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ペインティング・ザ・ワールド  作者: 金剛涼太
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第五話 頂きのその下で

 私は劣等感を感じていた。


 いつも私の隣には超えられない人物がいたから。


 絵のことにしか興味がなくて、そう思っていたら私に話しかけてくれて優しさを見せてくれる。


 いつも無表情なのに感情がすごく分かりやすい。新しい画材を買ってもらって嬉しいくせに表情には出さず、だけど目はすごく輝いていた。


 だけど、人間というものは残酷なものだ。


 優れた者にははじめから才能というものがあって、劣ったものには努力をすればそれなりの結果を出せるが優れた者には大抵追いつけない差が開かれる。


 努力は必ず報われる。そんな言葉ただの欺瞞だ。人を嘯く甘やかしの言葉でしかない。


 私は彼より劣っていた。彼の隣にいると自分が惨めに思えてくる。そして悲しくなる。


 未踏峰の場所へ辿りつくことは私にはできない。私の役目ではない。彼が進むべき場所に私が立ち入る事は許されない。


 いつだって優秀な人物の走るリレーに劣等者はいらない。


 だけど彼は中学に上がると同時に姿を消した。


 一言


「フランスに行くとだけ私に告げて」


 私は彼が姿を消したとき、いつも一緒だった彼がいなくなることを受け入れられない気持ちと同時に不覚にも嬉しいという気持ちが芽生えてしまった。嫉妬から連なる思いが。



………私は…最低だ。




ーーーー・・・・ーーーー


 沈みかけていた夕日はすでに空から消えて周囲は真っ暗になった。


 最近まで日が落ちるのは短かったのに、少し長く感じこれから暑くなると思うと気が重い。


 今は連休最後の日の夜だ。だが、正直連休といえど休みらしいことは何もしなかった。県外へ旅行へ行くこともなく、友達とテーマパークへ行くこともなくずっと家に引きこもって絵を描いていた。


 というよりも私は絵を描かなければならない。いくら限界があるとしてもその限界までどこまで近づけるかが一番大事だ。


 敗者は敗者らしく底辺で悪あがきをする。それが劣等者私がすべきことなのだ。


 そう思いながら私は肌寒い身体に分厚い毛布をかけ眠りに落ちた。


 翌日。今日は昨晩と違い日は照り肌寒いというよりは涼しいという感覚があった。


 連休明けだからか、少し体が重い。風でも引いたかとおでこに手を当ててみるが平熱。やはり五月病のようだ。


 私はいつも通り駅の改札口へ向かう。駅内は人で溢れ歩いているというよりも流されているという表現の方が納得できる。


 ようやく電車の中へ入り出発を待つが、電車内もやはり人でいっぱいだ。私はバッグを両手で抱え隅っこに立つ。


 すると近くから私の名前を呼ぶ声がした。


「…ぐみー。恵ぃー!」


 狭い車内の中人をかき分け私のところまで来たのは友人のかんなだった。


 赤石かんな。高校入学時に最初に話しかけてくれた明るい女の子だ。いつも笑顔を絶やさないで人当たりがよく愛想のない私とは真逆の性格だ。


「もぅ、恵。またつまんなそうな顔してんじゃん。私と会うのがそんなに不福?」


「やめてよ、いつも言ってるでしょ?私は生まれつきこの顔なの」


「はーい。っと、それより確か今日って恵の学科に転入生が来るって言ってたよね?珍しいよねー特進美術科に転入なんて」


 私の通っている高校は美術を専門とした高校。「私立恵沢高校だ。全国的に注目を集めており学科の種類は三つにわかれており、美術造形科、美術平面科、そして二つの学科より偏差値、合格率が倍ある。特進美術科というものがある。


