第六話 保健室での密談
同級生であり、光の幼馴染でもある蒼井恵との出会いから数時間が経ち、光は保健室のベッドから起き上がった。
「あれ、俺って確か恵と…」
光は目を覚ますなり周りを見渡すが、見覚えのない景色に戸惑っているとカーテンが開くのと同時に白衣を着た女性が入ってきた
「やーっと起きたな問題児!あまり私の手を煩わさないでくれ。君、今日来た転入生だろ?」
「はい。すいません長い間」
「まぁ、別に気にするな柏木せ、ん、せ、い」
「!!?や、やめてください」
その白衣を着た女性はどうやらこの学校の養護教諭だった。年は凛子より少し上ぐらいで軽い感じの教員だった。養護教諭というと光はエロティックな女性を想像していたが全体的には色っぽいが胸がかなり慎ましかった。
「ごめんごめん、私はここの養護主任の神崎麗香。いやー柏木…いや、七瀬の話を聞いてから一度話したいと思っててね丁度良かったよ」
「別に何も面白くないですよ」
「いやいや、さっきの反応だけでかなり得したってもんよ。テレビ中継でも…あれは…さすがにない(笑)」
「…」
このとき光は悟った。この人は苦手なタイプだと。
麗香が言っている中継とは飛行機の帰国のことだった。光はあの恥辱を思い出し愉快に笑っている麗香を光はジト目で見るが、気にせず光をいじるように笑っていた。
すると、光は先程の状況を思い出す。
「そういえば、恵は?」
「あー、あのポニテの女の子ね丁度私が用事で出ようと思ってたときに君を支えながら血相を変えて連れてきたから、ベッドだけ貸して君を見てもらっていたよ。だけど私が帰ってきたときには教室に戻って行ったようだったよ。丁寧に置き手紙を残して」
麗香はその手紙を光にみせた。その内容は
『授業に遅れるため失礼します。光の事は私が担任に伝えておきます。よろしくお願いします』と書かれていた。
「全くあの子は勉強といい性格といい真面目だねぇ」
「勉強?」
「あれ?君、知らなかったのか?彼女この高校の入試をトップで合格したそうだよ」
昔から真面目だと知っていたが想像を遥かに超えていて光は驚愕していた。
「ただ、あの子は不憫でね、この学校の恒例でもある新入生代表答辞には選ばれなかったのだよ」
「え、そういう物って成績優秀者じゃないんですか?」
「普通の学校ならばね、だが、ここは美術名門の高校だ。ここの答辞は成績ではなく、面接後に行われる実技テストで決まるのだよ。」
恵沢高校は創立以来この規則は変えられていない。ここで、格差を感じさせ生徒たちに競争心を煽ることがこの学校の方針なのだろう。
「でも、それは仕方がないんじゃ?さっき言われたとおり美術の名門なんですよね。なら、合格基準は超えられても他の生徒とは格差がついてもおかしくは無いのでは?」
彼女は光のそんな言葉に呆気を取られ、再び光を見る。
「鋭いな。でも、君はその本当の意味を知っても同じことが言えるかな?」
「それはどういう…」
「御統制は知っているかい?この学校で定められている特種団体の事を」
「はい。美術に特化した所謂生徒会のようなものですよね」
「そう。この御統制は専門分野に特化した将来を有望とされている者しか入ることは許されない。それに伴い実技試験最優秀者には御統制に入る権利を獲得できるんだ」
「でも、それって誇り、勲章、名誉だとかそんなことじゃないんですか?」
光がそう言うと、麗香は驚いた顔をし光の質問に答える。
「君はそれだけだと感じるかもしれないが、ここに来る生徒の大半はそれを求めて来るのだよ。芸術なんて言ってみれば個人的主観。自分がいいと思えればいい、悪いと思えば悪いそんな単純なことだ。評価だってしているのは人間だ。つまり、御統制に加入すること。それだけで自分の芸術は認められる。他者がそれを否定しても」
恵もその一人。自分の遥か上の存在である光を超えた事の証明となるのが御統制の加入。それを実現するために入ったのがこの高校だった。
そうつらつらと説明を聞いていると光は麗香に純粋な疑問を抱いた。
「よくご存知ですね。養護教諭でもそんなに詳しくわかるんですか?」
光は試すように麗香に疑問をぶつけると麗香は、柔かく微笑み言った。
「いやぁ、私もこんなこと覚えたくないんだけど上がねちねちうるさいからしょうがなくね。はい、質問終了。治ったんなら早く行きなさい。出席日数足りないとまた次の第まで留年だぞ?ほら行ったいった」
