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第七話


(……気持ち悪い)


 朝からパンケーキ、しかもシロップを大量にかけたものを食べたリッケルは胃を押さえながら街を歩いていた。

 昨夜ビーレと味覚も共有できる事が分かり甘い菓子を少し食べたのだが、ものすごくビーレが気に入ってしまい次から次へと所望されたのだ。

 しかも朝食も甘いものを希望し断り切れなかったリッケルは、妥協点として菓子ではなく朝食の部類に入るだろうパンケーキのシロップ和えにしてもらったのだが、こうも連続で甘い物を食べたことなど前世でも無かったリッケルは、胃もたれを起こしたのだった。


(しかも使った額がやばい事になってる)


 この国の甘味料は、中央の北にある塩山の山頂付近で栽培されている砂糖カエデが一般的だ。リッケルの知る砂糖とは異なるが十分甘い。

 しかし辺境の地には甘味料があまり流通していなく、基本的に高価となっている。

 一口サイズのクッキー一枚が実に大銅貨三枚の価格である。

 ちなみにこの世界の貨幣は、くず鉄、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨となっており、十倍ずつ価値が上がっていく。そしてくず鉄がだいたい十円程度の価値だ。つまりクッキー一枚三千円となる。

 そして昨晩使った金額が大銀貨一枚、つまり十万円である。いくら甘い物が高価だとしても、十万円分も注文すればかなりの量だ。

 しかもビーレは味覚を共有できるだけで、満腹になる訳では無い。逆に言えばリッケルが食べられる限界まで味を楽しめる。

 ちなみに一般市民家庭の平均月収(六十日)が大銀貨三枚から四枚だ。


(大銀貨一枚って、昨日狩ったウッドウルフの代金が殆ど飛んだよ)


 魔核は小さかったが、身体が大きく皮一枚の量も多かったため、大銀貨一枚と銀貨三枚になった。

 そして今朝食べたパンケーキは大銅貨八枚である。この値段も殆どがシロップ代であり、パンケーキ自体はおそらく銅貨数枚程度であろう。


『リッケル、どうかしましたか?』

「いや別に何も……」


 彼の頭の中にビーレの声が響いた。彼女は昨夜からずっとリッケルの中に入っている。

 単に宿代を浮かす、顔が万が一知られていた場合面倒な事になりそう、他人とぶつかったりした時通り抜けてしまう、などの理由があったためなのだが、夕べから二メートル近い大男が一人で甘い物、しかも大銀貨一枚分の量を食べているのはとても目立つ。

 更に今朝も一人で甘い物を食べているのだ。

 宿を出るとき親父から生暖かい目で見られ、大声で「俺は別に甘党じゃねぇ!」と叫びたかったリッケルだった。


 だがリッケルとは真逆にビーレはとても満足そうだった。幸せを噛みしめている、という表現がぴったり合う。

 今朝もそうだったが甘いものを食べている最中のビーレからは喜びの感情が沸いていた。やはり古今東西、女性というものは甘い物が好きなようである。

 これも必要経費だ、と割り切るリッケルだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「おやリッケル、どうかしたのか? しかも腹なんか押さえて。変な物でも食ったか」


 宿を出たリッケルが向かった先は冒険者ギルドだ。そして彼が建物に入ると四十台くらいの男性職員が声をかけてきた。

 この街はリッケルの住む村より遙かに規模は大きいものの、それでも人口数千人である。冒険者ギルドの支部があるとはいえ、職員の数もこの街にいる冒険者の数も少なく、ほぼ全員顔なじみである。

 普段は素材を売るだけであり、昨日売りにきたばかりなのに二日連続で来たので職員が疑問に思ったのだろう。


 ちなみに意外と変な物を食べる冒険者は多い。何せ普段は街の外で活動しているのだ。食費を浮かせるために、その辺りに生えている自分の知らない食材に手を出すものもいるし、狩った魔物をその場で食う奴もいる。

 毒の可能性もあるので、ギルドでは知らない物には触れない、口にしない事と教えているが、やはり年に一人や二人は腹痛を訴える者もいる。


「普段滅多に食わないもの食ったからかな」

「昨日のウッドウルフは結構儲かっただろうし、貴族が行くような高級店にでもいったのか?」

「まあ似たようなものだな。それよりさ、実は中央へ行こうと思ってるんだけど馬車って借りることできるか?」

「はぁ? 中央に? 何でまた唐突だな」

「爺さんにお使い頼まれたんだよ。薬草の調合に使う道具をな」


 調合の道具、と聞いて職員は、ああ、と頷いた。

 リッケルの祖父が薬剤師であることはギルドにも知られている。何せリッケルが祖父の作った薬を売りに来ることもあるからだ。

 教会のないこの街では医者や薬剤師がとても重宝されている。誰かに癒やしを貰う場合、流れの司祭か冒険者の癒やし手に頼まないといけないのだ。


「うーん、馬車を中央まで貸すとなるとかなり高額になる。でもオレイドルからなら乗合馬車が出ているから、そこまで馬車を借りた方が安く済むな。それとお前がいない間、村はどうするんだ?」

