26.お姉ちゃんの出番 sideロンダ
私は安心しきっていた。
ミランダが、アルファ様からプロポーズされて結婚の話も進んで、こうして伯爵のお屋敷にまで来ている。
すべては順調。
私が願った通りに進んでいる。
そう信じて疑わなかったのに…
「キスは禁止って言っちゃった…」
ミランダの言葉に叫ばずにはいられなかった。
いや、なんで? え? どうして?
あんな熱烈なお出迎えしていたじゃない!
部屋の時だってあんな濃厚な…
そこまで考えて、はっとする。
――私のせい!?
私が二回も邪魔したから!? え? やだ! そんなぁ~~っ!!
すっかりパニックになった私は泣きじゃくるミランダに「大丈夫! 大丈夫だから! とりあえず寝よう!」と言うことしかできずに、そのまま夜遅くに寝ることになった。
ーーーーー
――最悪だ。
目覚めた私は寝不足もあって足元がふらついている。横にいるミランダは一晩中泣いていたのか、目が腫れている。冷たい水で顔を洗いながら朝の支度をしていた時、私はミランダに思いきって聞いてみた。
「ねぇ、ミランダ…昨日のキスを禁止って、なんでそんなこと言ったの?」
私のせいだと言われる覚悟はしていた。それならそれでキチンと謝りたい。ドキドキと答えを待っていると、ミランダが悲しそうに目を伏せた。
「私のせいなの…私が欲深いから…」
それ以上、ミランダは何も言わない。きっと、ミランダ自身まだ混乱してるんだわ。これ以上、話させても追い詰めるだけかも。
でも、アルファ様がいらっしゃるのに、甘々のチャンスなのに…あー! もう!
私もいい言葉が見つからず、結局無言のまま、支度を終え、食堂に向かった。
食堂のドアの前で、ふとミランダが立ち止まった。
「私…アルファ様に合わせる顔がないわ…」
ポツリと呟かれた言葉に胸が痛んだ。そんな顔を見たいわけじゃないのに。もっと、こう…ふわふわの砂糖菓子のようないつものミランダの顔が見たいのに…
グッと手のひらを握ると、ミランダに言う。かつて、ヨーゼフ様に言われた言葉を。
「キチンと話しましょう。話せば分かってもらえるわ」
「………」
「大丈夫! このくらいでアルファ様の愛が冷めることは有り得ない! 絶対、絶対、大丈夫!」
大丈夫じゃなくたって、私がなんとかする! 二人には幸せになってもらいたいのよ! それをずっと、ずっと、ずーっと願ってきたんだから!
気落ちするミランダを励ましながら、私達は食堂の扉を開いた。
ーーーーー
食堂に入ると、すでにララ様とアルファ様がいらっしゃっていた。ララ様が私達に近づくと、驚いたような顔をする。
「まぁまぁ、どうしたの二人とも。目の下に隈なんか作って。ミランダさんは腫れているわ。どうしたの? ――まさか、アルファが何かした?」
小さく低くなった声にドキリとする。ちらっとアルファ様を見ると、会話には気づいていないようで、新聞を読んでいた。
「いえ…何も…」
答えられないミランダの代わりに私が苦笑いと共に言う。ララ様は目を細められ、訝しげな表情をした。
「アルファもなんか変なのよね。悟りでも開いたような顔をしているし、新聞読んでるけど、あれ、どう見たって逆さよね。さっきから、ずっと言ってるんだけど、あの調子だし…本当に何もない?」
私達を心配する声に心が痛む。でも、まさか事実を言うわけにいかない。
「昨日、アルファ様のお帰りを待っていて、寝不足なだけです。ご心配をおかけしました」
一瞬、ララ様が鋭い目付きで私達を見た。いや、嘘は言ってはいない。タラタラと冷や汗をかきそうになりながら、ララ様を見た。ララ様はすぐにいつもの穏やかな表情に戻って「そうなの」とだけ言い、私達は朝食を頂いた。
ええ、非常に気まずい空気が流れていたわよ。
なんで?
ほんと、なんでこうなったの…?
ーーーーー
今日はアルファ様は休暇らしく一日お屋敷にいらっしゃる。これは仲直りのチャンス!…と思ったけど誕生日パーティーまでに時間がない私達は家庭教師のレッスンがある。午前はダンスだ。正直、レッスンどころではなかったけれど、そうも言ってられないので予定通りにレッスンを受ける。
私は一通り踊り終えて、次はミランダの番。
ミランダと先生の様子を物凄い鋭い眼差しで見ているアルファ様の横に立つ。
――はっ。この眼差しは嫉妬!
そうよ。他の男性と踊っているなんて、ミランダのことが大好きなアルファ様からしたら許せないじゃない! 仲直りのチャンスよ!
ぎこちなくミランダのダンスが終わるとリック先生がアルファ様に声をかける。
「よければ、アルファ卿も踊りませんか? 本番ではお二人でダンスをするのですから」
リック先生、ナイス! これで二人の距離もぐぐっと近づくわ!
先生に促されてぎこちなく二人が手を取り合う。
「フォローする。大丈夫だ、ミランダ」
「アルファ様…」
ゆっくりと曲が流れ出す。滑るように二人の踊りが始まった。
ん? あれ? なんか、それっぽい?
