ユメミルヒカリ
駅前の狭い路地に入ると、都会の喧騒は少しは和らぐ。さらに奥まで歩いたところにあなた行きつけの喫茶店がある。
盲目なあなたは、その店の看板も、店の内装も、マスターの顔すら見えていない。けれどあなたはその店へ足を運ぶ。それはマスターがあなたと同じ、大のアイドルファンだからだ。
今日もあなたは、テレビに近いカウンター席に座り、その小さな口でコーヒーを飲む。コーヒーは厳選した豆をマスターがその場で挽くから、当然美味しい。挽く音もあなたの大好物だ。
テレビからはさまざまなアイドルのミュージックビデオが絶え間なく流れている。
お気に入りの曲が流れると、いつもあなたはリズムを刻み上半身で踊る。目が見えない分、ダンスは創作だ。頭の中で曲に合ったダンスを創り、それをいつも口遊んで体現する。
アクロバティックな踊りがあれば、春風のようにたうたう揺れもある。
あなたはダンスの振りつけが完成すると、決まってマスターに事細かく教える。満面な笑い顔で。それをマスターはにこやかな相槌を打つ。
今日もあなたは、マスターに新曲のダンスを披露し、振りつけの説明もした。今回は軽やかなタップダンスが肝だとあなたはいう。
しかし、今日のマスターは相槌を打たなかった。タップダンスだけでなく、アイドルたちの揃った手拍子も大切なアクセントだ、と不安になったあなたは補足する。
それでもマスターはうんともすんともいわない。
閉じられたあなたの目が潤んでゆくのがわかる。
それを見かねたマスターがポケットからメガネを取り出した。マスターはあなたにメガネであることを説明し、加えて、テレビに向けてメガネを掛けるようすすめた。
あなたはマスターのいわれた通り、テレビの音が聞こえる方向に身体を動かし、メガネをかけた。丁度、話していたアイドルの新曲が流れたときだった。
「わぁ」
あなたは思わずそう口にした。
ずっとずっと暗く、ただただ、だだ広かった海が瞬間で彩られた。頭の中ではアイドルのダンスが鮮明に映っている。あなたは食い入るように目をギュッと瞑った。
曲が終わり、興奮覚めやまないまま、あなたはマスターを見た。
「わぁ」
マスターの隣であなたに恋した私がいた。




