいます。

 エミリアちゃんを惑わすな?

 じゃあ、この方はもしかして…


「エミリアちゃんの婚約者様でいらっしゃいますか?」

「そうだ! 俺はウォルフォード公爵家の嫡男、バロックだ」


 やっぱり、この方がエミリアちゃんの婚約様! そう思うと同時にふつふつと怒りが込み上げてきました。だって、エミリアちゃんを一人ぼっちにした張本人なのですから!


「婚約者様ならなんで、エミリアちゃんを一人にさせておくんですか!」

「は? 何を…」


 私は怒っておりました。

 初対面の人にこんなに怒るなんて初めてです。だって、許せなかったんです。エミリアちゃんの寂しそうな顔が思い浮かんで。


「エミリアちゃん、悲しそうな顔をしてました! 一人にさせてないで、早くエミリアちゃんの所に行ってあげてください!」

「バカっ…そんな大声を出すな!」


 興奮していると会場の方からアルファ様たちの声がしました。


「まずい…」

「え?―――」


 その声に動揺したバロック様が私の手を引いて近くの部屋に連れ込みます。扉を閉めると口を手で塞がれました。


「っ――!」

「しっ…静かにしてろ」


 扉の向こうでバタバタと足音が聞こえます。


『ミランダちゃん居たの?』

『いや…こっちにはいないみたいだ』

『閣下、化粧室を調べましたが、ミランダちゃんはいません』

『っ!…ヨーゼフ、彼女達を頼む。ミランダを探してくる』

『ちょっ、アルファ君!』


 バタバタと駆ける足音。

 それが静まる頃、バロック様が大きなため息をつきました。


「っ――!」

「あ、悪い」


 ようやく手が離され、大きく息を吸い込みます。私はキッとバロック様を睨み付けました。


「何をするんですか!」

「今はまだエミリアに合わせる顔がない。だから、つい…」

「合わせる顔がないって、どういうことですか!」

「………」


 そう言うと、ドアにもたれかかりながら、ズルズルとバロック様がその場にしゃがみこみます。


「…エミリアに酷いことを言った。だから…」


 その表情はよくよく見れば幼い子供が拗ねて縮こまっているような感じでした。

 それに怒りを忘れて同じようにしゃがみます。

 確か、バロック様はエミリアちゃんより年下だって言っていたわ。私と同じくらいなのかしら…そう思うと、怒りが鎮まり、諭すような声が出ました。


「酷いことって、なんですか?」

「っ…お前には関係ない」

「巻き込んでおいてそれはないです」

「っ…」

「それに、言ったことを後悔しているんじゃないですか?」

「………」


 バロック様を見ていると、少し前の私を思い出します。アルファ様にキス禁止なんて言った自分。あの時は言ったことを後悔したのに、それを素直に言えずにいました。

 でも、分かるからこそ、このまま踏み出せずにいるのは、なんとかしなければと思ったのです。


「バロック様。私もアルファ様に酷いことを言ったことがあります」


 顔を上げたバロック様に微笑みながら続けました。


「傷つけるようなことを言ったのに、謝れなくてウジウジしていたんです。でも、その時に姉に言われたんです」


「”キチンと話をするべき”だって」


 その時のことを思い出して胸が痛み、知らずにドレスの端を握りしめていました。


「ちゃんとお話しました。言えなかった私の中にある醜い心、全部…それで…」


 そこまで言うと、言葉につまりました。すると、バロック様が大きく息を吐き出します。


「アールズバーク卿は許してくれたんだな…」


 その言葉ににっこり笑いました。すると、バロック様がポツリと呟くように言います。


「今日…エミリアが着てくれたドレス…俺の瞳の色と同じだって言っていたんだ。嬉しかったのに、照れくさくて”似合わない”って言ってしまった。悲しそうなエミリアを見てられなくて、つい逃げ出したんだ」

