過剰生命と古き日
目の前に居た男は世界で唯一、二人以上の人間を殺めることができた。
死を遠ざける者にとっての脅威であると同時、死を過程とする者にとっての希望。
年老いた医師はその希望を確かめるように、横たわる不死身の心臓に黄金の刃を当てがった。
「爺さん。蘇生ってのはどれくらいかかるんだ」
冷え固まる男を抱えたセイドの問いに陸玖瀏は首を傾げ、答えた。
「やれやれ。まさか本気でできると思うとったか」
「何?」
「蘇生なぞ、できるわけあるまい」
セイドは一度抱えた男その身を傍らに立つノエンに預け、床に落ちていたナイフを拾いペン回しを始めた陸玖瀏に詰め寄る。
「何時から諦めていた」
感情を押し殺した低い声だった。
対する陸玖瀏はナイフを回す右手は休めず、左手で腰かけるベッドの後ろを指さし、告げた。
「コレが蘇生の果てだと知って、それで尚求められるか」
セイドと同じく、静かに重い声だった。
コレと呼ばれたベッドの上にあるものは年老いた老婆だった。或いは老婆だったものなのかもしれないが。
「人格、心、或いは魂。それは脳内の記憶に過ぎないと仮定した。脳の腐敗による損傷で失われるだろうことも予測した。そこまで再生しての蘇生を実現させたはずだった」
セイドは拳を握りしめ、陸玖瀏はナイフを回し続けることで感情を留めている様だった。
「この世界になって、人の死に殺人権が必要になったことを考慮した。同時にそれに制限のない救世主との接触も果たし、すべて順調なはずだった。……セイド、儂がお前さんを殺そうとしたことを知っているか」
「…………」
何か言おうと口を開くセイドだったが、それ以上に驚きが勝り首を横に振ることにとどまった。
「先もそれとなく言ったのだがな、不死体質なんて言葉は今じゃ誰も彼も当然か。解りやすく言うんなら、救世主は死なないとでもいうべきか」
「……つまり、誰も殺してない爺さんにも俺は殺せなかったのか?」
恐る恐るといった調子のセイドに陸玖瀏は頷く。
「殺人権を持ってしても不死身、救世主はその名にふさわしく完全不死だった」
陸玖瀏の言葉に医者になるはずだった男を抱えていたノエンは隠れてニヤリと笑っていた。
「それだけじゃない。そもそも救世主にあった本来のチカラは殺人というより、それこそ蘇生という方が正しい」
「どういう意味だ」
「儂らにある殺人権、そいつはその呼び名通り人を殺すだけだ。だがお前さんが持つ制限のない殺人権、そいつは殺す過程に蘇生がある……」
言葉を止めた陸玖瀏は弄んでいたナイフを止めゆっくりと息を吐いて続けた。
「つまり、生命力を奪うのではなく生命力の過剰によって死に至らしめている。なんとも皮肉なチカラよ」
生命の過剰で死に至るのなら人が不死になったあの日、既に人の肉体は過剰な生命力で絶滅していたはずではないのか。セイドがそれを口にするより先に幼い声が謡うように告げた。
「人は初めから不死だった。肉体は初めから不死に耐える生命を保有できた。……世界の誰もが忘れてしまったある日、人々が終わりを望みそれは終わった。数人の忌み子、望まれない者たちだけを残して」






