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2.姉の婚約者が無口すぎます

 

 短い黒い髪に切れ長の瞳。凄まれたら怖そうな顔です。貴族というより、軍人のよう。


 でも、あぁ。なんて、なんて。

 素敵な見た目なの……!

 冒険者のおじ様が言っていた、火をはく竜をも倒しそうだわ! 素敵!


 ぽけーっとしていると、伯爵夫人がまたしゃべり始めます。


「まぁ、アルファ、急に近づいたらびっくりするじゃない! ほら、ロンダ様も驚いているわよ!」

「しかし……」

「ああ、驚かせて、ごめんなさいね。こちらが息子のアルファよ」


 私は間抜けな顔をひきしめ、慌てて腰を落とします。


「初めまして……カリム男爵家の長女ロンダでございます」

「…………初めまして」


 たっぷり数十秒の沈黙後、アルファ様が口を開きました。そして、手で口元をおさえ、ふいと視線を外されます。

 その間に私はじぃーっと、アルファ様を見つめました。


 この方がロンダの婚約者……

 ふぅ。ロンダはいいわね。

 こんな素敵な人が、婚約者だなんて。


 逞しい体で幅広の豪剣とか振り回してそうだもの。竜殺しの異名とか持っていそう。本当に素敵……


 私はすっかりアルファ様に見惚れてしまい、手を前に組んで目を輝かせました。あら、アルファ様の耳がひくひく動いているわ。なぜ、かしら?


「ふふっ。後はお二人に任せましょう。ロンダ様、アルファに、ここら辺を案内してくださいます?」


 夫人に声をかけられ、返事をしました。


「あ、はい。よろこんで」

「ふふっ。アルファ、ロンダ様のこと頼みますよ」

「はい……」


 私はアルファ様に、にこりと微笑みます。


「ではアルファ様。ご案内いたしますね」

「あぁ……」


 私達は屋敷の外へと出ました。




「案内と言っても、ここら辺はご覧の通り、田畑があるだけです。だから、散歩ぐらいしかできませんけど……」

「………」

「でも、私はこの道を歩くのが好きです。このように晴れた日は、特に気持ちよくて……」

「………」

「えっと……アルファ様も散歩は好きですか?」

「あぁ……」

「そうですの。ふふ。好きなものが一緒で、嬉しいです」

「………」

「今日は、風が気持ちいいですね……」

「あぁ……」

「………」

「………」

「……………」

「…………………」


 どうしましょう!

 会話が続きません!

 さっきから、アルファ様は「あぁ……」しか言ってないわ! しかも、「あぁ」と話すまでに時間が、たっぷりかかっています!


 無口な方と夫人は言っていたけど、これほどなんて……何か会話を、会話をしなければいけません……!


 歩きながら思案していると、ふいにアルファ様が口を開きました。


「君は……」

「え?」

「………」

「………」


 えぇ?!

 言いかけて止めないでください!

 会話のチャンスですのに!


「どうか、しましたか?」


 足を止めて、アルファ様に話しかけます。アルファ様は、また視線をそらされてしまいました。


 ミランダ、ここは待つ時よ!

 私はじぃーっと、アルファ様がしゃべるのを待ちました。どれほど経ったでしょう。アルファ様が眉根を寄せて、呟くように言いました。


「君は……私が怖くないのか?」

「え?」


 はらはらしながら待っていると、意外な言葉を言われました。

 呆気にとられてしまい、私はまぬけな顔をしていたと思います。


 怖い? こんなに素敵な方が?


 アルファ様はバツが悪そうに、そっぽを向かれました。私はずいっと、一歩前に出ました。


「怖くありませんわ」


 そして、笑顔で言いました。


「アルファ様が怖いだなんて、ちっとも思いません」


 今度はアルファ様が驚いた顔をしています。


「アルファ様は素敵な方ですよ」

「…………」


 アルファ様はまた口元を手で隠してしまいます。あ、これは……照れているのかしら?


「……私は体が大きいし、その……目つきも悪い。だから……」


 私は興奮して胸の前で拳を作りました。


「体が大きいなんて、格好いいじゃないですか!」

「……」

「がっしりとされた体なんて、火をはく竜も倒しそうで……!」

「……火をはく竜?」


 はっ、しまった!