「まぁ…」

「エミリアを前にするとつい減らず口を叩いてしまう。傷つけてばっかだ…」


 落ち込むバロック様に微笑みながら言います。


「バロック様はエミリアちゃんが本当に好きなんですね」

「っ……」


 真っ赤になったバロック様にかつてエミリアちゃんが言っていた言葉を話します。


「エミリアちゃんもバロック様が好きだと思いますよ。以前、私とアルファ様を見て羨ましいって言ってましたから」

「エミリアが…?」

「はい。羨ましいってことは、自分もバロック様と仲良くなりたいって思っているからじゃないんでしょうか」

「………」


 すれ違った二人がどうかうまくいきますように。願いを込めて言いました。


「バロック様…ほんの少しだけ、勇気を出してエミリアちゃんと話してみてください。話すことで変わりますわ」


 そう言うとバロック様は考え込むように視線をそらしました。


 ――その時。


『なんか、ここの部屋が怪しいわよね…』

『あぁ、話し声もするしねぇ』

『扉が開きません。何か重いもので塞がれているようです』


 ガチャガチャと乱暴にドアが開けられそうになります。


『あ、アルファ君。うわっ、なにその汗!』

『はぁ…ミランダがいない…』

『閣下、この部屋が怪しいです。扉が開きません。ミランダちゃんが閉じ込められているのかもしれません』

『閉じ込めって…ミランダ! ねぇ、ミランダいるの!?』


 ードンドンドン!


『ロンダ嬢どいてくれ、私が蹴破る』

『蹴破るより、二人で突破した方が早いよ。いくよ!』


 アルファ様とヨーゼフ様の声に私は咄嗟にバロック様の手を引きました。


「バロック様、危ないです!」


 ードカッ!


 扉が開かれお二人が入ってくるのと、バロック様が私に抱きついたのはほぼ同時でした。


「っ!」


 私に抱きついたバロック様がすぐに離れます。アルファ様とヨーゼフ様が驚いた顔をしており、私は青ざめました。


 つい話し込んでしまって、心配をかけてしまったわ! あぁ、私のバカ!


「アルファ様…すみませ…」


 そう言いかける前にエミリアちゃんがものすごい勢いで前に出てきます。そして手をグーにしたかと思うと、思いっきりバロック様のお腹を殴りました。


「がはっ…」


 その衝撃にバロック様がお腹を抱えてその場にうずくまります。あまりの展開に私は声も出ず、バロック様の肩に手を置きます。見上げるとエミリアちゃんは手をグーにしたまま、氷のような目でバロック様を見つめていました。


「どういうことですか、バロック様。ミランダちゃんを連れ込んで何をしていたんですか? 内容によっては、こんなものではすみませんよ」

「エミリア…」

「エミリアちゃん違うの! バロック様とはただ話をしていただけで…」


 そう言おうとして最後まで言えませんでした。アルファ様が近づいてきて、力強く引き寄せられました。


「アルファ様…」


 責めているような、燃える瞳。それにゾクッとしました。そしてアルファ様は何も言わずに歩き出してしまいます。


 誤解された!


 そう思って言葉を出そうとします。でも、その前に!


「アルファ様、すみません!」


 引っ張られた手を引き寄せ、バロック様に向かって言います。


「勇気を持ってくださいね! バロック様!」


 その言葉にバロック様が頷いたのが分かりました。それにホッとしていると、また強い力で引き寄せられます。


 そして、そのまま歩き出しました。



 ◇◇◇



「アルファ様っ…アルファ様っ…!」


 呼び掛けてもアルファ様は答えません。汗で濡れた髪が歩くたびに雫を落としていきます。

 早足で歩くアルファ様に足をもつれさせながらどうにか歩きます。


 そして、着いたのは誰もいない暗い部屋でした。


「きゃっ…」


 やや乱暴に部屋に放り込まれ、アルファ様を見つめます。

 バタリと扉を閉めたアルファ様は暗がりで表情はよく見えません。

 怒らせているということは分かって、必死に言いました。


「すみません、アルファ様…そばを離れてしまって、でも…!」


 アルファ様が近づきます。


 その瞳は燃えるような熱さを孕んでいました。


「何も聞きたくはない…」

「アルファ様…んっ!」


 そして、噛みつくようなキスをされました。


次はアルファ視点になります。

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