 私はもちろん特進美術科に進学した。学業、絵とどちらも必死に努力をし入学することができた。


 だが、かんなは美術造形クラス。そのかんなが情報を知っているということは他のクラスにもその情報は流れているようだった。


「別に私はどうでもいいけど」


「つれないなぁー…でもその転入生凄いらしいよ?」


「なにが?」


「いや、よくわかんないんだけどさ。だけど只者じゃないらしいよ」


 情報が詳しいのか曖昧なのかがかなり微妙だ。


「ま、恵のクラスの転入生なんだからちゃんと仲良くしなよ?」


「…」


 私に最初に声をかけてくれたかんなの言ったその言葉に私は何も返すことはできなかった。


「まぁ、頑張んな」


「うん。」


 電車は止まり溢れていた人々が流れるように駅のフォームへ歩いていった。



 特進美術科教室ホームルームにて。


「今日はぁ転校生が来るんでぇすよ!みなさぁん知ってましたかぁー?」


 入学式から一ヶ月以上がすぎ、教壇に立っている違和感しかないロリ先生もとい、1年特進美術科担任城那ましろの甘ったるい声にクラスの全員は慣れてしまった。


 明らかに足りていない身長で下に台を置きホームルームを行っていた。


「ロリ子せんせー転校生ってどんな奴なんっすかー?」


 生徒からの声に顎に指を当てましろは考えながら答えた。


「えーっとねー、たしかぁ、いつもパーカーを着てる子ってせんせーは聞いてるよー?」


「内容が不十分!!」クラスのほとんどがそう思った。


「そういう事じゃなくてもっとなんかあるでしょ?ほら!名前とか」


 金髪の髪を流したほんわかした女子が問いかける。


「せんせーも、あんまり聞かされて無いんだよねぇなんかとってもシャイな子みたいでね?」


 生徒の前ではそう誤魔化すが、教員全員には柏木コウのことは、事前に知らされている。


 ロリ顔だが、演技力は上手く生徒たちを欺く事ができた。


 生徒たちがましろを質問攻めにする中、一人明らかに浮いている人物が、窓の隅の席に座っていた。


 蒼井恵だ。


 頬杖をつき、誰が見ても気だるそうな顔をした女子生徒だった。


 だって興味がない。私には関係ない。それが彼女の本音だからこそそのような態度なのだろう。


 生徒たちが騒ぐ中、前方の扉の窓から人影が映し出された。


 それを一瞥したましろはその生徒に「はーい転校生くんどぉーぞぉー!」と声をかけ教室内に入らせる。


 それと同時に恵は興味ないながらも扉に注目した。


 扉が開いた。恵は開き、転校生の顔を見た瞬間ノーモーションで転校生の顔面めがけて飛び蹴りをかました。


________なんで、君がいるの!?



 吐血し、倒れ込む光を正面に蒼井恵は猛烈に動揺をしていた。


________なんで、光がここに…

 

ーーーー・・・・ーーーー


 時は戻り柏木光登校初日。


 初めての登校。不安でしかない。知らない人たちでいっぱいの個室の中放り込まれる。恐怖でしかない。


 しかも俺は一年留年して一年生から始める。周りが同学年ならまだしもクラス全員後輩って絶対浮くだろうな…


 だが、バレることはないだろう。いくらマスメディアが出待ちで俺の姿を撮っていたとしても、撮ったのは俺の馬の姿だ。

 

 名前も俺はペンネームとして「柏木コウ」という名前で名義しているが、本名は「七瀬 ひかり」だ。どちらかといったら女子っぽい名前だから柏木コウと照らし合わせる奴はいないだろう。しかも高校は一応中退ということに何故かなっている。


