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14.会いに行きます!

 私に任せてと言ったきり戻ってこなかったロンダが帰って来ました。なぜか、大量のぶどうを抱えて。


 ロンダの話によると、ぶどうの実を果汁をこぼさずに口の中で、なめておくとキスが上手くなるそうです。なんて具体的なアドバイス! 私はその日から、暇を見つけてはぶどうを口にするようになりました。

 それを見たばあやは、「ぶどうは栄養がたっぷり含まれているんですよ。たくさん召し上がってくださるなんて、嬉しいですね」なんて言われて、ちょっと罪悪感を感じました。

 私はぶどうが好きではありません。この酸味がどうも合わないのですが、キスのためならば!と、口にしていました。


 でも、ぶどうの果汁をこぼさないで口に含むというのは、なかなか難しいものです。柔らかい実は、気を抜くと噛んでしまいます。噛まないように気をつけていると、溢れんばかりの果汁が口の端からこぼれていきます。キスへの道は険しく厳しいものだと実感しておりました。


 キスの話とは別にロンダから素敵な提案がありました。アルファ様が今おられる場所は町から馬車で二時間ぐらいの所にあるとのこと。


『会えないなら会いに行けばいいのよ!私が付いて行ってあげるから、行きましょう!』


 ロンダの心遣いも嬉しかったのですが、何よりアルファ様に会える喜びで私は浮かれていました。


 しかし、お母様が昔、家庭教師をしていた令嬢が昔馴染みを集めてパーティーをするということで、社会勉強のためロンダも行くことになってしまいました。

 ロンダは嫌だと言っておりましたが、私が諭してロンダをパーティーへ行かせました。昨日のことです。

 二週間は戻ってこないという話なので、アルファ様に会いに行くのもなしになりました。二週間後に今の場所に居るか分かりませんから。


 待ちぼうけの日々を送っていた私はテントに籠りながら今日もぶどうを口にしていました。近くには出来上がったばかりの私の肖像画もあります。

 アルファ様と並んだ私の肖像画。


「あなたたちは良いわね。会うことができて」


 並んだそれらを見ていると、どうしようもなく寂しくなってきます。早く肖像画を送らなければと思うのに、二つを離すのは気が引けてなかなか送れずにいました。


「会いたいです。アルファ様…」


 会いに行ける距離にいるのに、離れているのが、もどかしい。一人では何もできない自分が、もどかしい。ロンダなら、自分の足で行こうとするのに、私は…。


 じわりと涙が浮かぶ。それを拭いました。


 いつまでもロンダに頼ってたらいけないわ! アルファ様の婚約者は私なのよ!私、一人でも会いに行こう!


 思い立つと行動は早かったです。私は荷物を詰め込むと、こっそりと家を出ました。ばあやに見つかったら反対されてしまうから。手紙を置いて家を出ました。



 アルファ様…今、会いに行きます!



 ーーーーー


 ひとまず私は町に出ました。振り返ってみれば、一人で歩くのは初めて。いつもロンダが隣にいました。でも、今は一人。心細さに周りを無駄にキョロキョロしてしまう。心臓は緊張で、大合奏をし始め、手は汗をかき始める。顔まで熱くなり、ぐるぐると思考がうずまく。


 お、落ち着くのよ! ここはいつも歩いている町よ! 大丈夫よ!


 私は呼吸を整え、震える足を無理やり一歩前に出しました。



 ーーーーー




 馬車で行くといっても乗ったことがない私はどこへ行けば乗れるのか分かりません。頼ったのは馴染みの貸本屋さんでした。


 ーちりんちりん


「いらっしゃあ~い。あら? ロンダ…ミランダちゃん??」

「こんにちは」

「どうしたのぉ! まさか一人で? ロンダちゃんは?」

「あの、えっと…」


 貸本屋さんの店主であるキャサリンさんは、キレイな男の人です。『心は少女なの☆』と言ってらっしゃったので、お姉さんような話し方をされます。この町の数少ない私の知り合いです。


「ちょっと…その…」


 話すべきか迷っていると、キャサリンさんは、急に真剣な顔になって顔を近づけてきました。


「ミランダちゃん…あなた、もしかして、家出してきたんじゃないでしょうね?」

「え? ええ!?」

「だめよ! うら若き乙女が一人で家出なんて! いいこと! 外には危険な男がいっぱいなのよ! あなたみたいなウサギちゃんなんて、男の格好の餌よ! 餌! なんで、一人でいるのか、正直に話しなさい!!」

