慰酒屋
その店は駅の裏手にある。狭い路地にひっそりと佇むその店がツヨシの行きつけだ。通いだして、もう二年になる。
「ママ、今日も来たよ」
「あら、いらっしゃい。カウンター空いてるわよ」
十席もないカウンターはすべて空いていた。
「何だ、今日も後藤来てないのか」
後藤もここの常連で、歴は彼の方が一年ほど上だった。
「そうね」ママがぶっきら棒にいった。
「冷たいねママ。後藤とは親しげに話してたのにさ」
「フフフ……もうバイバイよ、あんな男は」
「何々、そんな深い仲まで進んでたの、かぁー後藤の野郎、憎いねぇ」
「もういない男の話は止めましょ、今日は何にする?」
「えーと、どれにするかな」
ツヨシは壁に貼られている短冊形のメニューを見渡した。
ここの料理はすべてママの手料理で、ツヨシみたいな独身サラリーマンには嬉しい、旨くて健康的な一品ばかりだ。その上、お財布にも優しい。
「それでさぁ、ママ」
一通り注文すると、だし巻きを作るママを背にツヨシは愚痴を垂れだした。
この店は料理だけでなく、仕事の愚痴をママが親身に聞いてくれ、癒してくれる。
その癒しのお陰か、ストレスを溜め込まなくなった。
「そうなの……はい、だし巻き」ママがお通しとだし巻き、そしてウーロン茶を置いた。「でも、ツヨシさん、悪いことばかりじゃないんでしょ」
「さすがママ、よくわかったね」ツヨシの表情が一気に明るくなる。
「そりゃそうよ。顔に書いてあるわ、いや顔に出ているっていった方が合ってるかしら」
ツヨシは年の割りにハリのある顔をとろけさせながら、カバンから封筒を一つ取り出した。
「いやぁーママのお陰だよ。一昨年までほぼC判定だったのに、ほら見て、オールA。すっかり健康体だ」
「あらホント」ママがツヨシの健康診断の結果を見て微笑んだ。「肝臓も腎臓もすこぶる数値がいいわね。いいわよ、特に肝臓と腎臓は……」
「だろう。これからも宜しくね、ママ」
「そうね。でもあともう少しかしら」ママの笑みに翳りが宿った。
「あと少し? ここを閉めるのかいママ?」
「違うわ……バイバイよ」
「バイバイ?」
「ええ、売買」