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11.彼女が可愛すぎて困る sideアルファ

 朝から私は変だ。

 紅茶の砂糖の分量を間違えて甘過ぎにしてしまったし、普段なら気をつけてくぐる扉に頭をぶつけるし、さっきから読んでいる仕事の書類が一向に頭に入らない。理由は分かっている。寝不足なのだ。そして寝不足になってしまったのは、ミランダから届いたあの手紙のせいだ。


 彼女からの手紙に肖像画が欲しいと書いてあった。それはいい、恥ずかしいが彼女が持っていてくれるのは嬉しい。変な男が付かないためにもそれは有効といえる。指輪をしているのだから、そもそも変な男は寄ってこないと思うが…。いや、この際、変な男のことは置いておいてだな…問題は肖像画の使用方法だ。


 ミランダは私とうまく話せないことを気にやんでいた。私も口下手だから、それはよく分かる。よく分かるのだが…なぜ、肖像画に向かって話しかけるのだ。話すための練習だとは分かっている。それは理解したが…ミランダが私の肖像画に必死になって話しかけている姿を想像するだけで、たまらないのだ。可愛すぎて。


 いや、どう考えても可愛すぎる。きっと彼女のことだから、最初は恥じらいながら戸惑いながら話しかけるのだろう。そして慣れてきたら微笑みかけてくれるのだろう。私の肖像画に。


 …彼女に微笑まれるのか。それは、なんというか、うらやましい。


 たかが絵なのに毎日毎日、彼女に話しかけられ、微笑みかけられるだと? 絵なのに。私だって、毎日、彼女に話しかけられたいし、微笑みかけられたい。そして、できうることなら、その小さな体を抱き寄せたい。力を強めないように慎重に抱き寄せて、そのぬくもりを感じたい。きっと彼女は恥じらって逃げ出そうとするから、顎をとらえて上を向かせる。そして、そのまま彼女の唇に…。


 …まて。まてまてまて、落ち着け。

 ヨーゼフではあるまいし、何を考えているんだ、私は。

 私の不埒な思いで彼女を怖がらせてはダメだろう。…だが、彼女がそれを受け入れてくれたら…?


 …いかん。想像が止まらない。


 昨晩からずっとこんな調子だ。早く目の前の書類の山を片付けて肖像画を描かせる時間をとらなければならないというのに。

 いや、肖像画を送るよりも、空いた時間で彼女に会いにいけばいいんじゃないか?

 彼女は会って話がしたいと思っていてくれる。だから、直接、会いに行った方が喜ばれるのではないだろうか。

 私も会いたい。婚約式の帰りに繋いだあたたかく小さな手をもう一度つなぎたい。会えていないせいか、まだ実感がないのだ。ミランダが私の婚約者だという実感が。私のものだという実感が。だから、私のものだという証をつけておきたい。指輪だけではなく、その頬に、額に、首筋に、唇に、私の証を…。


 …だめだ。また余計なことを考えた。


「はぁ…」


 私は椅子の背もたれに体重を預けた。


 昨日から彼女のことで頭がいっぱいだ。何をしてても彼女を思い出して気持ちの高ぶりが抑えきれない。困った…。


 ーコンコンコン


 扉がノックされ返事をすると、最近、私の仕事の補佐役を勤めだしたエミリアが入ってきた。


「失礼します、閣下」

「…エミリア、何度もいうが、私はまだ閣下と呼ばれる資格はない」

「私も何度も申し上げますが、辺境伯から、あなた様を公式な場以外では閣下と呼ぶように言われております。もうすぐ閣下と呼ばれるようになるため、いまのうちに慣れておきなさい、とのことです」


 父上の考えそうなことだ。近いうちに私は爵位を継ぐだろう。閣下と正式に呼ばれる日も近い。その時は…ミランダとも結婚しているのか…。

 ミランダの花嫁姿か…まずい、想像するだけで口元が緩んでしまう。


「閣下」

「なんだ」

「先程から、婚約者のミランダ嬢のことを考えるのは結構ですが、今は執務中です。仕事をしてください」

「っ!…なぜ、わかった?」


 確かにミランダのことを考えていたが、なぜだ。なぜ、わかった。エミリアにはミランダという婚約者がいることは伝えているが…それ以外の情報はないはずだ。


「閣下の親友であるミューゼル子爵ヨーゼフ様から、閣下の取り扱い説明書なるものを頂きました。閣下の補佐を担当する際、頂いたものです」


 そう言ってエミリアは顔色一つ変えずに本を見せる。丁寧に装丁されたそれは、表紙に『アルファ・アールズバーク取り扱い説明書』と書かれていた。


「この説明書のしぐさに関する第三の項目でミランダ嬢のことを考えている時は視線が右になる。さらに口元を押さえているときは彼女に関して何かこちらが恥ずかしくなるようなことを考えていると、書いていてあります。閣下は先程、それをしておりました」


 …くっ、ヨーゼフのやつ。なんてものを渡しているんだ! 恥をかかせる気か、あいつは!