 こちらが細工しなくても勝手に設定を作ってくれていたから助かった。


 そうこうしているうちに、恵沢高校正門前にたどり着いた。


「着きましたね。先生」


 横にいる凛子さんが話しかけてくる。


「そう…ですね。」


 凛子さんは今日は保護者という程で同行してもらっている。一応学園側には説明してあるがもしもの事がある。


「珍しいですね。冷静でない先生は」


「心外ですね、俺も緊張くらいしますよ」


 そんな雑談をしていると門の中から人影らしきものが見えてきた。


 堂々たる歩き方ゆえに高い身長が整った顔を引き立たせ紳士さを醸し出している。この学園の理事長成田清史郎だ。


「先生。お待ちしておりました。私はこの学園の理事をしている成田清史郎です」


「理事長。ここでは敬語はやめてください。俺はこの学園の生徒ですよ。一生徒として扱ってください。」


「失礼、では改めて。七瀬光君だね、一年ぶりとでも言うべきかな?」


「そうですね。まさか面接であなたが直々に行うなんて想定外でしたからね」


「もちろん。君のような逸材。僕は直で会ってみたかったからね」


 そう。この理事長は俺との面接の時だけ入れ替わり俺の面接の面接官として立ち会った。


「さあ、立ち話もこれくらいにし、教室に行こうか」


「はい。わかりました」


 その後俺と理事長はなんの会話もなく無言で俺のクラスに向かっていった(凛子さんは仕事のため事務所へ向かった)。


 しかし、この人は謎だ。面接時、俺は教師陣には名が知れ渡っていたらしく、臨時として理事長が直々に面接官として俺の面接をしていた。


 面接の内容は普通の面接とそんなに変わらなく、趣味、中学での生活、部活動などの質問をされた。


 しかし、最後に理事長は俺にこう問いかけてきた。


「君はここで何かをやり遂げる自信があるか?」


 抽象的な言葉で俺は戸惑った。唐突なその問いは質問というよりも拷問という感覚の方が近かった。


 質問の後の無言の圧力、相手の眼球を抉り取るような鋭い視線俺は怯んだ。何も言えずただ、そこで座ったままただ呆然としていた。


 この人はうちの社長に似ている。自分の思考、想像、理想、内心。自らを相手に見透かされないよういつなんときでも注意を払っている。


 だが、質の悪いことにこの二人の人物は逆に相手の感覚を探ろうとしてくる。


 やはり、上に立つものこそ「自己隠して、見破られる事なかれ」というものなのだろうか。何というか…恐怖でしかない。


 その理事長の背中について行くと特進美術家と書かれたクラス板が見えた。


 近づいていく内に声がだんだん聞こえてくる。何というか、騒がしい。勝手な想像でここには真面目な生徒ばかりでずっと絵を描いている統一個性のクラスだと思っていた。


 教室の扉の前に立つと理事長が口を開く。


「一つ言っておくけど、ここには猫しかいないよ」


 …は?言っている意味がよくわからなかった。猫?明らかに扉の中には人の声しかしない(悲鳴などが聞こえるがギリギリ人間の声だ)やはりこの人の言うことは分からん。


 そんな事を思いながら中から声をかけられたので扉を開ける。


「失礼しま……ブベッ」


 教室内に入った一.五秒後、文字にすれば四文字。


 ほぼノーモーションで飛び蹴りが飛んできた。


 初日早々帰りたい。その思いが頭の中で駆け回り俺はその場で倒れ込んだ。




ーーーー・・・・ーーーー




「リッ…光!光ッ!」 


 耳から頭へと直接聞き覚えのある高い声が脳へと響き渡る。


「光!起きてよ光!」


 その声は途切れることなく倒れ込んでいる光を揺さぶりながら保険室内に響き続ける。


「いい加減起きろ」


 何者かによって頭を殴られ思い切り光の頭蓋骨に衝撃が走った。


「痛っ。…誰だよ…」


 光はぶつぶつと文句を言いながらふと隣を見るとそこには見覚えのある顔があった。


「恵、か…?」


 そこにいた人物は見覚えどころか、幼馴染である蒼井恵がそこにはいた。 


「光!帰ってきてたのなら連絡くらい入れなさいよ馬鹿っ!」


 そう、起きた途端光に罵声を浴びせたのは光の幼少時代からの幼馴染蒼井恵。光より一つ年が離れているが何をするにも光の後ろを雛鳥が如く付いてきていたおとなしい友人だった。


 だが、今では光の胸ぐらを摑みゆらゆらと前後に揺らし、頭をシャッフルさせる破天荒女子高生になっていた。


「やめ、やめろー。脳が震える…」


「あ、ごめん…ってそうじゃない。何で私に何も言わずに留学行っちゃったのよ!」


 恵は戸惑いながら問いかけるが光は冷静に淡々と答えた。


「それは、まぁ諸事情で…」


 光は含みのある言い方をしたが、恵はそれ以上言及せず、光の懐に抱きつくようにしてぼそっと、光に聞こえるかどうかわからないくらいの声量で、


「そ、それでも連絡の一本や二本入れなさいよバカ…」


「悪かった。…それよりこの手離して…


 恵はいつの間にか光を締め付けるようにしていたので光は身動きが取れない状態で飛び蹴りからのその絞め技はかなり辛かった。


「あ…ごめん」


 幼少期と変わらないやり取り。光のマイペースにツッコむ恵。そんな懐かしいやり取りをしながらも光はただ罪悪感を隠しきれなかった。


 光は恵に胸ぐらを掴んでいた手を離してもらい、また光は気を失った。もともと、身体が弱いというのもあるが、環境の変化、突然の出会い、からのドロップキック。ストレスや身体への負担その他諸々が蓄積していたのだろう。


 しかし、恵は光との出会いに嬉しさと共に嫉妬から連なる嫌悪感もあった。


 幼馴染との久しぶりの再開。一番会いたくて一番会いたくなかった人物。憧れでありライバル。そして、また再び手の届かない場所にはなれてしまって。そうした矛盾の思いが恵みの中で駆け回っていた。


________ねぇ、コウは…光は、私のことをどう思ってるの?

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