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狂気と境界

 何を以て死であるのかという問いがあるのなら、その逆もまた問うべきだろう。


 自分がいつから始まっていたのか、そんなことを知る術はなかった。

 いつしか目が機能していることに気付いたのは僅かに差し込んだ光のせいだった。

「なんだ。もう目が見えているのか」

 光の中から現れた人は少しばかり驚いたように呟いた。意識があるのなかではそれが初めて聞く他人の声だった。

 目も耳も立派にその役を果たしているのに、その時はまだ自分に手や足といった部位や感覚が備わっていることを理解できていなかった。

 差し込む光が閉ざされ、光源が変わる。真上から凶悪なまでの白光に晒され、初めて暗闇から解放された両目が焼けるように痛みを訴える。その痛みも、目を閉じるという行為すらなにもかもが初めてで、誰に教わったわけでもないのに体は勝手にそんな風に動いていた。当然に涙を流すことも初めてで、自分から何かが湧出することが怖いほど不思議だった。

「朱蘭、もう十歳だな。臓器(なか)も十分成長したんじゃないか?」

 その言葉を最後にいつもの日々が戻ってくる。永遠に続きそうな暗闇。光も音も感じられず、生の実感など僅かにも無い日常。

 しかし。

「……ァ?」

 呼吸が詰まるような音が漏れ、暗闇の日常は一瞬で幕を閉じた。

「……ッ!」

「あ……あ」

 言葉というには程遠い声を繰り返した。そうするうちに膨大な情報の波が押し寄せ、私は私を認識できるほどになった。忘れていた記憶を思い出したのか、何者かによって誰かの記憶を与えられてしまったのか。何が起きたかなど知る由はない、それだけが今までの暗闇と唯一変わらないことだった。

 突然に得た記憶が落ち着き、ようやく定まる視界には私を見下す男がいた。目を細め気味悪く笑う男は掌で不気味に蠢くなにかを愛おしそうに撫でていた。

 蠢くソレから伸びる管が私の腹部と繋がっていることを理解した途端、痛みと吐き気に襲われた。けれど、身体は少しも動きはしなかった。動かせないという感覚を知り、自分の身体の存在を把握した。

「そんな目をするなよ朱蘭、お前が見てるのはお前自身の神秘なんだぞ」

 興奮気味な声で言いながら手に乗せた心臓を私の眼前にまで寄せて見せた。繋がる血管がいくつか切れた気がした。

「……これでも死なないんだ。俺の医術なんかじゃない、こいつはお前の神秘だよ」

 男が繰り返し言う神秘という言葉に違和感があった。私にとって死なないことは当然のことに感じた。

「先生は蘇生を実現したいと言っていた。死は通過点だと。……だったら、これは先生にとっての新たな宣戦布告になりそうだ」

 男曰く神秘の肉体を丁寧に解体しながら独り言を呟いていた。

「……なるほど」

 新たに何かを知ったらしい男は私の内臓を散らかしたまま闇の中へ消え、男の消えた闇から鈍重な音が響いた。

 一層不気味に、楽しそうにすら見える笑みを浮かべて戻ってきた男は轟音立てる凶器を抱えていた。

 ソレから噴き出る煙だけで開け放たれた肉体を汚染するには十分に思えたが、ソレの用途が別にあることは回転する刃を見て察しがついた。

 計ったかのように拘束された手足に感覚が戻っていた。手首と足首の四ヵ所が冷たい枷で寝台に繋がれていた。その枷から解放するように、回転する刃が四肢の先端を飛ばした。

 拘束の解かれた四肢をバタバタと動かす私を静かになった凶器を投げ捨てた男が興味深そうに見つめて、何度目かの神秘という言葉を口にした。

 動かしていた手足に繊細な感覚が増え切り飛ばされた部位が再生したことに気付いた。いつの間にか腹も塞がって、私は初めて自分の正しい形を見た。

「素晴らしいな」

 音のない拍手で讃頌する男に私は暴力で応えた。

 自分の肉体が受けた全てを仕返してやろうと。ようやく自由な身体を得て、最初に思い至ったのはそんなことだった。

 消えた傷が覚えている通りに男を解体した。麻酔の類は使わなかったのにも関わらず男は声ひとつ上げず、何の抵抗もしなかった。

 ただ一言、最後に理解できないことを言い遺した。

「朱蘭。この技術があればもう大丈夫だ、これなら殺さずに殺せる」

 それだけ言うと、男の肉体はゆっくりと冷え固まった。

 死んだ肉体に触れ、ようやく自分の生を実感できた気がした。

 そして、自分の生の実感と自分と同じ神秘を持つ人間を探すために私は男の狂気を受け継ぐように人を解体した。


 人から死が奪われた世界で、人殺しが救世主と呼ばれる世界で。

 生と死の境界を知る狂人は笑っていた。


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