第四話 ルールブックじゃ物足りない
「凛子…さん?脳をフル回転させた結果これですか…?」
「しょ、しょうがないですよぉ…咄嗟のことで何も用意できなかったんですから」
弱気凛子さんが再登場した。
俺たちの帰国は各メディアが情報を光の速さで拡散させ、空港では一万人ほどの出待ちがいることを機内の放送で流されていた。
座席内でも「え、ここに柏木先生いるの!?」などと人の気も知らないでざわざわと騒ぎ出した。
この状況ではバレるのも時間の問題だ…。うん。まぁ問題なんだが、これはこれで別の問題が出てくる。
俺たちの今の格好は
サングラス→わかる
マスク→わかる
なのだが、そのマスクとサングラスの種類が問題なのだ。
マスクはどこで買ったのかよくバラエティショップなどで売られている馬のマスク(凛子さんは謎のプロレスラーのマスク)でサングラスも同じくパーティー用の星型のサングラスだった。…よくフランスで買えたな。
「これ、ふざけてます?」
「だってぇ…先生もうすぐ誕生日じゃないですか…なんか私なりのサプライズが出来たらいいな…って思って」
驚きはしますよたしかに。だが、ある意味これは嫌がらせである。悪趣味の。
「仮にこれ被って出てったらちょっとはしゃぎ過ぎちゃった高校生みたいになりますよ」
「で、でも顔は隠せます。というか本来先生は顔を出す事が嫌なんですからこれくらいは我慢してくださいよ」
「…」
何も反論出来なかった。たしかに理には合わないが俺は顔を隠すことが大前提だ。別に少し悪印象を持たれても俺は別にどうでもいいし。
「分かりました。けど凛子さんは別にやらなくていいでしょ」
「ハッ!?」
この人たまに抜けるんだよな。
『間もなく飛行機が着陸します。危険ですので指示があるまでは座席から立たないようお願いします』
俺はその放送とともに凛子さんと、アイコンタクトをとり俺は馬になり凛子さんに肩を借り誘導される形となった。
その瞬間。
「おい、あれ柏木じゃねーか!?」
「うそ!ほんとに!?」
「やべー、写メ写メ」
…やっぱりバレたか。だが、俺の顔はお馬さんで隠れ素顔を見られる可能性はゼロに近い。
「先生、まだここでは序の口ですよ空港についたら全力で走ってください」
「わかりました。では…」
その後俺は出待ちたちに押しつぶされそうになり馬マスクが取られそうになった瞬間に凛子さんに助けられ、タクシーに乗り込むことが出来た。
「はぁ、はぁ、はぁぁーーーー」
「大丈夫ですか…息切れが尋常じゃないですよ」
「は、はいなんとか…」
俺は仕事のない日は基本インドアなので急な運動などは本当に体に負担がかかる。というか、仕事でも基本家だな。
俺は息を整え後ろを見るとつけてきている気配はなかった。どうやらタクシーに乗り込んだあと複数人の警備員が出待ちを押さえ込んでいたらしく後ろから付けてくることはなかった。
「日本に帰ってそうそうこれは流石にキツイですね」
「ですね。まあミーハーとはいえ先生のファンなのですから節度は持ってほしいのが事実ですけどね」
「はは、手厳しいですね」
「当然です。例えこれが有名税だとしても割愛すべきではない事項です。…それより先生いつまでマスク着けてるんですか…?」
「あ。」
「先生も抜けてますよね」
俺達はとりあえず事務所に向かった。凛子さんは一息ついたようで社長への連絡を取っていた。
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「社長。ご無沙汰してます」
「お久しぶりです社長」
俺達は同時に周りより一回り大きい机に座っているこの事務所「Last moon」の神代社長に挨拶をする。三十代という若手の社長だが、彼の事務所からは有名な画家から他にも音楽関係、芸能関係など様々な人物を輩出し、業界内では注目を集めている事務所である。
人をからかうことを好み、仕事に関しては無茶ぶりをされて迷惑を受けている人物は多くいるが、実力はかなりある。
「柏木先生お久しぶりです。一年ぶりくらいですかね、先生のことは常々東條君から聞いてますよ」
「はあ、まあそれはいいんですけど社長。連絡もしないで勝手に依頼を受けないでください」
「おや、柏木先生でもお怒りになるんですね」
神代社長がニコニコと試すように言う。
「いや、俺はいいんですけど…凛子さんが……」
「社長?社会に出るときは「ほう・れん・そう」が基礎だといったのはあなたではなかったでしょうか?」
表面上は薄っすらと微笑んでいるが明らかに殺気を放っておりだが、その微笑みが怒りを増加させている。
「いやあ、君が優秀だからね、こう言う緊急の仕事でも君なら状況に応じ冷静に判断できると思ってね。私だって君のような優秀な人物でなければこんな無茶は頼まないよ。君だから、ね?」
社長は余裕の表情をし、凛子さんを嗜める様な口調で反論をした。
「まあ、わかりました。ですが、こっちにも大事な用が入っていることもあります。事前に連絡をしてからそのような事を決めてください」
