裏の世界
男はファッション街を歩いていた。
聳えるビル群の中を縫うように歩く。目当ての店は入り組んだ小路にあった。情報通り、店頭には『50パーセントOFF』の看板を掲げた女性が立っていた。
グレンチックのシャツにネイビーのストレッチパンツを合わせた、落ち着き払った服装だ。客引きの声も必死さはなく、大人びた印象を受ける。ただ、裏の世界を知る男の目には彼女が持っているはずのもう一つの淫靡な像が見えていた。
ネットによると、看板の値引き価格はその子が奉仕するサービスの値引き価格を表している。つまり、店頭の女は半額で自分を売っていた。
「いらっしいませ」
「魅力的なワイシャツのMを頼む」
男は『ワイシャツ』の単語のときだけ指で作ったバッテンを口前に添えた。
簡単な話、隠語だ。
魅力(SEXY)からYシャツのYを除き、サイズで女の設定を選ぶ。SかMかだ。
「魅力的……ですか。少々お待ちください」グレンチックの女はそういって店内に消えていった。
サービスまでの順番は店によって異なる。初めての店で手順がわからなかった男は素直にいわれた通り待った。女は数分してすぐにやってきた。何故かハンガーに掛けられたワイシャツを二つ持っている。
「一応、当店でのおすすめはこの辺ですね。お客様のいう魅力的が何を示すのかわからないので色々持ってきました。どういうのがお好みです?」
「何の冗談だ」男はいった。こんなプレイを受けたのは初めてだった。
「冗談? 何の話です?」女は小首を傾げる。本当に何も知らないのか、目はあどけない。
「もういい、責任者を出せ」
女は怯えた口調で、かしこまりました、といってまた店の奥へと消えた。そして、グレンチックの女と引き換えにブラウンのワンピースにストールを巻いた、四十代の女性が出てきた。
「ここで店長を任されております、桐沢と申します。お客様、いかがされましたか?」
「いかがもこうしたもないだろ。素人に看板を持たせるなよ」
「素人? 失礼ですが津田は当社の研修を終えたれっきとした社員です。至らぬ点はまだまだありますが、決して素人ではございません」
「んなことをいってるんじゃない。しっかり注文通りのサービスをしろっていってんだ」
「注文通り? 先ほどから何をいってらっしゃるんです?」
「性サービスだよっ」
「うちはそういった店ではございません。どうかお引き取りを」
「うるせぇ。前金だって払ってんだ」
「お客様、これ以上しつこいされますと、警察呼びますよ」
「呼びたきゃ勝手に呼べよ。ただ、ヤラせてもらうまで帰らないからな」男がベルトに手をかけ解いた。店内に悲鳴が響き渡る。「ほぉら、立派なもんだろ」
「アパレル店を装った風俗店ねぇ。あんた、こんなネットの情報信じてたの?」
取調室内、金のネクタイピンが印象的な、いぶし銀刑事がネットの書き込みをコピーした紙をコツコツと指で叩く。
「信頼できるソースから拾ったネタだ。嘘じゃない」
「あんたなぁ……ん?」
いぶし銀がため息を吐いたところに、新米刑事が耳打ちする。すべてを聞くなり、なるほどねぇと呟いた。
「惜しかったなぁ。どうやらそういった店は確かにあるようだ。ただ一本筋を入り間違ったな」
「そんなぁ」男が項垂れる。
「まぁ、すぐに摘発してやるよ、心配せず。刑に服せや」いぶし銀がにやりと笑った。
「ママ、アイツどうなりました?」
「まぁ、石田さんが巧くやってくれてるでしょう」
「でも、どこから漏れたんでしょう」
「さぁね。でも、まぁこれがあるかないかで見分けがつくから大丈夫よ」桐沢が金のネクタイピンを摘む。
「あぁ、そうそう。ミキちゃん、先ほど石田さんから注文があったわ。『魅力的なワイシャツSサイズ』でお願いだって」
「わかりました。あの人、柄にもなくドMだから笑えますよね」
「そうね」桐沢が微笑した。




