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27.強くなりたいんです

 アルファ様と別れた後、私は日課にしている散歩に出掛けました。まだ頭の中は整理できておらず、混乱したままです。何から切り出すべきか、迷っていました。

 決してアルファ様とのキスが嫌になったわけじゃなく、それからえーっと…

 ダメだわ…考えがまとまらない。

 しっかりしないといけないのに…

 こんなんでは、アルファ様の奥様になんかとても…それにロンダのことだって…


 落ち込む気持ちのまま足だけは前に進みます。羽織るものを持ってこなかったので、外の空気にぶるりと震えました。


「ミランダ!」


 後ろから声がして驚いて振り返るとアルファ様が走ってきました。ギョッとして、後ずさります。

 まだ、考えがまとまらないのに、どうして!?

 追いかけてきてくれた嬉しさよりも戸惑いの方が大きくて私は駆け出しました。


「すみませんっ!!」

「ミランダ!?」


 ど、どうしよう!? 逃げちゃった!

 もう! 私ったら、なんで逃げてるの!


 頭の中はぐちゃぐちゃで、泣きたくなって、それでも足だけは懸命に動かしました。

 でも、体力なしの私の足では逃げ切れるわけもなく、アルファ様の腕に捕まえられて、そのまま後ろから抱きしめられました。


 お互いに荒い息を吐き出しながら止まります。


「逃げないでくれ、頼むから」


 アルファ様の優しい声に自分のしたことが情けなくて目が熱くなります。

 息が整うと、アルファ様は抱きしめていた手の力を緩め、向き合うように私を振り向かせます。

 アルファ様の表情は悲しげで、瞳は揺らいでいました。


「ミランダ、昨日はすまなかった」


 思いもよらない謝罪に私は驚き声が出ません。


「昨日は陛下に酒を勧められて酔っぱらって…いや、それは言い訳だな…帰りを待っていてくれたのに、遅くなってすまない…」


「それに…ただいまも何も言わずに、キスをしようとして悪かった。せっかく待っていてくれたのに。本当にすまない…」


 優しい言葉に今度こそ涙が溢れました。それを見られたくなくて、顔を手で覆います。


「違う…違うんです、アルファ様…」


 零れる涙を手のひらで受け止めながら、首を振ります。


「私は…アルファ様のキスが嬉しくて…どうしようもなく嬉しくて…」


 あぁ、暴かれてしまう。

 浅ましい私の心が。


「どこまでも、溺れそうで! 他のことがどうでもよくなってしまったんです!」


 一度吐き出された言葉は止まりませんでした。


「アルファ様の奥様になりたいのに…ダンスやお勉強もしなくちゃいけないのに…そんなことよりもアルファ様の腕の中にずっと居たいって思ってしまったんです!」


 堰を切ったように言葉を吐き出すと、アルファ様に強く抱きしめられました。

 そのぬくもりさえ愛しくて涙が止まりません。


「ごめんなさい…アルファ様…」

「謝らなくていい。謝るな、ミランダ」


 ぎゅっと抱きしめる力が強くなりました。


「私の方こそ謝るべきだ。私は君を妻にできる喜びから浮かれていた。君の負担も努力も考えもしないで…すまない、ミランダ」


 その言葉にやってきたことが報われたような気持ちがしました。けれど、まだ言ってないこともあります。


「ロンダのことも…」

「ロンダ嬢?」


 アルファ様が抱きしめる力を緩め、私の顔を見ます。私はまだうつむいたまま、ポツリと言いました。ロンダのことは、直接お話したくて、手紙には書きませんでした。だから、アルファ様は知らないのです。ロンダの旅立ちを。