 つい本音が出てしまいました。いけません。今の私はロンダ。冒険好きのミランダじゃないのよ。私はロンダ。私はロンダ。私はロンダ……


「いえ、お気になさらずに。もう少し、歩きましょうか」


 笑って、どうにかごまかしました。そして、私達はまた歩きだしましました。



 *



「アルファ様、ここは風が気持ちいい場所ですよ」


 お気に入りの丘に登り、両手を伸ばします。くるりと回った時、強い風がふき、髪が乱れました。


「あっ……」


 その拍子に、うっかり足元を滑らせました。

 私のばかっ! 倒れるわっ……!

 思わず私は身を縮めました。しかし、私が感じたのは草の匂いではなく、逞しい体でした。


「大丈夫か?」


 私の体はすっぽりとアルファ様に覆われていました。後ろから抱きしめられているような体勢に、顔が火照ります。


「申し訳ありません……」

「いや……いい」


 急いでアルファ様から離れますが、まだ体は熱いまま。熱でも出たみたいだわ。私は気まずくて、空を指差しました。


「……あ、アルファ様! 太陽が沈んでいきますよ」


 真っ赤に燃え落ちる夕日は、別れの時間を告げていました。


「そろそろ戻りましょうか」

「……そうだな」


 名残惜しくて、夕日を見続けてしまう。ちらりとアルファ様の顔をみれば、端正なお顔が夕焼け色に染まっていました。やっぱり素敵だわ。


 ロンダが羨ましい。


 暗くなり始めた頃、私はアルファに向き直り、「帰りましょうか」と微笑みながら言いました。すると、アルファ様は少し神妙な顔をされて、目を逸らします。


「私は……」

「……?」

「私は、この通り口下手だ。女性を喜ばせるようなことは言えない。それでも……」


 逸らされていた視線が戻り、私を見つめます。瞳は不安そうで、迷子の子犬さんのようです。


「それでも、また……会ってくれるか?」


 私は満面の笑顔で答えます。


「もちろん! もちろんですわ、アルファ様」


 精一杯の思いをのせて言うと、アルファ様がほんの少し、微笑まれました。


「ありがとう……」


 アルファ様の微笑(びしょう)に胸がいっぱいになりました。こんな風に笑ってくれるのね。ますます素敵だわ。


「いえ……こちらこそ……」


 なんだかアルファ様の顔が見れなくて、今度は私が彼から目をそらしました。



 *



 屋敷に戻ると、伯爵夫人と、お母様が待っていました。夫人は私達の様子をみて大変満足したようで、足取り軽く帰りの馬車に乗り込んでいきました。


「じゃあ……また」

「はい。また……」


 馬車に乗り込むときにアルファ様が声をかけてくれました。夢のような時間が終わってしまい、切なさで胸がいっぱいです。


 馬車が見えなくなるまで私は手をふり、見送りました。


 やっと馬車が見えなくなると、大きく息を吸います。


「「ふぅ~~……」」


 重なったため息に驚いて、横にいるお母様を見ます。お母様は、苦虫を噛み潰したような顔をしています。


「疲れました。お夕飯にしましょう」


 また驚いてしまいました。お母様が疲れるなんて聞いたことがありません。鉄仮面みたいに表情を変えないお母様の人間らしい一面を見れて、思わず笑ってしまいます。


「どうしたの?」

「ごめんなさい。お母様でも疲れることがあるんだなと、思って」

「……疲れますよ。相手は伯爵夫人ですよ。粗相があったら、旦那様に申し訳がないでしょう」


 またも驚きです。普段、お母様は、お父様のことをノロマだの、グズだの、ひどい言い様でしたので。またも、お母様の新しい一面を見れて笑ってしまいます。


「なんですか?」

「いえ……ふふふっ」

「……ともかく、向こうも満足されていたようですね。ミランダ、よくやりましたね」


 思わぬ褒め言葉に笑いがとまります。いつ以来でしょう。お母様に褒められるなんて。なんだか、くすぐったいわ。


 今日はとてもいい日だったわね。


「これで、ロンダの婚約話も進むでしょう」


 お母様の一言に足がとまります。


「良い縁談に恵まれてよかったわ」


 そうでした。

 アルファ様はロンダの婚約者。

 私ったら、何を浮かれていたのでしょう。


 私は身代わり。

 たった一日の婚約者なのに。

 名前すら覚えられていないじゃない。


「ミランダ?」


 足を止めた私にお母様が声をかけます。私は顔を上げ笑顔を張り付けました。


「なんでもないわ、お母様」


 私はロンダの代わり。

 だから、これからは、二人が幸せになるように見守りましょう。


 そっと、そっと。

 小さな胸の痛みはしまいこんで。




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