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3.私が手紙を書くのですか?

 夕食を食べ終わった後、アルファ様とお話をしたことをロンダに伝えるために、彼女の部屋に行きました。部屋の扉をそっと開いて中を見ると、ロンダはベッドから体を起こしていました。彼女と目が合い、私は部屋の中に入ります。


「ロンダ、具合はどう?」

「だいぶいいわよ」

「よかった……」

「ねぇ、アールズバーク伯爵のご子息はどんな方だった?」


 にこにこ顔で尋ねられ、私は目をしばたたかせました。アルファ様のことを思い出して、ありのままを彼女に話しました。


「素敵な方だったわ。背がものすごーく高くてね。火をはく竜を倒しそうなくらい、がっしりとた体をしているのよ」

「へぇ~」

「性格はそうね。……無口な方だけど、優しい方よ。私が足を滑らせた時に、助けてくださったわ!」

「ほうほう」

「自分は口下手だから、女性を喜ばせるようなことは言えないけど、また会ってほしいって」

「なるほどね~」

「ロンダも素敵な方と思うわよ!」


 アルファ様のことを話していると、しくしく胸が痛みましたので、私はわざと大きな声で言いました。、ロンダはにやりと笑いました。


「そう。素敵な方ならよかったわ。次に会えるのはいつかしらね」

「さぁ……忙しいかたみたいだから、当分、先じゃないかしら」

「それではダメ!」


 急にロンダが大声をだしたので、びっくりしました。


「せっかくいい感じなのに、間が開いてしまったら熱が冷めてしまうわ!」


 え? 熱??


「なにか……いい方法はないかしら……そうね」


 ロンダもアルファ様に早くお会いしたいのかしら。腕を組んで考え込んだ彼女を見ていると、不意にロンダがパチンと両手を叩きました。


「そうだ! 手紙よ!」

「手紙?」

「手紙なら会えなくても、お話できるじゃない! そうと決まれば、さっそく。ミランダ、手紙を書くのよ!」

「え? 私が?……ロンダが書いたほうがいいんじゃない?」


 私は婚約者ではないのだし。

 そう言うと、ロンダは額に手をあてました。


「あ~! 熱が出てきたわ……」

「え!? 大丈夫?」

「だ……だめだわ……ミランダ……手紙を……私の代わりに手紙を……!」


 苦しげにすがりつくロンダをふりほどけなくて、私は何度も、頷きました。


「わ、わかったわ。ロンダはゆっくり寝てて。寝ててね」


 ロンダを寝かしつけて、自分の中の部屋に戻りました。机に向かい、引き出しから便箋を取り出して、内容を考えます。


 何を書こうかしら?

 そうね。まずは、今日のお礼かしら。


 手紙を書くなんて、いつぶりでしょう。

 久しぶりだから、手が震えてしまいます。

 アルファ様に届けるものだと思ったら、顔が熱くなってしまいます。


 お、落ち着くのよ。

 深呼吸しましょう。

 すー……ふぅぅぅぅ……

 よし、書くわ。書くわよ。


 私は羽ペンを握りしめます。


 書くわよっ……!

 わっ、文字が震えて汚くなったわ。

 ち、違う便箋を!


 かたん。


 きゃああ! インク壺が倒れた!

 もう、私ったら、どうしてこんなにドンクサイのかしら……もお。もおっ!


 自分のとろくささに泣けてきます。


 何度か書き直して、書き終わった頃には深夜をすぎていました。一枚の手紙を書くのに、ものすごく時間がかかりました。


「書けたわ……後でロンダにも見てもらわないと……」


 書き終えた手紙を見つめます。これを見たアルファ様はどう思うかしら? お返事をくださるかしら? 変な子と、思わないかしら……

 ドキドキし過ぎて眠れない。

 いけないわ、ちゃんと眠らないと。私まで熱を出してしまいます。


 手紙を引き出しにしまって、少しふらつきながら、ベッドに身を投げました。顔が熱いわ……きっと、微熱がでてきたみたい。早く眠らないと。


 まどろみながら脳内に浮かんだのは、アルファ様の微笑みでした。



『アルファ様へ


 ロンダ・カリムです。

 この間はお会いできて、とても嬉しかったです。


 あの日、二人でみた夕日は本当にキレイでした。私、オレンジ色が一番好きなのです。好きな色をアルファ様と見れて嬉しかったです。


 私達は出会ったばかりです。だから、これから少しずつ、少しずつお互いのことを知っていけたらと思っております。


 またお会いできる日まで、お体にどうか気をつけてくださいませ。


 ロンダ・カリムより』



 ーーーーー



 翌日、予想通り熱が出た私は、ベッドの中から出られずにいました。ばあやがミルク粥を持ってきてくれて、それを少しずつ食べているところです。


「しっかり食べて元気になりましょうね」

「ありがとう……」

「頭にあてた布があたたまってしまいましたね。冷たくしてきましょう。食べ終わったら、お薬をお飲みください。水はこちらにありますので」

「うん。ありがとう」

「じゃあ、また後できますね」


 ばあやは、ぬるくなった桶を手に持って、部屋から出ていきました。私は残ったミルク粥を口に運びます。すると、すぐに扉がゆっくりと開きました。ばあやったら、忘れ物でもしたのかしら?


