表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第八話



 リッケルが翌朝ギルドに赴くと、まだ若い二人が窓口のすぐ横にある待合場所に座っていた。他に冒険者は見当たらず、依頼票が貼られている掲示板の前に数人の子供がたむろしているだけだ。

 だいたい冒険者は一日をフルに使う為、夜明けと共に行動することが多いのだ。例外としてリッケルのような素材売買専門の冒険者と、あとは子供だ。

 冒険者ギルドは狩りや討伐依頼もあるが、町中に住む様々な人々からの依頼もある。例えば煙突掃除から庭掃除、重い荷物の運搬や引っ越し手伝い、時には馬の面倒などだ。

 このような雑多な依頼は総じて依頼料が安く不人気なので塩漬け状態になることがある。だが町に住む子供から見れば小遣い稼ぎにちょうどいいものもある。この為子供でもこなせる依頼であれば積極的に回しているのだ。

 もちろん子供とはいえ受けた依頼は完遂して貰う必要があるので、受ける際は親などの了承が必要になるが。


 リッケルはそういった子供たちを一瞥した後、待合場所にいる二人へと近寄っていった。おそらくこの二人がリッケルと一緒に護衛依頼を受ける冒険者なのだろう。

 どちらもリッケルトほぼ変わらない年代の男女で非常に顔が似ているから、おそらく双子なのだろう。男も女もどちらも黒髪黒目で、男が刈り上げ、女は腰くらいまで髪を伸ばしている。

 既にこの二人にはギルドから説明があったのだろう、リッケルが近寄ってくるとすぐさま立ち上がった。


「よ、宜しくお願いします!」


 挨拶してきたのは男の方だったが、どちらも微妙にリッケルの姿を見て怯んでいる。

 無理も無い。

 リッケルは顎髭を蓄えた二メートル近い体格の大男なのだ。双子は年齢からすると標準くらいの体格なのだが、リッケルから見れば頭一つ分以上低い。

 彼らの受け答えと体勢を見る限り、おそらくリッケルのことを三十歳前後のベテラン冒険者だと思っているのだろう。


『あの二人、ものすごく緊張していますね』


 ビーレの声が頭に響いたが、その答えを口には出さない。他人から見ればリッケルが独り言を言っているだけにしか見えず、気味悪いと思われるだけだからだ。


 さっと二人を眺める。

 男の方は優しそうな雰囲気だが装備しているものは鉄の部分鎧と盾で、成り立て冒険者にしては結構重武装だ。武器は短剣を腰にぶら下げているだけなので、おそらく大地の守り神ベルダレクトを心棒するガードなのだろう。

 そして女の方は一目見ただけで分かる。黒に赤のラインが入ったローブを着ているので創造の神チルミレイファを心棒する魔術師だ。


「おうよろしく、俺はリッケルシュタインだ」

「ぼ、僕はヒビキ=レイヤードです」

「……カガリ……です」


 何とか受け答えをする男は良いが、カガリと答えた女の方は逃げ腰になっている。

 一見気の強そうな顔をしているし逃げないよう頑張っているのだが、少しだけ涙目なのは余程リッケルの見た目が怖いのだろう。


(傷つくな。いい加減髭剃った方がいいか?)


 髭を生やしていたのは冒険者ギルドで舐められない為だったが、既に六年も経っているのだ。顔も知られているし腕も十分認知されている。

 ひげ面だから強面に見えるが髭を剃れば年相応、とまではいかないものの二十代くらいには見えるようになるだろう。


(しかしレイヤードね。あのレイヤード商会の関係者か、こいつら)


