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医者の資格と蘇生

 人の命とはいつを以って終わるのだろう。

 仮に蘇生ができるのならそれに期限はないのだろうか。

 人として一生を終えた記憶を魂と呼称するとして、死後の世界へ送られた魂は蘇生によって現実へと引き戻されるものだろうか。


 セイドの去った後、陸玖瀏の病室を訪れていたのはシミ一つない白衣を着こなした若い風貌の男だった。男は数日前に陸玖瀏から直接渡された黄金のナイフを床に投げつけて声を上げていた。

「できませんよ……僕は人を殺すために医者になりたいわけじゃない!」

 或いはその怒りの矛先は陸玖瀏個人ではなく、世界の規則に対するものだった。

「看取るのも医者の務めだ。お前さんの同期は躊躇なかったぞ」

「アレは狂ってる! アイツは人をバラすために医者の資格を欲しがってるですよ!? そんな奴が僕より医者に向いてると言うんですか!?」

 男を見ることもせず医療器具を手入れしながら呆れ気味に言う陸玖瀏に、男は一層声を荒げて叫んだ。気に喰わない同期の女が脳裏を過り短い爪が肌に食い込むほど拳を握りしめていた。

「こんなご時世だからな。医者にせよ生かすより殺せる方が優秀だ」

「殺すのには適役がいるじゃないですか! ご立派な殺人鬼が!」

 口を開けるごとに熱を増す男にようやく振り返った陸玖瀏は男ではなくその後ろに居た人影を見てやれやれと肩を竦めた。

「殺人鬼だってよ、おじさん」

「間違ってないさ」

 いつの間にか少年と大男が扉の前に立っていた。

「救世主……?」

 突然背後から聞こえた声に振り返った男は目を丸くし、初めて静かな声で呟いた。

「殺人鬼さ。だがまぁ今のお前さんにとっては救世主かもしれんな」

「もう終わったのか」

「ああ。酷い数だった」

「もっと早く来てくれないからー」

 手短く確認を済ませるセイドと陸玖瀏のやり取りにノエンが愚痴を零すと、陸玖瀏は目を細め少年を見た。

「セイド、その小僧は何だ?」

「爺さんの孫じゃないのか?」

 神妙な顔つきの陸玖瀏に対してセイドは冗談で応じる。

「儂にそんな悪趣味な孫はおらん」

「悪趣味って何ですかー。それより、お兄さんが困ってますよー」

 おそらく自分の性格のことを指摘されていることを気づきつつもノエンは唖然と立ち尽くす男を見やって話題を変えた。

「救世主……死待人はあなたが……?」

「そうだ。もうお前さんが殺せる奴はいない」

 恐る恐るといった調子で聞いた男は安堵し小さなため息を零した。

「そ、それなら僕は……」

「だったらその殺人権、お前さん自身に使え」

 男の呟きを遮った陸玖瀏の声は冷たく、気を緩めていた男は再び肩を強張らせた。

「……何を、言っているんですか? 僕はまだ死ぬわけにはいかない! 僕が何のためにここに居ると思ってるんですか!?」

 少しづつ熱を増し再び叫ぶ男に、しかし今度は希望的な返事が返される。

「解ってるさ。儂がお前さんを生き返らせてやる。勿論生き返ったお前さんは二度と人を殺せない」

「本当ですか!?」

 思いもよらぬ希望に思わず陸玖瀏の肩を掴む男だが、今度はセイドが不吉な言葉を発する。

「爺さん、正気か? あんたが蘇生を目指していることは聞いてるが成功したってのを聞いた覚えはないぞ」

「ふん。お前さんにどれほど薬を試したと思ってる? お前さんの不死体質を利用して散々試させてもらったんだ」

「な……」

 驚愕の事実に喉を詰まらせるセイドに、両手で口元を覆っていたノエンが堪えきれず笑い声を上げた。

「ははー。一杯食わされたね、おじさん」

「この世界で人を救うっていうのは人が何事もなく死ねた時代よりはるかに難しい。何しろ生きるよか死ぬ方が難しいって世界なんだからな」

 半ば裏切りにも近い告白をした陸玖瀏はさも気にした様子なく冷静に述べた。

「本当はそんなこともないと思うけどね。自分を含めて、一人は殺せるんだから」

 陸玖瀏に続け言うのは笑いすぎて目元に涙を滲ませるノエンだった。

「…………」

「この世の中じゃ自殺は正義だよ、お兄さん」

「……貸してください」

 ノエンの言葉に後押しされるように男はセイドの持つナイフに手を出した。セイドは床に落ちている同じナイフを横目に見るが、陸玖瀏が首を横に振るので自分のものを男に渡した。

「本気かよ兄ちゃん。他人に殺られるよか痛ェぞ」

「おじさん、自殺しようとしたことあるんだ?」

「馬鹿言うな、勘だ」

「へー」

 茶化すノエンを適当にあしらいセイドは男と陸玖瀏を見た。

「……先生。お願いします」

「ああ。お前さんは立派な医者になれるだろうよ」

 

 何度も人の死を見てきた救世主だったが、成功する自殺を見るのはそれが初めてだった。

 力なく倒れる男の身体を無意識に受け止めその身体が確かに冷えていくを感じながら救世主は思った。

 人の身から命が本当に失われるのはどの瞬間からなのだろうか、と。

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