終わりと願い
「本当は気が付いてるでしょ。救うために、終えるために、創めるために必要なことだって」
「…………」
リゼスタの言葉にノエンは返さなかった。
「もう、わたしは彼を頼れない。もう、わたしはまがいもの。リゼが創めた世界も、ノエンが居ない世界も、わたしが終えたい世界も。ぜんぶ救って叶えるために」
レイティは青い涙を流して語る。
「あの日のことを思い出して。あなたは立派なヒーローだった。わたしは偽物になったけど、あなたは本物になれるから」
再びセイドに触れる天使の手を掃うものはない。覗き合う救世主と救う神だったもの。
そして。
「……これが神様たちの答えかよ」
恐怖は消えていた。目の前に在るものがこれからなにをするのか見えていた。
「悪いが俺は神様になるつもりはねえよ」
懐かしい感覚の中で神様として世界を救おうとする自分を見て、切り捨てた。
天使の腕を手繰り寄せるように立ち上がり、入れ替わりにレイティが倒れ込む。青かった涙は宙に舞って色を失った。
「レイティ!」
駆け寄るリゼスタを黄金の刃物が襲う。
「残念だ。神様より人類の方が強い」
黄金を放ったノエンの瞳が一層赤く煌めく。
「救世主が望まないなら神様は生まれない」
背を黄金に刺されたまま、倒れ込むレイティを抱きかかえるリゼスタは蚊帳の外になっていた陸玖瀏を見る。その視線を追うようにセイドも陸玖瀏へ声を向けた。
「爺さん。あんたの蘇生が叶う世界はここの延長にはねぇよ」
「それがお前さんの未来視とやらか……なら、願う事はひとつ」
「千賀っ」
陸玖瀏の願いを察したリゼスタは止める。
人類の願いが形になる世界で、それはもう願いにとどまらないから。
「終わらせる他にあるまい」
「そうだよ陸玖瀏。邪魔する神はもういない。だったら、今最も神様に近い僕が終える神の意志を継ぐ」
――黒い風が吹いた。
無数の人影が周囲を囲んでいた。
頭からつま先まで黒で覆われた彼らは何も語らず。それが何であるか知っているリゼスタは意識のないままのレイティを放り出してノエンに駆けていた。
「もう遅いよリゼスタ」
「正気じゃないよノエン。このまま終えて、次はだれが創めるの!?」
襟首を掴み上げて問いただす踊り子はその金瞳で光るような赤を覗く。
「創めるのは人類だろう。この僕を生み出した世界だろう」
ノエンの言葉と同時に開闢の眼が青年のはじまりを脳裏に映す。
終える神だった魂は人として生まれた。世界のどこかで、終わりを望んでいた僅かな人類たちの元で。
「今も昔も、創める神が全ての人類を生み出したわけじゃない。人は人の手で生まれ、創め、繁栄した」
今や神意と呼ばれる終わり求めた人類は彼の者の誕生を喜んだ。
終わりがやってきた。多くの人類が死にゆく世界で死ねない自分たちへの救いだと信じた最初の人類の信仰は人として生まれた彼に終える神だった過去を思い出させた。
かつて終える神だった者、神意主導者ノエンの創まり。
「僕らは神の意志を代行する。けれど、僕らは人類だということを忘れない」
「終わりは双方の同意によって下される」
その言葉を合図に神意たちは両腕を広げて見せる。
いくつもの墓標に紛れ、黒い十字架が立ち並ぶ。
「ノエン……」
力なく呟き崩れ落ちるリゼスタをノエンが見返すことはなかった。
「終われば創まる。セイド、僕の描く未来に書き換わった頃だろう」
救世主ではなくセイドと呼ぶノエンはすべて上手くいったという風な落ち着いた声で言いながら乱れた襟元を正しながら振り返る。
そこに居たのはレイティを抱えるセイドだった。
「救われないな。俺にはお前の望む未来なんてわからない」
「何をするつもりだよ」
「……なぁ。今度は助けてくれるんだろ」
訝るノエンを余所に小さく息を吸って呟いた。