ぎこちなかったミランダの踊りが様になっている。なんでだろう? とよく観察するとアルファ様がミランダが躓く所で必ずフォローに入っていた。ターンの所では動きやすいようにミランダの腰を支えて誘導する。そのフォローが完璧でミランダの動きが自然に見えた。
すごいわ! アルファ様! いつの間に!
ん? ちょっと待って…もしかしてあの眼差しは…
曲が終わるとリック先生が拍手を送る。
「素晴らしい! 息もぴったりです」
私も思わず拍手した。リック先生が言うとおり二人の呼吸はぴたりと合い、ゆったりとした曲に合わせて自然だった。優雅さとかはまだまだだと思うけど、とにかく自然なのだ。二人の空気感が。
でも、気になるのはやっぱりあの視線の意味。
そう思っているとアルファ様が口を開く。
「ミランダの躓くところは先程のダンスで全て頭に入れた。フォローはするからミランダは思う通りに動いてくれていい」
「アルファ様…」
やっぱり…嫉妬じゃなくて観察か!
一気に脱力する。
そうだった…この方、ドがつくほど真面目だったんだわ…
嫉妬からの甘い展開を期待した私は大きくため息をついた。でも、朝のぎこちない態度よりは二人の空気が和やかかも。ここで一気に仲直りを!
「二人の息も合ったことですし、今日はこのぐらいにしましょうか」
またもナイスです! リック先生!よーし、一気に仲直りのチャンスを!
リック先生は穏やかな表情のまま部屋を出て行ってしまった。残された私達三人。
はっ! この状況はまずい! お邪魔虫三回目にはなりたくない! 気づかれないようにそっと出ていかないと…
見つめあう二人を残し、壁に沿ってそろりそろりと忍び足をする。
「アルファ様…後でお話があります。その…大事なお話です。時間を作って頂けますか?」
「…あぁ、今ではダメなのか?」
「ちょっと、頭を整理してからお話したいので、散歩をしてきます。だから…その後で」
いやいや、ミランダ。そこは散歩しながらお話しましょうでしょう! せっかくの機会が!
「分かった。待っている」
いや、アルファ様まで! そこは食い下がりましょうよ! 無理にでも強引にでも一緒に行きましょうよ!
そうこうしているうちにミランダは部屋から出て行ってしまった。
なんなの。
なんなのよ、この状況は!?
私は怒っていた。
昨晩からずっとヤキモキさせられて、仲直りのチャンスを逃す二人がじれったくてしょうがない。寝不足も相まって怒りはピークに達していた。そして、それをぶつける相手が残っている。
キッとアルファ様を見つめた。そして、怒りの顔のまま詰め寄る。
「なんで追いかけないですか~!!」
アルファ様は驚いたようで声も出さない。反論がないのをいいことに私は鬱憤を全て吐き出す。
「散歩行くって言ってるなら追いかけましょうよ!仲直りしたくないのですか!!」
「いや…それは…」
「だいたい、昨日のあれはなんですか! お酒呑んで遅くに帰ってくるなんてどういうことですか! ミランダはアルファ様の帰りを玄関で二時間以上待ってたんですよ!!」
そう言うと、はっとした顔をされた。
「そんなに待っていてくれたのか…」
「そうですよ! 私はミランダが心配で起きていたんです! おかえりのキスはいいとして、なんですか! あの部屋での濃厚キスは! 人に水頼んでおいて、いちゃつかないで下さい! いちゃつくなら水持ってきた後にしてください!!」
一気に捲し立てて息が切れた。ぜーはーと肩で息をする。アルファ様はそのあまり変わらない表情を哀しそうに歪ませた。
「すまない…」
「謝るならミランダに言ってください」
「本当にそうだな…」
切なく瞳が揺れている。
あぁ、そんなに素直に謝られたら怒るに怒れない。私は大きく息を吐くとアルファ様に言う。
「ミランダ、ここに来てからすっごく頑張っているんですよ。慣れないダンスも勉強もして、体力をつけるために散歩もして。空いた時間では屋敷の皆さんと交流も兼ねてお手伝いをしているんです」
「そんなことまで…」
「ミランダはアルファ様の妻になるための準備に一生懸命です。だから、労って気遣ってください!」
そう言うとアルファ様が一呼吸おいた後に口を開く。
「すまな…いや、ありがとう」
「お礼は仲直りを見せつけてくれたらそれでいいです。それよりも早く行ってあげてください。昼とはいえ、ミランダは薄着で出て行きました。風邪をひいてしまうわ」
そう言うとアルファ様は直ぐ様、走り出した。その後ろ姿を見つめながら私は大きくため息をつく。
まぁ、元々、こちらが恥ずかしくなるほど甘々な関係の二人だし、これで元に戻るでしょ。一件落着。出番は終了かな。
うーんと背伸びをして力を抜く。
たぶん、私がお節介をできるのも後わずかだ。これからは二人で折り合いをつけてやっていってほしい。
「ははっ…本当にお姉ちゃんの出番はいらなくなるのね…」
胸に過る一抹の寂しさ。
別れを切り出したのは私の方なのに、寂しくなるなんて…そんなのおかしい。
おかしいのに…寂しい。
寂しいわ、ミランダ…
隠すように顔を覆った。涙は流さないと誓っている。笑ってさよならすると。だから、今だけは…
しばらくの間、私はその場にかがみこんで動けずにいた。




