殺人鬼と救世主
正当に創められなかった第二の世界にはいくつもの歪みが存在した。
それは常軌を逸した超能力と呼ばれるもので。
それは人智を超越しようという反倫理的な志で。
後に救世主と呼ばれる彼も世界の歪みに生まれた超能力を手にする者だった。
未来視。未来に起こる事象を知るチカラだった。
しかし彼に見えていたのは世界全体の未来などではなく、彼自身の手の届く範囲での未来。そのチカラを持つ彼にとって最も都合のいい未来をつくるためだけのチカラに過ぎなかった。
だからこそ、彼が有り体に裕福な暮らしを手にし幸福な人生を歩むことだけを望んでいたなら、如何にそれが特異なチカラであっても世界に影響を与えることなどなかった。
そう、彼に人一倍強い正義感がなければ歪みある世界はそこで終わったかもしれない。
始めは些細な暴力や小さな窃盗の防止だった。彼がその場にいるだけで抑止になり、一言発するだけでも防げる程度の問題に過ぎなかった。
けれど、やはり必然に。其れを防ぐには彼が其れを犯す他になかった。
つまりは、殺人。死を防ぐために殺した。未来の殺人犯が殺人犯となる前に、理不尽に誰かが殺められる前に。
『この人は殺人を犯す気だった』
如何にそれが事実であれど、それを証明することはできなかった。計画や未遂と既に起きた殺人と、どちらが裁かれるべきか。その社会の回答は後者だった。
社会に蔓延する遅すぎる正義と、彼だけが執行する早すぎる正義。全てを知ることができたなら誰もが後者の正義を認めていたはずだった。しかし、常軌を逸したそのチカラを信じられる者はあまりに少なかった。故に彼は社会の正義から逃亡し、自身の正義を執行した。
逃亡も裁きも。未来視を以てすれば容易なことだった。捕まることさえなければその名、その姿が露呈しようと意味はなさない。やがて彼の名とその容姿が殺人鬼として世界中に知れ渡り、もはや都市伝説のひとつに挙げられるようにもなった頃だった。
彼は社会の正義に捕らわれ、遅すぎる裁きを受けようとしていた。
その日。世界が恐れた殺人鬼は死んだ。
同時。人類を救う救世主が誕生した。