そう、麗香は光を無理やり押し出し廊下へ突き出した。そして、誰もいなくなったベッドを見つめ
「面白い後輩だ。」
そう呟いた。
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「改めて転校生を紹介しまぁーす。ほら七瀬君自己紹介」
担任が甘ったるい声で指示をすると光はチョークを手にし自分の名前を書いた。
「七瀬光です」
「…」
「…終わり!?七瀬君…もう少し何か無いかなほらっ!得意な芸術科目とか」
この学校では芸術科制度が導入されており、普通の専門学科でも国数理社英などの必須五教科があるがこの学校ではその制度に乗っ取り芸術科目しか授業内容に入っていない。
光はあからさまに嫌な顔をし、担任教師ましろの指示に従った。
「あー…はい。得意なのは平面です。造形は不器用なのでほぼ無理です…」
教室内は数秒静まり返り
「ははは!!なんだ、なんだあいつ!!」
「まじで表情に出しすぎだろ!!」
「どんだけ嫌なんだよ!」
「蒼井に飛び蹴り食らって後遺症でも残ったんじゃね!?」
その一言に一人の少女が大声で反論する。
「ちょ、私はそんな強くやってな…」
そこまで言うと恵は恥ずかしくなったのかスッと座り、教室内はさらにドッと、盛り上がった。
担任教師ましろはそれを抑えるように「は~い」と言いながら手を叩き光に席を指示した。
「あはは…で、では七瀬くんあなたはえーっと、長崎くんの隣の席に座ってくださぁーい。長崎くーん!」
そう呼ぶと長崎と呼ばれる男子生徒が手を上げた。
「七瀬、こっちだ」
呼ばれると光はとぼとぼと猫背で歩き周りから視線を集めながら自分の席へ向かった。
「はぁーい。では七瀬くんを紹介したところで終わりたいと思います。」
ましろがそう言うと四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
どうやら光は三時間ほど寝ていたようだった。
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光はこの学校に慣れないということを理由に恵に昼食を誘われ、光は購買で販売されている菓子パンを片手にいちごミルクと確実に糖尿病を危ぶまれる食事をとり、恵は女の子らしい弁当箱に色とりどりの野菜などが入った光とは正反対の健康的な食事をしていた。
「光、あなたの食事昔と全く変わらないわね。朝ごはんもジャムをべっとりつけた食パンにホットミルク、昼は今日みたいな食事に、夜はともかく夜食に家からコンビニで甘いもの買いあさってたじゃない。よく中学で死ななかったわね」
「まぁ、健康診断で引っかかって、食事方面を見直したんだよ。生活習慣がだらしないって言われて」
本当はその言葉は凛子が光に浴びせた言葉だった。光に会った当時見るに耐えない食事に凛子はしびれを切らして「私が食事管理をします」と、光の食事を制限するようになったのだ。
____まあ、その食事で怒られるだけの健康体ってのも凄いけど。
恵が呆れて自分の食事に手を付けると再び光に疑問をぶつけた。
「でも、食事方面を見直し立って現に今食べてるじゃない?」
それは当然の疑問だった。言っている横で
「あー…まぁ、気晴らしだ。最近ろくな物食べてなかったから」
光からしたら野菜全般ろくな食べ物ではない。今日の昼食は唐突だったため凛子が準備できず買い食いになったのだ。
「光は糖分で動いてるようなものだからね。摂らない方がおかしくなりそうだね。」
その恵の発言は鋭かった。光は食事制限を強いられた当時。突然の食事の変化に甘い物に慣れていた身体が異変を起こし高熱を出したのだ。
自分でそう言っていると光は内心「俺、凛子さんに頼りすぎてるな。」と惨めになっていた
そう言うと、恵は唐突に光に切り出した。
「ねえ、今回の帰国ってやっぱり一定期間だけなんだよね?」
「いや、今回は仕事も兼ねてるけど「今回がいい機会だ」とか言って学校に通うよう社長に強要されたんだよ」
「え…じゃあ」
「ああ、卒業まではここにいる予定だ。留年してお前と同じ学年だけど、よろしく」
恵は嬉しさを隠しきれず感情がそのまま表情に出てしまい、少し頬を赤らめ光を見つめ
「うん。」
それだけ言った。