 レイヤード商会はこの町にもいくつか店舗を持つ大きな店だ。国全体からだとどの程度大きいのかはリッケルも知らないが、少なくともこの町で言えば一、二を争うほど大きい。

 つい先日甘味を食べた店もレイヤード商会の店舗であるし、この町の高級宿も殆どがレイヤード商会の関連店舗である。

 ギルド職員のほうをちらと見ると、あいつら家名名乗るとは失敗したな、というような目つきで二人を見ていた。


「おいおいリッケル、うちのかわいい新人をいじめるんじゃないぞ?」

「うるせぇ、いじめてねーよ!」


 そいつら素人なんだからあまり情報を集めないように手加減してくれ、と暗に伝えてきているのだろう。

 リッケルとしても、変に首を突っ込むと余計な事に巻き込まれる可能性もあるのでこれ以上の詮索はあまりしない、と暗に言い返した。

 が、リッケルの叫びに二人の身体が一瞬びくんと震えるのが分かった。

 そこまで怖がらなくても、と内心悲しくなるが初対面での威厳と、上下関係をしっかりさせる事は必要だ。


「で、お前らどの程度まで使える?」


 そう問いかけると、二人はキョトンとした顔になる。

 どうやら意味が通じていないらしい。

 これは他のやつらに聞かれた事がないのか、と心の中でにやりと笑うリッケル。


「ヒビキがベルダレクト様の心棒者で、カガリがチルミレイファ様の心棒者だろ? どの程度までなら使えるか、という意味だ」

「ああ、二人ともレベル一です」

「ふむ、まあそんなもんか。ちなみにレベルは秘匿情報だからこれから先長く組むパーティ同士ならともかく、一度きりの臨時パーティの場合は口に出さない方が良い。ギルドにも報告義務はないだろう?」


 レベルというのは個人情報に該当する。自分の強さを他人に知られると色々と対処されたりする可能性があるからだ。特に初心者はスリや詐欺などの被害に遭う可能性が高い。レベルが知られるとより対処され易くなるのでなるべく隠遁したほうが良い。

 とは言っても初心者なら大抵レベルは一の場合が多いし、どの神を心棒しているかなど外見で殆ど分別可能だから結果的に意味は薄いが。

 また逆に高名な冒険者ならそれだけ強さも知られているので、どのレベルかを推測することも容易だ。


「だ、騙された」

「いい授業料になっただろう? こういう場合例えば、ゴブリンを二匹までなら相手できる、と答えるほうが良い。カガリなら、火の魔術でゴブリン一匹を黒焦げにすることも可能だが一時間に二匹くらいが限度、ってところだな」

「……っ!」

 

 リッケルが二人の強さを言い当てた事に驚いたのだろう。

 ただ冒険者となって半年のレベル一なら、概ねそれくらいの強さが平均的なのだ。特に難しい事では無い。カガリが火の魔術を主に使う、というのもローブに赤のラインが入ってるところから判断しただけに過ぎない。


「ま、こんな風に見た目だけでもかなり判断されるけど、なるべく判断材料は隠した方が良い」

「……はい」

「俺も昔、あそこにいるおっさんに同じ事されたからな。冒険者なら一度はやられる洗礼みたいなもんだ。お前らもいつか後輩と組んだときやってやれば良い」


 そう言いながら窓口にいる職員を指さした。

 リッケルも同じように六年前冒険者に成り立てでまだ髭も生やしていない頃……いや八歳ではさすがに生えてこないが、初な頃にあの職員から聞かれて素直に答えたら諭されたのだった。


 ちなみにリッケルの八歳の頃はまだぎりぎり普通に入る範疇の体格だった。十歳から急激に体格がよくなり、その辺りから髭も少しずつ生えてくるようになったのだ。

 これはリッケルが心棒する戦いの神レノックギールと馴染みやすい体質をもっていたからだろう。

 リッケルのようにまれに神と相性の良いものが生まれてくる事がある。その場合、よりその神の力を借り易くなり、神の持つ姿と似てくるようになる。

 レノックギールは、有名な中国の武将である関羽と似たような姿をしているらしい。そのためリッケルも若くして髭が生えてきて、更に大人顔負けの体格になったのだろう。

 初代聖女であるビーレも癒やしの女神クロノレーファと馴染みやすい体質を持っていたからこそ、聖女と呼ばれるほどの力を発揮した。最も神の力そのものを使える程親和性の高いものが生まれることは、ここ数千年においてビーレ以外存在していない。


「副支部長が……ですか」

『え? あの方って副支部長だったのですか!?』


 ヒビキが窓口の方を向いてぽつりと呟くと、その呟きを拾ったビーレが驚いた。

 リッケルが気軽に話しかけていたので、一般職員だと思っていたのだろう。


 この町は人口数千人であり、辺境にある町としては比較的大きな部類に入るものの、冒険者たちの数は少ない。百名も居ないだろう。そのため冒険者ギルドの職員の数も少く、専門である受付嬢を置く余裕などないのだ。

 また、昨日のリッケルとの対応でも分かるとおり、本来窓口対応はギルドとして重要な位置づけになっている。冒険者全員のスケジュールを押さえ、配分し、ギルドとして利益を出しつつ冒険者や依頼主たちにもそれ相応の対応を、臨機応変にする必要があるからだ。

 だから副支部長などというスケジュールを把握しているような立場のものが窓口対応を行っているし、同程度の規模の他の町でも似たようなものだ。

 ちなみに大きな町だとそれだけ冒険者の数も多く全てを把握することはできないので、冒険者には通し番号が振られその番号に対応する窓口で対応したりする。

 ただ横の連携が取れていないと別の窓口で受けた冒険者とかち合ったりする事もあるし、流れ作業になりがちでマニュアルに逸れるような対応が必要となった場合はかなり時間がかかる。