「エミリア…今すぐその取り扱い説明書とやらを捨てくれ…」

「それはなりません。辺境伯からもこの取り扱い説明書は、閣下の補佐官に受け継ぐように言われております。閣下は無口で無愛想なので、人から誤解を受けやすい。これさえあれば、閣下の人柄が分かりやすく無用な誤解も減る。実によくできている、とのことです」


 父上まで…。しかし、私の恥をこのまま放置しておくわけにはいかない。エミリアの隙をついて手元に置いておくか。


「あと、この取り扱い説明書は全て私の頭の中に記憶していますので、こっそり捨てようなとどは思わないでください。私、記憶力いいので」


 くっ…万事休すか…しかたあるまい。書いてあるしぐさをしないように注意すればいいのだから。


「さぁ、閣下、仕事残っておりますので、始めましょう」

「わかった…」

「先程、ウォール地方のヘンリー子爵から崖崩れについての嘆願書が届きました。崖崩れの補強内容を変えてほしいとのことです」

「それはならん。あそこは元々、山賊や不法入国者が使う獣道があったはずだ。今回の補強でその道もろとも潰すことにしている」

「しかし、ヘンリー子爵は、ウォール地方の観光名所を過度な補強をしては観光地としての価値が下がると書いてあります」

「いや、それでも防衛が優先だ。国民の命が優先だ。よい、私がヘンリー子爵と話をつける。子爵とは知らない仲ではないのでな」

「はっ」


 そう言って席を立って部屋を出ようとした時だった。


「本当に閣下は、仕事では判断が早いですのに、ミランダ嬢のこととなると、その判断力が鈍るのですね」


 ーガンっ


 エミリアの言葉に私の背ではやや低い扉に頭をぶつける。


「あ、図星ですか?」

「エミリア…」


 振り返ると、エミリアはやはり表情一つ変えていなかった。まったく、なにを言い出すんだ。


「それも取り扱い説明書に書いてあるのか…」

「いえ、これはミューゼル子爵ヨーゼフ様から頂いたアドバイスです。『アルファ君は怖がられて、誰もいじってあげないと思うから、隙を見てどんどんいじってあげてね☆』と言われましたので、いじりました」

「……はぁ。行くぞ」

「はっ」


 ヨーゼフめ…今度、会ったときに覚えていろよ…。


 そうやってエミリアには、取り扱い説明書を元にせっかれて、仕事を終わらせていった。



 ーーーーー



「疲れた…」


 寝不足と相まって私は椅子に倒れこむように座った。普段は出さない弱気まで口からでる。今夜はウォール地方の子爵が用意してくださった宿に泊まることになった。

 その土地に腕の良い絵師がいるとのことで肖像画も描いてもらった。小さいがよく似ている絵だ。子爵との話し合いが、まだ時間がかかりそうなため、ひとまず肖像画を送ってしまおうと考えた。このまま何も考えずに眠ってしまいたいがミランダが待っている。せめて手紙を書いて、肖像画を送らなければ…。


 ふらつく頭のまま筆をとる。この時の私はあまり深く考えずに手紙を書いてしまった。いつもなら、何度も見直すはずなのに、それをしなかった。つまり、心のままに書いてしまったのだった。



『ミランダへ


 君が欲しがっていた肖像画を贈る。


 君が私ともっと話したいということはわかった。わかったのだが、肖像画に話しかけたり、微笑みかけるのは、できれば控えてほしい。

 私は心が広い人間ではない。君が肖像画に毎日、話しかけ、笑顔を見せているというだけで、私は肖像画に嫉妬してしまう。私だって、君と毎日、話がしたい。できれば、朝、目覚めたら君におはようのキスをしたい。眠る時は君におやすみのキスをして君を抱きしめながら眠りたい。

 それができない今の状況が恨めしい。


 会いたい、ミランダ。君に会いたい。


 自分のせいだと分かっているのだが、それでも言わずにはいられない。君に会いたい。君を抱きしめたい。君にキスをしたい。


 心の慰めとして君の肖像画も送ってくれると嬉しい。


 早く仕事を終わらせて会いに行く。その時は君を絶対、離さない。


 アルファ・アールズバークより』


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