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現代世界と奇跡

 病院のベッドで眠る年老いた女性。

 点滴も包帯もそれらしい措置は何も施されず呼吸も整い、ただ静かに眠っていた。その女性一人に限ったことではなく、同じ病室に眠るのは誰も病人や怪我人ではない。

 おおよそ不死になった人類だが、それまで通りに病を患い怪我もする軟弱さは変化しなかった。故に現代世界にも病院という施設は少なからず存在し、医師の需要も薄れない。しかし過去あった病院とは異なる点も多い。第一に手術にどれほど失敗しようと、痛みを被るだけで死にはしない。第二に新人の医師の初めの仕事は人を殺すこと。今や世界のルールとなった一人一殺の殺人権を予め使用し、手術の失敗による不慮の死を未然に防ぐことが目的である。そして第三に、死待人(しまちびと)という制度。名の通り死を望む人を迎え入れ、新人医師による殺害を行う。死待人となる条件は既に殺害権を消化した者に限られ、おおよそその他に条件はないが施設によっては新人医師の精神衛生上年齢制限(多くは三十歳以上)を設けていることもある。


「どうも、お医者様」

 待合室の受付で不機嫌に言うのは、褐色系の肌に赤い目、顔に大きな傷を負った大柄の男だった。身体を締め付けるような真新しく思えるワインレッドのスーツと裏腹にこげ茶色の髪は手入れを怠って半端に伸びた髪が絡まったり跳ねたりしていた。

「お待ちしておりました」

 受付の看護婦は男の態度に嫌な顔をすることもなく、病院関係者であることを示すネームプレートを差し出す。体躯からすれば随分と小さいそれを律儀に首から下げて男はエレベーターで病院の地下を目指した。

 最下層である地下三階は他の階同様の間取りだが、床から天井に至るまでそのほとんどが舗装されず立体駐車場を思わせるように灰色のコンクリートがむき出しになっている。各病室には上層階と同じスライド式の扉が設置され、扉の枠だけが辛うじて舗装してある状態だった。

 同じ扉の並ぶ通路の突き当たり。一部屋だけ扉の上に赤い照明が光っている部屋に男は入った。

「すまん。仕事が立て込んだ」

 先ほどの不機嫌さを感じさせない軽い調子で男は挨拶する。

「気にするこたねえ。お前さんが忙しいことくらい承知の上で呼んでんだ」

 声を上げたのは長い白髭を携えた老爺だった。患者と思しき老婆の眠るベッドに腰かけ注射器でペン回しをしていた。

「この階全部か?」

「二階もダメだ。新入りは二人来たが一人できてなかったな」

「わかった」

 二人の間でしか通用しないであろう簡略的なやり取りの後、老爺は部屋を去ろうとする男を呼び止め手元の注射器を放る。

「セイド。持っていけ」

 セイド。老爺にとってはそれが男の名前だった。世間も既に本人すら自分の本名を覚えていないのだから今となってはそれが本名と言っても差し支えないが、終わりの救世主(セイヴァー・オブ・エンド)という由来を男は忌避していた。

「なんだ、これ?」

 投げつけられた注射器を受け止め、照明に照らしながらセイドが問う。注射器の中には発光しているようにも見える黄緑の液体が入っていた。

「お前さんにだけ効く痛み止めってとこだ」

 老爺の説明にセイドは軽く笑う。

「冗談言うなよ爺さん。俺は()る側だぜ?」

「ふん。わかっとる」

 老爺は鼻を鳴らし、セイドを指さして続ける。

「お前さんにだけ効く痛み止め。よーく考えて使えよ」

「いよいよボケちまったのか知らねぇが有り難くもらっておく」

 注射器をスーツの内ポケットから取り出した長方形の容器に入れ内ポケットに戻す。

 容器が空だったことを横目に見ていた老爺はもう一度鼻を鳴らした。

「この年でボケるかよってんだ」

「何世紀生きてんだよ」

 それを最後にコントのようなやり取りを終え、ようやく老爺の部屋を後にする。

 コンクリートの通路を戻りながら内ポケットから再び容器を取り出し、ため息をついた。

「相変わらず、何でも見透かしてきやがるよあの爺さん……」

 木製の容器には小さいながらも丁寧に老爺の名が彫り込まれている。

千賀陸玖瀏(せんがりくりゅう)……全く、ロクでもない」

 老爺、千賀陸玖瀏はセイドが初めて会ったときから名医だった。そしてある意味で陸玖瀏はセイドとの出会いを境に名を失ったともいえる。

 今や前世界と呼ばれる人が当然に死んでいた時代、陸玖瀏の医術はまさに救世主と呼ばれるに相応しい奇跡であり、それは勿論人を延命させる奇跡であって現代世界の救世主たるセイドの持つ奇跡とは真逆のものだった。

 しかし、死を防ぐために存在した奇跡の医師が死を与えるために存在するセイドを気に掛ける理由をセイドは十分に知っていた。

 陸玖瀏という人間は単に命を救うだけでは満足していなかった。彼は自身の医術を遥かに凌ぐ蘇生という奇跡を望み、故に死を通過点に考えてすらいた。

 その思考が現代世界を生み出すことに加担していたのだ。結論から言えば、陸玖瀏は現代世界とセイドの奇跡を生み出した人間の一人であるからこそ、セイドを気に掛け彼のために薬を調合していた。

 

 ……この現代世界は陸玖瀏のような奇跡を扱い人智を超越せんとした者たちが生み出したのだ。



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