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心と進化

 人類が不死になった日。本能的にその進化を悟った人類は、死の恐怖から解放されると同時に不死に恐怖を覚え、救世主の存在に僅かばかりの安堵を得た。

 しかし、あの日の人類が皆一様にそう感じたわけではなかった。

 蘇生を望む医師が居たように、世界には彼と似た奇跡や進化を望むものが少なからず存在していた。死する世界を前世界と称するのなら、仮に不死の世界を新世界とし呼称するとして。

 前世界で奇跡を望んだ彼らを新世界の人類は愚か者だと恨んだ。しかし、恨みを買った愚か者たちは思う。ならば、殺害を正義と説き彼の者を救世主などと祀り上げる汝らは何者なのかと。


 狂い無く心臓突き、その鼓動を止める。

 今や奇跡となった殺人行為を嬉々として楽しむように、闇の中でさえ輝く黄金の刃はその腹に鮮血を滴らせた。セイドは一人終える度にその刃をスーツの右袖で拭い、真新しかったワインレッドは右腕部分だけ半ば黒に変わり、地下三階を終え二階も半分ほど終えたときには心臓を貫く刃物よりも袖から滴る血の量が多くなっていた。

 変化はそれだけでない。セイドの後をつけて小柄な少年が同じような問いを繰り返していた。

「ねえ。おじさんのチカラって、そのナイフ? それとも左腕?」

 地下三階の最後の病室、陸玖瀏のいた病室と丁度真逆の部屋にいた少年はノエンと名乗った。

「ここに居れば会えるって聞いたから待ってたのに、訪問が数十年単位なんて聞いてなかったよ」

「つまり、お前は少なくとも十二歳以上と」

 見たところ死待人ではないノエンにセイドは冗談で返した。

「うーん。そうだね、ギリギリ十二歳」

「若い輩に会うことも多いがお前ほど演技下手も珍しいよ」

 呆れるセイドにノエンは頬を膨らませわかりやすく不機嫌を表すが、セイドは態度を改めるどころか声を上げて笑った。

「おーい。ここ病院なんだから、静かにー」

 おどけた調子のノエンに、セイドは左手のナイフを左右に振り笑いながら言う。

「いや、お前。いい歳した野郎がそんなことしてると思ったら誰だって笑うとこだぞ」

「えー」

 セイドに指摘されたことをわざとらしく繰り返し表情は楽し気なまま、けれど視線は鋭くセイドに向けて言う。

「せっかく容姿を心の持ちようで変えられるんだから、楽しく若々しくないとつまらないでしょ」

「お前みたいなのばかりなら俺もラクができるよ。ついでに聞くが、その言い分だとお前も世界跨ぎか」

「救世主っていうのは勘も鋭いんだねー」

 間延びした声で気軽に肯定するノエンだが、それがそれほど軽いものでないことなど承知の上だろうとセイドは察する。同じ世界跨ぎであるが故の同情もあるが、その感情には半ば同族嫌悪に近いものも感じていた。

「殺し損ねて申し訳ないとか、考えてる? それとも、自分だけ救世主の力があることを恨んでたり?」

 セイドの心情を読むかのようにノエンは微笑んで見せる。

 世界跨ぎ。即ち、人類に余命があった世界から人類が不死になった世界まで今なお生き続ける存在であり、あの日全人類を殺そうと企んだセイドが殺し(たすけ)損ねたうちの一人。

「あの爺さん。陸玖瀏だったっけ? あれだって世界跨ぎなわけだし、そもそも一人で人類殲滅なんて無理に決まってるよ。それに僕は不死に満足してる側だしね」

「……そうだな。そもそもこの現状も俺の自業自得だ」

「そうだよ。おじさんが救世主だなんていう正義感を持ち合わせて無かったら今頃この世界は僕みたいなので溢れてた」

 慰めていたはずのノエンだったが、セイドの自虐に悪乗りして優し気な少年の笑みを悪戯する少年の笑みに変えていた。

 心の持ちようで容姿に変化が生じる。それも不死への進化を遂げた新人類の得た能力の一つに過ぎないが、世界中多くの人間を見てきたセイドでもノエンほどその能力を使いこなしている人間は初めてだった。

「ひょっとするとお前、俺より実年齢上なんじゃねえか?」

「いくら救世主様だからって女性に年齢訊くのはマナー違反じゃないかなー」

「可愛い子ぶっても女ではないだろうが」

「おじさんみたいに不器用な人には到底無理だろうけどさー」

 からかうように言うノエンの続く言葉に、救世主は思わず左手から黄金のナイフを落としていた。

「身体の性別だって、心の待ちようでどうとでもってね」

 

 進化を追い求めた人類にとって、現状維持とは死にも近い恐怖であった。

 故に、新人類は常に変化可能な身体までも得ていた。

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