「ロンダ…私達が結婚した後に旅立つんです。夢を叶えるために」

「…火をはく竜を探しにか?」

「っ…そうです。それを聞いたとき、私は泣いて何も言えなくなって…応援したいのに、寂しくて…」


「アルファ様の言ってた通りでした。私は家族と別れる覚悟も何もできていませんでした。それなのに…」


 ただ勢いでしてしまったプロポーズ。それ自体に後悔はないですが、覚悟が足りない自分が恥ずかしかったのです。


「強くなりたかったんです…ロンダとも笑顔で別れられて、アルファ様の横に立っても恥ずかしくない自分に…強い自分になりたかったんです…」


 それなのにちっとも上手くいかなくて。

 ロンダには甘えて、アルファ様に酷いことを言ってしまう。付け焼き刃の覚悟では全然ダメで…そんな自分が情けなくて…


 それ以上は何も言えずにただ嗚咽を漏らすばかりでした。


 アルファ様は私をそっと抱き寄せました。また近づいたぬくもりが嬉しくて、私はアルファ様の胸元にすり寄りました。


「ミランダ…家族と離れるのは辛いものだ。いくらでも泣いたっていい。悲しがって当たり前のことだ。君が弱いわけではない」

「っ…」

「…本当なら、結婚をやめようと言うべきなんだろうな…」


 ポツリと呟かれた言葉。それにはっとして、アルファ様を見つめます。アルファ様はあの火傷しそうなくらい熱い瞳でいました。


「君に無理はさせたくない。辛い思いもさせたくはない。そう思っているのに、君を妻にしたい気持ちが勝ってしまう」


 愛しそうに私の頬を撫でながら、アルファ様は続けます。


「許せ、ミランダ。愛する家族と別れても、無理なことをさせてでも、君と結婚したい」


 一呼吸おいてアルファ様が言いました。


「私も強くはない。君が欲しくてたまらないただの男だ――そんな私は嫌いかい?」


 ブンブンと首を振ります。嬉しそうにアルファ様が目を細めました。


「私も一緒だ。そのままのミランダでいい。君がそばに居てくれるだけで、私はこの上なく幸せなのだから」

「アルファ様…」


 そのままでいい。

 あぁ、なんて満たされる言葉なの…


 恥だと思っていたことも、浅ましいと感じていたことも、全て受け止めてくれる。なんて表現したらいいか分からないくらい幸せ。


「辛い思いをさせているということは分かっている。だから、辛い気持ちは隠さず言ってくれ。私は察しが良くない。だから、言葉で聞かせてほしい。何でも、受け止めるから」


 言葉で何でも…

 固くなった心をほぐす魔法のような言葉。それにきゅんと胸が高鳴りました。


「言ったら、呆れるかもしれませんよ…私は欲深いので…」


 そう言うとクスリと笑われた。


「私の方こそ欲深い。キスは禁止と言われたのに、したくてたまらないのだから」


 困ったようなアルファ様の顔。とくん…と心臓が早まるのを感じました。


「話をしてくれてありがとう。頑張ってくれてありがとう」


「私との結婚を選んでくれてありがとう」


 優しい微笑み。大好きな微笑みで言われたら涙が止まりません。


「私、アルファ様の奥様になりたいです…」


 ようやくスタートラインに立てたような気がしました。結婚やロンダの旅立ちでもたついていた足がようやく揃って、一歩前に進める気がしました。


 今、心の底から私はこの人の妻になりたいって思えるようになりました。


「喜んで。君を妻にできるなんて、私は幸せ者だ」

「私も幸せです」


 再び抱き合ったとき、胸に灯ったのはあたたかな幸福でした。


 そして、私達はお庭の片隅で幸せなキスをしました。



 ーーーーー



 長い口づけが終わると、急に体が冷えだし私はぶるりと震えました。それを察して、アルファ様が手に持っていたブランケットを肩にかけてくれます。このブランケットは昨日、アルファ様の部屋に置いていってしまったものでした。

 あたたかいブランケットが体に熱を送ってくれます。


「ありがとうございます」


 そう言うと、ふっとアルファ様は笑って、私の手を繋ぎました。


「冷えている。戻ろう」

「はい…」


 指が絡み合うように繋がれた手に引かれ、歩き出します。


「戻ったらお茶にしよう」

「あ、それでしたら、私が淹れますね」

「ミランダが?」


 アルファ様が驚いた顔をされます。それが少し誇らしくて私は笑顔で言いました。


「執事のマールさんに教わっているんですよ。アルファ様の好きなミルクティーの淹れ方を。まだまだ、マールさんには及びませんけど」


 嬉しくなって私はお屋敷の人々との暮らしを話し出しました。


「メイド長のアリアさんにはお屋敷のことをくまなく教えて頂いています。皆さん優しくて本当に良い方ばかりです」


 そう言うと、アルファ様は足を止め握られた手を引き寄せました。


「…少し妬けるな」

「え?」


 私の手を口元まで運んで、手の甲に唇を寄せました。手に軽い唇の感触。


「私と居る時は、私とも仲良くしておくれ」


 熱い眼差しで言われて、ドキンと心臓が跳ねました。そのまま早鐘を打つのを感じながら、お返しに握られたアルファ様の手の甲にキスをします。

 驚いて目を開くアルファ様を上目遣いで見つめました。


「アルファ様とは、一番仲良くしてますわ…こんなこと、皆さんとはしませんし…」


 何でも言って良いと言われたので、遠慮なく言いました。恥ずかしいですけど…


「はぁ…まいった」


 アルファ様が口元を空いた手で押さえます。照れてらっしゃる…


「ミランダ、今日は片時も君と離れたくない…」

「え?」

「休暇にミランダと一緒にいられるなんて幸せすぎる。夢ではないかと思ってしまう」


 そんなことを言われたら私だって同じです。


「私も夢みたいです。夢みたいに幸せです」


 にこっと笑うとアルファ様はまた赤くなったような気がしました。


「きゃっ!」


 不意に引き寄せられたと思ったら、突然の浮遊感。気がつけばアルファ様に抱きかかえられていました。


「アルファ様…?」

「夢ではないと、実感したいからこのままで」


 歩き出したアルファ様に揺られながら前に進みます。アルファ様の熱が近くなりクラクラしそうです。


「重くないですか?」

「重くはない」

「そうですか…」


 なんだか恥ずかしくてそれ以上、何も言えませんでした。



 屋敷に戻ると待っていてくれたのか、ロンダにすぐに会いました。

 抱きかかえられた私を見てロンダはギョッとした後、ふぅと息を吐き、笑顔で言いました。


「おかえりなさい!」


 私達は声を揃えて笑顔で言いました。


「「ただいま」」




この章で書きたかったシーンの一つです。

ミランダはアルファに対して泣き言だったり、負の感情をぶつけるということがなかったので、書きたかったのです。上手くかけていればよいのですが。あのまま、ラブラブな状態での結婚式でもよかったのですが、夫婦になるってそういうことだけじゃないかなっと思ったので。


婚約編からの甘々展開を期待された方が多いかと思いますが、ひとまず甘々な二人に戻りました~。

次はアルファ視点の小話です。

更新はあさってになります。


長々とお読みくださりありがとうございました。

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