「ミランダ。具合はどう?」


 部屋に入っていたのはロンダでした。


「大丈夫。いつもの微熱よ」

「そう? でも、食欲がないみたいよ。ほら食べさせてあげる」


 ミルク粥の入ったお皿をロンダにひょいと取り上げられてしまいました。粥をすくって、私の口元にスプーンを差し出します。


「ほら、あーん」


 パクっと粥を食べるとロンダは満足そうに微笑みました。何度か繰り返されて、お皿はすっかり空っぽです。


「これでよし。ほら、横になって」

「ありがとう」

「あ、そうだ、ミランダ。手紙ありがとう。とてもいいと思うわ。でも、一つだけ。私の好きな色は赤よ。オレンジはミランダが好きな色じゃない?」


 え? あれ?

 私、赤って書いてなかったっけ……?


 どくどくと心臓が脈打ち、顔は熱いのに、ゾクゾクと背中に悪寒が走りました。


「ご、ごめんなさい、ロンダ! 書き直すわ!」

「いいの、いいの。それにもう手紙、出してきちゃったし」

「えっ……?」


 あぁ、まずいわ。熱が上がってきたみたい。視界がぐるぐるする。


「夕日なんて、赤もオレンジも混ざっているし…それに……ミランダ? ミランダ!」


 私ったらダメね。うまく書けたと思ったのに。ごめんなさい、ロンダ。ごめんなさい……。


 そのまま私の視界は真っ暗になってしまいました。



 *



 次に目を覚ましたとき、視界に入ってきたのは号泣したお父様の顔でした。


「ミランダアアア!」

「……おとう、さま?」

「三日も寝込んでいるって、聞いたから心配したよぉ!」


 お父様に抱きつかれながら私は、ぱちくりと瞬きをします。三日? 私ったら、三日も寝込んでいたの?

 ぽかんとしていると、お父様の背後にぬっと動く影が見えました。その影は勢いよく手を伸ばしたかと思うと、お父様の頭をぐわしっ!と掴んで私から無理やり引きはがそうとします。お父様の首があらぬ方向へ曲がりかけています。痛そう。


「旦那様、どいてくれますか?」


 冷たすぎるお母様の声に私はうろたえますが、お父様はへらへらと笑っています。


「痛いよ、カーリー」

「ミランダの熱を測りたいのに、旦那様がどかないからです」

「だって! せっかく、ミランダが目を覚ましたんだよ! 僕だって、ミランダに触りたい!」

「子供みたいなことをおっしゃらないでください! だいたいなんですか、僕って! そんなキャラではないでしょう!」

「え? 銀髪の中年が僕って言ったら、モテるかと思って」


 キメ顔をされたお父様に、お母様は額に青筋を立てました。


「いいから、どきなさい! この勘違い中年!」

「いやん! 痛い!」

「はぁ……ミランダ。具合はどう?」

「はい……大丈夫です」

「見せてみて……そうね、熱は下がったわね。よかった」

「心配をおかけしました」

「そんなことはいいんだよ、ミランダアア!」


 あ、お父様が復活しました。


「縁談を身代わりしたんだって? それは疲れるよ! えらいね、ミランダは。さすが僕の自慢の娘!」

「なに言ってらっしゃるの! だいたい、旦那様が持ってきた縁談でしょう!」

「だってぇ~、伯爵夫人に、涙ながらに半日も説得されたんだよ? 女性に泣かれたら助けたくなるじゃない?」

「人助けで、娘を嫁がせるバカがどこにいるっていうんですか!」


「え? ここに?」

「………………」


 あ、まずいです。お母様の顔が悪鬼のようになっています。


「マリア、このゴミを縛って捨てておきなさい」

「かしこまりました」

「きゃー! 暴力反対!」


 あれよあれよという間に、ばあやによって、お父様は縛られていきます。あ、す巻きにされて、ドアの外に、お父様が転がっていきました。大丈夫かしら……


「まったく。ミランダ、熱は下がったといっても、病み上がりなのですから、横になってなさい。食欲はある?」

「少しなら」

「なら、スープを持ってきます」


 お母様とばあやは部屋を出ていきました。


 私も一つだけ息をはいて、窓の外を見つめます。アルファ様と会ったときのような青空がそこにはありました。


 手紙……届いたかしら。

 読んでくださったかしら。


 この空の下にアルファ様がいる。それだけで、晴天がなんだか特別なもののような気がします。


 ボーッと外を見ていると、ドアがノックされました。


「ミランダ、スープを持ってきたわ」

「ロンダ、ありがとう」

「あと、これも」


 ニヤリと笑ったロンダが見せてくれたのは一通の手紙でした。まさか……え?