「あれでも一応お貴族様の一員なんだけどな」

「うそっ!?」

『そうなのですか!?』


 貴族といっても千差万別だ。

 高位の貴族であれば国に仕える、いわゆる公務員にもなれるが、下位の貴族で且つ三男や四男になれば殆ど平民と変わらない仕事をする。

 まあそれでも一応貴族だから副支部長という地位にもつく事ができたのだが。

 そしてこの二人はレイヤード商会の関係者なのに、副支部長が貴族の端くれとは知らなかった。このことからこの二人は関係者といっても、情報制限される程度の地位だと推測できる。

 おそらく商会の元締めや頭領などの愛人や妾の子で、認知はされたが何らかの理由で商会から追い出されたものだろう。

 そう考えると冒険者なんていう職をやっている理由にもなる。商会の関係者なら冒険者になどなる必要はないのだ。


「リッケル、過度の情報を与えるのは宜しくないぞ」


 再び副支部長の諫言が飛んでくる。

 リッケルも少し聞きすぎてしまった、と反省する。この二人は素人だから面白いように情報を教えてくれるので、つい魔が差したようだ。これは会話を切り上げて明日の打ち合わせをしたほうが良いだろう。

 副支部長へ目配せすると、やれやれ、といった感じで頷く。


「いいじゃないか、別に言っても減るもんじゃ無いし」

「まったくこいつは、さっさと打ち合わせして明日の準備でもしてろ。ああそれと、昨日の件はちゃんとアーリベイルたちに受けさせたからな。中央の土産よろしく」

「ギルドに顔でも出しておくよ」


 そう言って副支部長は窓口の奥へと消えていった。

 副支部長の言っている中央の土産、というのは中央の冒険者ギルドの情報だ。

 重要な通達は中央から辺境伯領へ、そしてこの町に入ってくるが、それ以外の情報はあまり入ってこない。だから中央へ行く冒険者たちに情報収集を頼む事がある。一応中央からくる商人たちからも収集する事があるものの、やってくる商人の数も少ないし所詮は部外者なので大したものは入らない。


「リッケルシュタインさんって副支部長に信頼されているんですね」

「あー、まあ、信頼っていうか、扱いやすい便利な駒ってところだろ」


 情報収集というのは簡単なように見えて簡単ではない。会話の中の僅かな情報から色々と推測するのだ。それなりの知識と会話術が無いと出来ない仕事である。

 リッケルは前世でお偉いさんの顔色を眺めながら自分の立場を確保していたので、この手のものは得意とするところだ。毎月こまめにギルドへ顔を出すのも、素材の売買だけでなく村周辺の魔物分布をギルドへ通達するのと、町中に飛び交う情報を集めるためだ。

 まあ今回は甘味を食べただけであり、碌な情報は無かったが。

 そしてリッケルの見た目は大柄でがさつそうな戦士タイプである。誰もこの姿でこっそり情報収集しているとは思いにくいらしく、飯屋などにいっても意外と声を潜める者が少ない。

 腕も立ち情報収集もお手の物だからこそ副支部長に買われて指名依頼や、今回のような裏のありそうな依頼が舞い込んでくるのだ。

 村から出てこっちへこないか、とたびたび勧誘される事もある。最も村の安全が確保出来るまではリッケルは村から出ようとは思っていないが。


「お前らだって、さっきレイヤードって名乗ってたから、あのレイヤード商会の関係者なんだろ? そして今回の護衛も商隊だからなんか関係あるんだろ。そうでもなきゃあのおっさんが格安護衛を引き受けるわけ無いし、あまつさえお前らのような新人に任せる事はない」

「うっ……」

「だからあまり情報を口に出さないほうがいいって事なんだよ。家名を名乗る必要は無いぜ」

「肝に銘じます」

「……あたしは家名名乗ってないわよ」

「カガリちゃんが、礼儀正しくしようって言ったから僕は!」

「何よ! あたしのせいにするワケ?」


 このまま姉弟喧嘩になりそうな雰囲気だったので、リッケルは、ふぅ、とため息をついて二人の頭に手を乗せ軽く握った。


「お前ら二人とも同じパーティなんだから連帯責任だ。ま、その辺の事情は俺には関係ないから何も聞かないさ。それより明日の護衛だけど……」


 無理矢理会話を断ち切らせて、明日の打ち合わせを始めた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