「俺が中央から戻ってくるまで村の安全を誰かに依頼したい。寝泊まりは俺の家を使って貰ってもかまわん」

「なるほど、今日来たのは依頼も兼ねてるって訳か。そうだな、アーリベイルたちなら一昨日長期依頼から帰ってきたところだから空いてるぞ。あの村の治安維持って事ならランク八くらいだから、お前が中央から戻ってくるまで一月半として、手数料込み大銀貨十五枚ってところかな。もちろん延長すればその分の金は追加で貰う必要はあるがな」


 アーリベイルはランク七の中堅冒険者で三人組だ。ギルドの手数料は二割が基本なので、実質冒険者に入る金額は大銀貨十二枚となる。

 一月半、つまり九十日として大銀貨十二枚ということは一人大銀貨四枚。

 ランク七を三名、九十日拘束するには少々安い値段だが、リッケルの家で寝泊まり出来るので宿泊費は不要だし、基本的に魔物が来ない限り食って寝るだけの生活だ。食料もランク七なら森に行って自分たちで獲物を狩ってくることも可能だし、その獲物を取引すれば村の穀物と交換もしてくれる。金は殆どかからないだろう。

 そしてアーリベイルらは長期の依頼をこなしたばかりらしいので骨休めさせる意味もあるのだろう。骨休めにしては少々長いが。


「あいつら、ここ暫く姿を見てなかったが長期依頼受けてたのか」

「一年近くかかったからな。結構ハードな依頼だったからお前さんの村で一休みさせてやるのもギルドの温情だ」

「温情で仕事を引き受けさせるギルドが凄いと思うわ。まあ金額についてはそんなもんだし、アーリベイルたちに頼めるか?」

「いいぜ。ただし延長しても最大二ヶ月が限界だからな。それ以上はアーリベイル達を遊ばせておく余裕はない」

「分かってるさ。向こうで十日くらい遊んで帰る予定だから一月半もかからないと思う」

「道中何があるか分からんから、無理そうなら早めに戻ってこい。しかしお前さんが直接行くより素直に商人へ依頼したほうが安く済まないか?」


 村の護衛料金と中央までの交通費を考えると、商人に依頼したほうが安いのは事実だ。

 だが商人への依頼となると半年から最悪一年はかかる。この街から中央まで行く商人が少ないので、オレイドルなどの途中の街で別の商人に依頼することになるからだ。

 ちなみに甘味料が高いのも中央から直接来る商人が少なく、その分商人を通す回数が増えるので割高になるためだ。


「時間かかるし、それに一度は旅の経験もした方がいいと思ってな」

「確かにそうだな。中央ならそれなりに街道も整っているし、旅をするにしても距離的にちょうど良いくらいか。ってまてよ、オレイドルか」


 そして職員は何か思いついたように、にやりと笑いながらカウンターの下から羊皮紙を一枚取り出してきた。


「オレイドルまでいくなら、ちょうど護衛の依頼があるぞ」


 彼が差し出してきた羊皮紙を一読するリッケル。

 それはオレイドルまでの護衛依頼だった。

 内容は単純でオレイドルまで戻る商隊の護衛だ。ランク九でそこまで難しいレベルではないが依頼料が異様に安い。何人いても良いが最大銀貨十枚である。

 護衛対象は馬車三台。余裕を持つなら一台につき二人、遊撃に四名の合計十名は欲しいが、依頼料が銀貨十枚だと一人一枚になる。

 オレイドルまで馬車での移動なのでおそらく四日程度はかかるが、銀貨一枚では誰も受けないだろう。道中の食費と武具のメンテ料を考えれば正直赤字になるし、オレイドルから戻ってくる必要もあるのだ。


「こんなの受ける奴いるのか?」

「一応二名、居ることはいるがどっちもランク十の成り立てだ。しかもオレイドルに用事があるからついでに、って事で引き受けて貰った。だがさすがに馬車三台を成り立てが二名というのは無理がある」

