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老医師と狂人

 残された彼等は思う。人が死にゆく世界に変えた神様は既に崇めるべき神ではなくなってしまったと。

 ならば、神のいなくなったこの世界を護るために我らが進んで神になろう。

 我らにとっては当然の不死体も、今生きる人々にとっては神にも等しいものだろうから。


「ようやく、彼等が役割を果たす……」

 老医師は生死の解らないままミイラのように枯れ果てた妻を撫で、子供に言い聞かせるように呟いていた。

「たかが人の分際で蘇生が実現できていたら、どんなに幸せだったか」

 老医師に騙され自らこの世を去った若い男の遺体を見据える目から雫が零れ落ちていた。

 冷え切った地下。人を治す気などありもしない名ばかりの手術室には血の匂いと静寂が満ちていた。

「世界跨ぎなんて、何の価値もありはしなかった……」

 老医師の言葉は勢いよく開け放たれた扉の音に遮られた。

 悲壮に浸る静寂を破った者は恰好ばかりは医師らしく、けれどその色は赤に塗れていた。

「あら。彼も死んだのね」

 赤い女医は床に転がる遺体を蹴り飛ばして吐き捨てた。

「ねぇ千賀先生? 私の実験体が皆死んでしまっているようなのだけど」

「もう主のような狂人も必要なくなったということよ。来栖(くるす)、主ももう諦めてくれんか」

「ハハ。何を言っているのか理解できませんよ。もう私は自殺もできないんだからっ」

 陸玖瀏の言葉に来栖は高く笑い腕を振り上げた。握られた黄金の刃に滴る誰かの血液が横たわる老婆の顔に垂れた。

「先生ほどの長寿をバラすのは初めてかもしれません!」

 振りかざしたナイフを同じナイフで受け止められながら、来栖は高揚した声で叫んでいた。

「先生なら解りますよね。どれだけ切り刻んで血液全部絞り出しても鼓動を止めない心臓の愛らしさが! 骨も肉もバラバラになってそれでも生きていると主張してくる命の傲慢さが!」

 ナイフを振るい、腕を振るい、脚を上げ。来栖はひたすらに暴力と狂言を吐いた。

 最初こそナイフで凌いでいた陸玖瀏もやがてナイフを弾き落とされ床に伏し、削がれていった。

「へぇ……。先生、そんな老体なのに随分な再生速度じゃないですか」

 一度は目も当てられぬ肉片と化した老医師は、来栖が手を止めた数分後には元の形に再生していた。

「満足したか」

 陸玖瀏は何事もなかったかのように手術衣を着なおしながらに言った。

「ハハ。やっぱり先生も十分に狂人です。痛覚はその不死身にだってあるはずでしょう」

「肉体の痛みなぞ疾うに慣れたわ」

 陸玖瀏は呆れたように言う。

「主のおかげで少しは気が晴れた。どれ、狂人の主に少し昔話を聞かせてやろう」

「くだらない話なら、もう一度その身体刻ませてもらいますよ」


 諦めた老医師は、飽きぬ狂人に語る。

 

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