「は、はいっ…!」


 キャサリンさんの気迫に押されて私は事情を全て話しました。


「そうなの。婚約者に会いにねぇ~。素敵! 愛だわ」


 うっとりと微笑むキャサリンさんに私は苦笑いをします。


「それで? ウォール地方に行く馬車を探しているのね。分かったわ! 任せて!ミランダちゃんの愛のためにも、おねーさんが協力するわ」

「!…ありがとうございます!」


 キャサリンさんの言葉に目の前が明るくなります。ここに来て、よかった。


「ふふふっ。それにしても、あのミランダちゃんがねぇ」


 キャサリンさんが意味深な笑みを浮かべながら私を見つめます。


「ロンダちゃんの後ろに隠れていたミランダちゃんが一人で遠出なんてねぇ~」

「子供の頃の話だわ…」

「ふふふっ。子供の頃からもそうだけど、ミランダちゃんはそうね…何かをずっと諦めている風だったから、これでも心配したのよ?」


 キャサリンさんの言葉にふと前の自分を思い出します。アルファ様に会う前の自分を。キャサリンさんの言葉通り、私は色々なことを諦めていた。恋も、結婚も、家から一人で出ることさえ…。


「ふふっ。きっと婚約者さんとの出会いがミランダちゃんを強くしているんだわ。はぁ~、やっぱ、愛の力って偉大よね!」


 キャサリンさんは自分を抱きしめながら、くねくねと動きました。それに驚きつつも、そうかもしれないと思います。

 アルファ様を思うと勇気が出る。できないことも、やってみようと思える。


「ミランダちゃん! 頑張るのよ! 絶対、絶対、婚約者さんに会いなさい!」

「はい!」


 キャサリンさんに激励されて私は決意を新たにしました。


 会いに行く! 自分の足で行こう!


 その後、馬車がお店まで来てくれて私は馬車に乗ってアルファ様の所を目指しました。


 馬車に乗る際、キャサリンさんが一冊の本を渡してくれました。『馬車の中で読んでね』と、笑顔で渡されましたものです。

 なんだったんだろう…包まれたそれを手にとった時、ガタン!と馬車が大きく揺れました。なんとか体制を整えましたが、馬車はまたも大きく揺れます。

 結局、私は大きな揺れに翻弄され、本を読む暇はなかったです。



 ーーーー



「お嬢さん、着いたよ」

「あ、あ、ありがとうございます…」


 馬車の揺れですっかり酔ってしまった私はふらつきながら馬車に乗せてくださったおじ様にお礼を言いました。


 馬車を見送って改めて周りを見つめます。そこは私の住む田舎よりも緑が深くとても静かな場所でした。来たことがない場所。知らない人しかいない場所。思わず足がすくみます。


 しっかりしなさい、ミランダ!


 気合いを入れるため、頬を叩きます。痛みが私の意識をハッキリさせました。


 よし!


 そして、私はアルファ様を探し始めました。



 ーーーーー



 そして、私はアルファ様がいると言われた子爵様の屋敷の前までやってきました。


 大きなお屋敷…


 立派なお屋敷を前に私は茫然と佇んでいました。ここまで来たのはいいけど、これからどうしよう…。何の連絡もしないまま勢いだけで来てしまった。屋敷の近くで待たせてもらおうか…うろうろしていると、一人の女性が近づいてきました。


「失礼ですが、カリム男爵令嬢ではありませんか?」


 ふいに名前を呼ばれて驚きました。その人は黒い服装を身にまとった凛々しい女性でした。その服装はどこかで見た覚えがあります。確か…そうだわ。前にアルファ様とヨーゼフ様に町で出会った時、同じような服装を着ていました!


「そうです。あなたは…」

「私はエミリア・ビュッヘフェルトです。アルファ卿の補佐をしています」


 アルファ様の仕事仲間! まぁ、こんな所で会えるなんて、なんて幸運なんでしょう! でも、この人はなぜ、私がカリム男爵令嬢だと分かったのかしら?


「アルファ様の仕事仲間のエミリア様ですね。初めまして、私はミランダ・カリムと申します。その…なんで、私がカリム男爵令嬢だとお分かりになられたのですか?」

「失礼だとは思いますが、指輪を拝見しました」

「指輪?」

「はい。アルファ卿と同じデザインの指輪でしたので、そうでないかと。私、目は良いので、遠くからでもデザインが見えました」

「そうでしたか…」


 エミリア様の話に私は感心しっぱなしでした。遠くのものまで見えるなんてすごいわ。アルファ様の補佐をしていると言っていらしたけど、優秀な方なんでしょうね。背も私より頭一つ分高いですし、凛とした立ち姿がとても素敵な方だわ。アルファ様と並んだら、きっとお似合いなんでしょうね…。


「カリム男爵令嬢。もしかして、アルファ卿に会いに来たのですか?」

「!…はい…」


 恥ずかしくて、うつむいてしまう。連絡もなしに来たなんて、はしたないと思われたかもしれない…でも、会いたかったから…どうしても会いたかったから。


「あの、エミリア様。アルファ様は今…」

「アルファ卿は今、執務中です。子爵と話し合いをされているのですが、話が平行線で一向に終わる気配がなく、まだ議論されています。屋敷の窓からカリム男爵令嬢のお姿が見えましたので、ここに来ました」


