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四季彩宝石箱  作者: 泉柳ミカサ
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五十日前と五十日後

最愛の綾香が死んで明日で五十日になる。

四十九日は緊張の連続で悲しみの感情が湧く隙間もなかった。

布団に入ってようやく、哀婉めいた思い出が沸々と現れる。まず思い浮かんだのは海辺でのデートだ。そのときに想いを告げた。結果は今に至る。

あの日はとにかく焦っていた。遅刻して、迷子になって財布も忘れて散々だった。告白は別の日にとまで思った。ただ、水平線に佇む夕陽が僕を語らせた。

目を瞑っても、スライドショーは終わらない。エンドロールはあまりにも悲惨だった。四十九日前、僕だけの銀幕スターは逝った。自殺だ。

遺書はなかった。理由もわからない。四十八日前にも顔を合わせたが、そんな素振りは一切感じられなかった。

「どうしてだよ……」独り言ちに呟いても天井は高いだけだった。

綾香が死んでからはずっと同じ色の夜で暗い。何億光年か先に見える光がまた憎ましかった。

「どうしてだよ……」死より自を責めた。

ぼやき繰り返し、気づくと眠りに落ちているのが習慣化してきている。

「おめでとうございます」

何時間経ったろうか。瞼裏に閃光が走り、男が現れた。タキシードをまとった、三十路手前の爽やかな男だ。

すぐに明晰夢だと悟った。その分、男の声がよく聞こえる。

「おめでとうございます」男はまたいった。「あなたは黄泉の試験体として選ばれました」

「試験体?」想ったことがすぐに声へ変わる。

「とはいっても、実態はただのアンケートです。天使の活動域見直しのためのアンケートですので、是非ご協力を……」

「は、はぁ」

勢いに気圧され、言葉が詰まる。男のいっている意味がまったく理解出来なかった。

「もちろん、それ相応のお礼はさせていただきます。いや、そのお礼自体がアンケートというべきでしょうか」

「どういう言うことです?」

「あなた、ついこないだ恋人を亡くされていますね」柔和だった男の顔に深い筋が入った。

どうして、という言葉を寸前に飲み込んだ。今話しているのは黄泉からのセールスマンだ。

「まどろっこしい話はここまでにします。単刀直入にいいますと、あなたには結婚相手を決めていただきたいのです」

「結婚相手? どういうことです?」

「あまり知られていないことですが、左手の小指、薬指、親指の三指はそれぞれ赤い糸で結んばれているのです。無論、例外はありません」

「ということは、僕の運命の人は三人いると?」

男がにこりと笑った。「そういうことです。そしてその一人こそ、先日亡くなられた方、小指同士で結ばれた運命の人です。大概の方は誤った糸を選ぶ中、あなたは見事赤い糸の女性を選ばれていました。それだけに非常に残念です」

「話はわかりましたが、僕にどうしろと? まさか、あと二人いる運命の女性を探し出し、報告しろということですか」

「落ち着いてください。お話には続きがあります。実はこの三指の糸、それぞれ幸せ度合いが異なっているのです。詳しい数字を提示するのもアレなので簡単にいいますと、親指→小指→薬指の順で結婚後の幸せ度合いが増していきます。そして、ここから重要なのですが、あなたは五十日後、薬指で結ばれた運命の方と出逢います」

僕は嗤った。「そんな、嘘でしょう。綾香より大事な人なんてこの世にいません」

「いえ、いらっしゃいます。麦原恵さんという方です」

「仮にそうだとして、僕はどうすればいいんです?」

「だから、結婚相手を選んでいただきたいのです。綾香さんか、恵さんか」

「何をいうと思えば……綾香は死にましたよ」

「そうですね。しかし四十九日前、いえ、もう日を跨いでいるので五十日前、彼女はご存命でした。いいですか、よく聞いてください。今からあなたにはどちらか一つ選択していただきます。五十日前か五十日後か、です」

「五十日前と五十日後……」夢の中で僕はどちらともの行方を夢中に夢見た。

「五十日前を選べば綾香さんです。アンケートのお礼に、自殺を回避するようにします。しかし、彼女は三十九歳の若さで肺がんによって亡くなる運命です。この運命には抗えません」

あと十年だ、と思った。残そうと思えば、子どもも残せる。第一、また綾香に逢える。

「五十日後を選べば恵さんになります。先ほども申し上げましたように、綾香さんより幸せで円満な暮らしが送れます。それに彼女は八十九歳まで大病を患うこともなく、元気なまま逝く運命です。また、どちらともの運命が今後崩れることも絶対にありません。お話は以上です。どちらを選ばれますか?」

「五十日前に戻れば綾香に逢えて、必ず結ばれるんですよね」

「はい」

「五十日後に進めば麦原さんと逢えて、綾香以上の日々を送れる」

「はい」

すいません、僕は小さく手を挙げる。

「どうされました?」

「仮に麦原さんを選んだとして、綾香との記憶はどうなりますか」

「そのままです。今回は記憶を消せるタイムスリップではございません。また綾香さんを選んでも、今私がお話した、若くして亡くなるという記憶も残ります」

そうですか、とだけいって僕は考えた。

どれくらい悩んだろうか。悩むことは綾香にとって愛情か、はたまた裏切り行為かはわからない。しかし結構悩んだ。正直、楽になりたい気持ちはあった。

「どうでしょう……究極の二択ではございますが」

「絶対にどちらか選ばないといけないんですよね」

はい、と男は答える。

「本当に記憶はこのまま受け継がれるんですよね」

「もちろんです。今現在の記憶も保管されます」

「わかりました。では、僕を五十日後に送ってください」

「……そちらを選ばれましたか。理由もお聞かせ願えますか」

「簡単な話です」僕はいった。「僕は綾香を二度も殺せない」

男がははっと笑った。「いい答えですね。しかし、それは綾香さんへの愛に恐れているからではありませんか?」

「そうかもしれませんね。しかし、僕は決して綾香を忘れません。麦原さんにもすべてお話しするつもりです。その上でこう考えました」

ほう、と男は少し目を丸くさせた。

「人は二度死ぬ、という言葉があります。この世から去るときと人の心から去るときです。先ほどもいったように、僕に綾香を二度殺す勇気はありません。彼女の魂に一生縋ることでしょう。だから最愛の麦原さんにも弔い生かしてもらおうと思います。これが僕の選択です」

「なるほど、いい答えです。では、あなたを五十日後へ送ります。後悔はありませんね」

「もちろんです」僕は即答した。

「ネイビーのノースリーブにカーキーのロングスカートを穿いた女性が麦原さんです。あちらからコンタクト取るようセッティングしておきます。では、三人末永くお幸せに……」

男はふわりと消え、遠かったはずの光が燦ざめいた。

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