「はは、わかっているよ。さて」
そういうと、神代社長は俺の方に向き直る。
「冗談はさて置き、柏木先生急な企業案件。受けてくださってありがとうございます」
「いや、いいんですよ。っていうか、受けないって言ってもあなたならしつこく説得に来るでしょ?」
「見透かされてますね。しかし、本当のところ、今回の帰国はそれが主では無いんですよ」
「え?」
「連絡は行ってると思いますが、高校に行ってほしいということは伝わってますよね?」
「ええ、まあ。でも今回は一時期間だけの帰国じゃないんですか?」
俺がそういうと神代社長はゆっくりと何かを取り出した。その手にあったのは一枚の紙切れだった。
「それは?」
「今年に行われた全国絵画コンクールの受賞者の一覧です」
俺はその紙を受け取り大雑把に見回した。
社長の言っている意味が全くわからなかった。そこには、金賞、銀賞、銅賞そして特別審査員賞の四つの項目で受賞者の名前と年齢が書かれていた。
…待てよ、これってもしかして。
俺が気づいたのに察し社長は口を開ける。
「そうです。実は近年このコンクールの受賞者の平均年齢が下がってきているんですよ」
確かに、受賞者の年齢を見てみると、五十代や十代しかも、よく見ると受賞者に十代の若者が二人も書かれていた。
「つまり、先生にはこの期間において、芸術家としてそして一人の学生として成長をしてほしいんです」
「…。社長悪いんですけどあなたの言うことが綺麗事ばかりでいまいち言っていることがわかりません」
「私は本音しか言ってませんよ」
社長は普段通りにこやかな顔をし応える。が、そこに本音はない。明らかにこの人はなにかを裏に隠している。
「社長。いくらあなたの指示と言ってもあなたが本音を言わないのなら俺がこの案件を受ける筋合いはありません」
神代社長は表情をかえることなく、応えた。
「先生。やはりあなたは鋭い。今から言うことはあなたを貶める事があるかも知れませんが聞いてください。あなたはフランスへ行ったことで成長を止めている」
「え。…?」
「どういうことですか!?」
「言葉の通りですよ。あなたは表面上は冷静に装っていますが、心の中では油断しきっているのでは無いですか?」
凛子さんが勢いよく突っかかる。
「社長。いくらあなたでも言葉を謹んまれたらどうですか。私はこの一年一番先生の近くで…」
「凛子さん…」
俺はみらまで言わず凛子さんにアイコンタクトをとった。
「すみません。外で頭を冷やしてきます」
そう言い凛子さんは顔を曇らせ、ドアの方へ向かい静かにこの場から立ち去った。
俺は社長に向き直り、さっきの意味を問いかけた。
「正直社長の言うことはなんとなく理解できます。けど、芸術は個人的主観では価値は上がらないしつかない。才能を持った人間が言うからこそ価値がつく。俺はそう思いますけど」
「だからこそわかるんですよ」
そう、社長が言うと机に置かれていた絵のコピーを拾い上げた。
「これは先程先生に見てもらった受賞者が描いた絵のコピーです。これらの作品のうち銅賞、銀賞が風景画金賞が人物画そして、審査員特別賞が、抽象的な「過ち」という作品です」
「正直私が見てもこれは落書きにしか見えない。これこそが個人的主観先生が言われたことです。ですが、これだけひどい主観を持った私にもわかるんですよあなたの作品は質が落ちていると」
俺は何も反論することが出来なかった。確かに俺は質が落ちていることに気づいていたのかもしれない。
ただ、その事実から逃げ出したくてわざと、考えようとしなかっただけなのかもしれない。
エリオットが言った言葉「世界の希望」というのも、若いから。そういう理由で付けられていたのかもしれない。
俺は酔っていたのだ、自分の周囲からの注目と言うなの才能に。
ただひたすらと逃げ続けていただけだったのだ。
「ですが、それが高校に行くという理由にはならないと思うんですが」
「先生が入学されたのは私立恵沢高校ですよね。美術専門の高校で、絵のことではかなり有名な高校と存じていますが」
「そう、ですね。一応美術科には行こうとしてたんで。それがなにか?」
「実は恵沢高校には御統制という団体があるらしいんです。その団体のトップ生徒会で言う会長的存在。統長をはじめ芸術のジャンルは違いますが、様々なコンクールで名を残す実力者が集まる団体あるらしいんです」
一口で言われるとかなり胡散臭い。
「それで俺が御統制に入って統長を奪い取れとでも言いたいんですか。それがあなたの成長に見られる兆しとでも言って」
「ただあなたにはそこで刺激を受けてもらいたいだけです。初心を取り戻して、進化を遂げてほしいだけです」
この人は本当に裏を隠そうとしない。お世辞を混ぜ遠回しに精神的に攻撃をしてくる一番たちの悪いタイプだ。
正直この人の指示は受けたくないが何よりも俺はこの人を信用している。
人を人形のように扱うがこの人は大事に人形を扱うまるで我が子のように。
「わかりました。あなたのその口車に乗ります」
「人聞きが悪いですね」