 まぁ、あの屋敷から私の姿を見たですって! エミリア様は本当に目がいいのね。


「一目だけでもアルファ様にお会いしたいのです。ここで待たせて頂いてもよろしいですか?」

「それはいけません。雲行きが怪しいです。雨が降ってきたら濡れてしまいます。お待ちになるならアルファ卿が宿泊されている宿にお連れします」

「まぁ! ありがとうございます、エミリア様」


 アルファ様を待っていられるなんて幸運だわ。今日は本当に色々な方に助けられて、感謝しなくては。


「いえ。ですが、いつ帰るかは不明です。深夜になるかもしれません。それでも宜しいですか?」


 深夜…それは、困ったわ。お会いしたいけど、ばあやが心配するだろうし…でも、会いたい。一目だけでもいいから。


「遅くなるようでしたら、帰らせて頂きます。家の者が心配しますし…でも、ギリギリまで待ちたいです」

「分かりました。ご案内します」

「ありがとうございます、エミリア様」

「それと…」

「?」

「私のことは、様付けの必要はありません。エミリアとお呼びください」


 そう言われても、呼び捨てなんて気が引けるわ。


「じゃあ、エミリアさんで」

「いえ、もう一声」

「え? ええっと…エミリア…ちゃん?」

「!…ぜひ、そう呼んでください」

「はい! じゃあ、私もミランダとお呼びください」

「では…ミランダちゃんとお呼びしてもいいですか?」

「まぁ、素敵! ぜひ、呼んでください!」


 こうして、私はエミリアちゃんに案内され宿で待つことになりました。



 ーーーーー



 エミリアちゃんは別れる時に「ミランダちゃん。早くこちらに来るよう、アルファ卿に発破をかけてきます」と言って足早に行ってしまいました。


 ふぅと一息ついて窓の外を見つめます。エミリアちゃんの言うとおり、灰色の雲が広がり始め、しばらくすると、ポツリ、ポツリと雨が降り始めました。


 それから一時間、二時間経つと嵐のように雨が降りだしました。


 困ったわ…この雨では馬車が走れないかも。帰りはどうしよう…ばあやは心配しているでしょうね…。


 ずっと立っていたせいか、また、馬車の疲れが急に出たのか、ふと目眩がしました。

 いけない…倒れたら、アルファ様に申し訳が立たない。あと少し、あと少しだけ待とう。来られなかったら運がなかったということよ。永遠に会えないわけじゃないもの。だから、あと少しだけ…。


 すると、豪雨の中から人影が見えました。

 もしかして!


 私は雨の中を飛び出していきました。



 雨に濡れるのも構わず、目を凝らすと大柄の人が走ってくるのが見えます。

 やっぱり、あの姿は…!


「アルファ様!」


 声をかけると、人影は急に走るスピードを早め、そのまま私の顔を包み込むように手で持ち上げます。


「ミランダ…なのか…?」


 信じられないという風にアルファ様は目を見開いて私を見つめます。アルファ様の顔が見れて私は喜びでいっぱいでした。


 やっと、やっと会えた!

 アルファ様! アルファ様!


 思いが込み上げて涙が出ます。私はアルファ様の言葉にうなずくだけで精一杯でした。

 私がうなずいてようやく分かってくれたのか、アルファ様はマントを私の頭で広げます。マントのおかげで、今まで私を激しく濡らしていた雨がかからなくなりました。


「中へ…」


 肩を強く抱かれたまま、私達は宿に戻って行きました。



 ーーーーー



 部屋に戻ると、あたたかさを感じ、同時にいかに自分の体が冷えているか分かりました。濡れた衣服から水がしたたり、床を濡らしていきます。自分を拭くのも忘れ、私はアルファ様に頭を下げました。


「勝手に来て申し訳ありません! アルファ様がお忙しいのは分かっていましたのに…来れる所にいらっしゃると思ったらつい…!」


 私は謝罪の言葉を全て言えませんでした。アルファ様が私を強く抱きしめたから…。


「君が謝らなくていい。悪いのは私だ。すまない、ミランダ。すまない」


「会いたかった…」


 その言葉に涙がこぼれ落ちました。


「私もです。私も会いたかった…!」


 アルファ様の抱きしめる力が強まりました。それを嬉しく思い。私もアルファ様を抱きしめ返しました。



 しばらくすると、雨音がしないことに気づきます。雨、やんだのかしら? それなら馬車も動けるわよね。帰らなくちゃ…。


「アルファ様…私、帰らなくては…」


 アルファ様の体が震え、抱きしめていた力が緩まります。顔を上げると複雑な表情をしたアルファ様がいました。


 もともと一目会えるだけでいいと思ってたんだ。もう、充分でしょ? だから、泣くな! 笑いなさい、ミランダ。


「お会いできて嬉しかったです」


 心を込めて。私は精一杯、笑った。



「帰さない…」



 ポツリとアルファ様が呟く。そして、腕を取られました。


「ミランダ、私は手紙に書いたはずだ」


「次に会うときは、絶対に、君を離さないと」


 アルファ様は私を引き寄せ、私にキスをしました。





次回はアルファ視点です。

キスの特訓の成果が!

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