願い
雨がよく降る日だった。その子の容態が急変した。
医者や看護婦たちが、気忙しくリノリウムの床を響かせる。
「ユウキを……ユウキを救ってください」
その子の母親が叫んだ。バタンと扉が閉まり、『手術中』のランプが灯る。
医師も看護師も彼女を一瞥し、オペ室へと入っていく。ただ一人、執刀医が母親たちへ優しい歩調で近づいた。
「ユウキくんのお父様とお母様ですね。執刀医の都筑です。正直申し上げますと、ユウキくんは非常に難しい状態です。今夜がヤマだと思われます」
都筑が敢えて無感情でいった。それでも、その子の父親の顔は曇った。
「……そんな、ユウキはまだ五才なんだ。生まれつき盲目で聾唖で、それでも……それでも、私たちのためにここまで生きてきてくれた。あの子にはまだまだ未来がある。これから、これからなんだ……ランドセルだって……」父親はついに喘いだ。
「そうですか……」都筑は視線を落としたが、「実は、私には特殊能力があるんです」
「特殊能力?」
都筑が顔を上げる。澄んだ顔だ。
「えぇ、危篤状態の患者様と脳内で会話することが出来ます。ユウキくんに託したい言葉はありますか」
父親は一度、妻を見てから口を開けた。
「願いが叶うなら何をしたいか、語らさせてくれ。せめて、せめてあいつに夢を見せてやってくれないか先生」
「わかりました」都筑は頷き、また手術室へ戻った。
二時間四十七分十四秒後、ランプの灯りが消えた。
扉が開き、都筑が出てきた。ゆっくりとゴム手袋を外し、マスクも解く。いうまでもなく、臨終を見届けた顔だった。
「どうでしたか」母親が訊いた。目の周りが痛々しい。
「ユウキはなんと……?」父親は父親で背中が痛々しかった。
「ユウキくんの願いは一言でした」都筑がそっと天を仰いだ。
「《きれいな青空が見たい》、と」