「アルファ様からの返事よ。悪いけど、先に読ませてもらったわ」


 ロンダから手紙を渡されます。アールズバーク伯爵の家紋入りの封筒。差出人の名前には、アルファ様の名前があります。あらやだ……また熱が上がってきたみたい。頬がかっかします。


「……読んでもいいの?」

「もちろん。ミランダが書いた手紙の返事なんだから」


 ドキドキしながら手紙を開きます。やだわ。緊張して、手が震える。


「そうそう。アルファ様って無口な方って言ってたけど、手紙ではずいぶん流暢におしゃべりなさるのね。あと……」


 ロンダがニヤリと笑いました。


「ずいぶん、情熱的な文章を書かれているわ。ミランダったら、ずいぶん罪作りなことをしたわね」

「私はなにも……!」


 そんな風に言われるようなことは何もしてないわ。ただ、おしゃべりしただけよ。そうよね?


「ふふっ。まぁ、見れば分かるわ。あと、スープも飲むのよ」


 そう言って、さっさとロンダは出ていってしまった。部屋に残された私は封筒から手紙を取り出します。

 ドキン、ドキン

 あぁ、心臓の音がうるさい。

 深呼吸して。

 すー……はああああ……

 よし! み、見るわよ!


 意を決して手紙を開きました。



『ロンダへ


 手紙をありがとう。君から手紙をもらえるなんて思わなかったから、とても驚いた。


 正直言って、私はうまい文章がかけない。君を不快にさせるかもしれない。だから、先に謝っておく。


 君と見た夕日は私もよく覚えている。それは、君との時間が名残惜しかったからだ。夕日だけではなく、空に星がまたたく頃まで君と一緒にいたかった。それぐらい、君との時間は心地よいものだった。


 君は私を見て怖がらずに、素敵だと言ってくれた。それがどれほど嬉しかったか。


 この見た目を怖がる女性は多い。背が高すぎるし、目付きも悪い。口数もすくない。私には女性に好感を持たれる要素はないと思っている。


 それを君は素敵だと言ってくれた。そして、言葉が少ない私に合わせて話してくれた。君こそ素敵な女性だ。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう。


 今度会うときは君が好きなオレンジ色の花を持って会いに行く。待っててほしい。


 アルファ・アールズバークより』



 読み終えた私は手紙を震える手でしまい。そのままベッドにつっぷした。


 あぁ……もぉぉっ……!

 どうしましょう……!


 胸の高鳴りが押えきれません。けど、この感情に名前を付けたくなかったの。知ってしまったら、みじめになるだけだもの。


 育ち始めた思いは、芽を出して花をつけようとしています。


 もう、アルファ様に会わない方がいい。

 そうよ。会わなければ、この思いが育つこともないでしょう。


 私は病弱だし、寝込んでいるといえば、結婚式などには出なくてもいいんですもの。


 そうよ。そうよ。

 会わなければいつか、思いは枯れるわ。


 目尻にたまった涙を指でぬぐいます。涙で封筒が濡れないように、手紙をしまいベッドサイドにあるチェストに置きました。その横の机にはスープ皿がが置かれたトレイが見えます。


 スープ、飲まないと……


 そう思うのにスプーンを手にとれませんでした。ぼーっとお皿を見続けてしまいました。


 どれほど経ったでしょう。お皿を下げにロンダが部屋にやってきました。


「やだ。全然、スープを飲んでないじゃない」


 ロンダが膨れっ面で腰に手をあてます。私は曖昧に笑いました。


「ごめんなさい。食欲がなくて……」


 ロンダはため息をつくと、ちらりと手紙を見ました。


「そうだ。アルファ様へのお返事は、ミランダが書いてね」

「え……待って……ちょっと待って」


 これ以上、アルファ様のことを考えたら、思いを押し殺せないわ。


「ロンダが書いて、私はもう……」

「あら、私が書いたら筆跡が違って、変に見えるわよ?」


 平然と言われてしまい、私は顔をひきつらせました。


 神よ……

 これは、なにかの試練なのでしょうか……


 私はロンダに強く言い返すこともできませんでした。スープを飲むまで、ロンダに監視された後、私は再び羽ペンをとって、アルファ様への手紙を書いてしまいました。


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