「俺が参加しても三名しかいないぞ? 正直安全の保証は出来ん」

「ああ、その辺りは依頼主には納得して貰ってる。でなきゃこんな金額でうちが受ける訳が無い」

「ふーん、訳有りか」


 依頼料は余程有名な商店で実績も有り、後から確実に支払って貰えると分かっているのなら別だが、基本的に先に現金一括払いだ。

 商隊で金が無いなら、馬車の一台もしくは積み荷を売って手元に用意する、店に使いを出して金を用意して貰う、などの手段もあるはずなのだが、その手が使えない理由が何かしらあるのだろう。

 その辺りの事情は冒険者たちには関係がないのでリッケルとしても理由は聞かないし、聞いたとしても答えてくれないだろう。


「つまり成り立ての面倒を見つつ護衛って事か? 銀貨十枚を三人だと一人三枚ちょっとだが、いくらなんでも安すぎだ」

「食料は持参だが水については商隊が面倒見てくれる。どうせ樽は余ってるし井戸から汲み上げるだけだからな。あと、さっきの村の護衛依頼、大銀貨十五枚を十三枚にしてやる。これなら文句ないだろ?」


 つまりリッケルの依頼料は大銀貨二枚と銀貨三枚となる。それなら成り立て二名への講師も含め十分な額だし、元々オレイドルまで馬車を借りる予定だったのだからそのレンタル料も不要となるのだ。

 そして大銀貨二枚分の値引きについてはおそらくアーリベイルたちに骨休めだから格安で引き受けろと説得するのだろう。それならギルドとしても懐は痛まない。

 いや、実際は依頼料の二割がギルドに入るので収入は減るのだが、もしかすると元々の手数料だった大銀貨三枚は減らさずギルドが貰い、アーリベイルたちには大銀貨十枚で引き受けさせるのかも知れない。そうすればギルドの収入も変わらず、アーリベイルたちが知らずに損をするだけだ。

 汚い、とリッケルは思ったものの、それが組織の運営なのだろうと思い直す。


「いいだろう。ちなみにその成り立ての二人ってどんな奴だ?」

「成り立てっつっても三十件くらい依頼を片付けてるから、お前と殆ど貢献度は変わらないぞ? ま、それでも半年前に冒険者となったばかりの素人に毛が生えた程度だし護衛は初めてだからな」


 リッケルは八歳の時に冒険者となった。つまり冒険者歴は六年と年齢を考えると長い。

 しかし貢献度、ランクはギルドの依頼をこなすことによりあがるが、リッケルは素材の売買が基本で依頼については年に二件から三件しか受けない。しかもそのどれも自分の村までの商隊の護衛と、副支部長の指名依頼だけだ。

 護衛依頼や指名依頼は成り立てが受けるような簡単な依頼より貢献度は高い。が、六年で年に二~三件だと今まで十五回前後しか受けてない事になる。

 その二人は三十件受けているので確かに貢献度的にはリッケルと殆ど変わらないだろう。


 だがリッケルは魔物の素材を月に数回売りにくる。しかもそのどれもそれなりに高いランクの魔物だ。昨日売りに来たウッドウルフだってギルドが討伐依頼するならランク七程度は必要だろうし、リッケルの村までの商隊護衛依頼も指名依頼も全て成功させている。

 そのためギルド内部でのリッケルの扱い自体は高位の中堅冒険者程度と認識されているし、指名依頼もたまに来るのだ。


「明日の朝、成り立ての奴らをギルドに呼んでおくから顔合わせしておけ。ちなみにお前さんの用意ができ次第出発だ」

「なら明日の朝顔合わせして打ち合わせ、その後準備でその日を使うとして、出発は明後日の夜明けだな」

「まあそんなところだろう、ほらよ」


 そう言いながら職員が手を出してくる。

 一瞬悩んだが、村の護衛依頼料の事だと気がつき腰にぶら下げた袋から大銀貨十三枚を取り出し窓口に置いた。それを受け取った職員が、明日には依頼成立の連絡をする、とだけ言うと奥に戻っていった。

 彼の中ではアーリベイルたちに引き受けさせる事は決定済みなのだろう。確かにあの依頼料だと骨休めという理由が無い限り受けるものはそう居ない。

 苦笑いしつつリッケルはギルドの建物を出て行った。

 本来なら今日、遅くとも明日にはオレイドルへ向けて出発する予定だったのだが、急遽明後日になってしまったから宿の手配が必要だ。だがその分道中の交通費は浮いた。馬車のレンタル料が不要になったのも大きいし、オレイドルまでの依頼料も予想外に高額となった。

 昨日の甘味の出費は痛かったが、これで多少なりとも取り戻せただろう。


 今夜と明日は安宿で済ませよう、と心に誓うリッケルだった。





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