別れと再生
怠惰な神様たちが懇切丁寧に生命を管理するはずがなかった。
一度生み出した生命は永遠に存続され、世界は生命の飽和を以って終了する。
「蘇生が失敗だった以上、もう用事はないから救世主は貰って行くよ」
ノエンは静かに語った何かを、なかったことにするように言った。
「待てよ。お前はいったい何を知ってるんだ?」
深く問う気はないように再びナイフを弄ぶ陸玖瀏に代わり、セイドは慌てた様子でノエンに詰め寄った。
「僕に聞くの? この話をしてる時点で陸玖瀏先生はもう全て知っていると思うけど」
「儂から言うこともあるまい。それに主らがそれを許すとも思えん」
「そっか。僕の正体も解ったんだね」
肩に掴みかかるセイドをよそに二人は会話を進めていく。
「残念だよ。案外僕たちはあなたに期待していたから……本当に残念だ」
「ノエン!」
いよいよ叫ぶセイドにノエンは怪しげな笑みで応じた。
「さあ行くよ救世主。君には世界を救ってもらわなくちゃならない」
「セイド。お前さんは儂の最期の患者だ、精々長生きしてくれよ」
全てが唐突だった。結局、陸玖瀏が何故蘇生に失敗したのかも聞かないままだった。優秀な医師になるはずだった男が死んだ事実だけをノエンの手放した遺体が言外に語っていた。
ふと、胸元に収めていた木箱が零れ落ちた。
落下の衝撃で開いた木箱からは注射器が飛び出し、割れた。
「やれやれ。最後の薬だと言うのに」
陸玖瀏の呟きが随分と遠くに聞こえ、ノエンから手を離し振り返る。
「な……」
「急に離れたら危ないじゃないか」
そこに広がる光景に絶句するセイドとは裏腹にノエンは変わらない少年の声で気軽に告げた。
「僕が得意なのは容姿変化だけじゃないよ。瞬間移動、というよりは座標移動という方が正しいかな」
瞬きをするよりも早い出来事だったそれにセイドが気づくことはなかったが、そこはもう病院の地下に広がる薄暗い病室ではなく空には月と星の光る屋外で、辺りには石碑の並ぶ墓地だった。
「ノエンお前は……」
既に怒り任せに叫ぶ気力も失せていた。
救世主は疲れ果てたようにへたり込み誰のものとも知れぬ墓石に背を預け、どこか清々しく笑う少年を見据える。
「やっと、話せる日が来たね。陸玖瀏が失敗したから、これで本当に君が最期の希望だ」
その口調は出会ったときは大きく変わり随分と大人びたものになっていた。
「君には立派な救世主になってもらうよ。勿論、人殺しをしろなんて簡単な話じゃない」
セイドが疲れているせいか、実際に少年の意志なのか。その口調に合わせるように容姿からも幼さが消えている様だった。
「これからが本当の救世だ。君には世界を再生してもらう」