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第五話


 翌朝、リッケルは祖父のいる家へと向かっていた。

 大剣を背負い、腰にはいくつかの革袋をぶら下げている。中身は二日分の水と食料とスパイス、そして金だ。

 隣町までなら今までに何度も行っているのでこれだけで十分なのは分かっている。問題はそこから先だ。

 中央へ行くには隣町経由でその先にあるオレイドルというこの地域では一番大きな街へ行くのは分かる。が、そこから先が分からない。しかもオレイドルすらリッケルは一度しか行ったことがないのだ。

 しかし隣町にある冒険者ギルドで聞けば教えてくれるだろう、と高をくくっているが。


 目の下に隈を作ったリッケルはそんなことを考えながら歩いていた。

 彼は両親の死後、幼少の頃から一人で魔物と戦ってきた戦士だ。だからこそ人一倍気配や体調、違和感に敏感で、特に一番隙の多い睡眠中の気配には殊更敏感になっている。

 そして自身が心棒するレノックギール以外に、別の神であるクロノレーファの力を僅かながら感じており、尚且つビーレまでも内包しているのだ。

 一晩中身体からいつもと異なるとアラートを受け取っている状態だった。


(これは早く身体に、この状態が通常なのだ、と教え込まないとそのうち寝不足で死ぬんじゃね?)


 そう思いながら横目でその原因となった少女ビーレを見た。

 ビーレは既に意識体となってリッケルの隣を歩いていたがその表情は、いかにもよく眠りました疲れはありません、と爽やかに語っている。今にも鼻歌がでてきそうな雰囲気である。

 その原因ビーレはリッケルの視線を感じたのか見上げ、そして首をかしげた。


「リッケル、もしかしてあまり眠れませんでしたか?」

「なあビーレ。お前寝る必要ないって言ってたよな。でも一晩中俺の意識の中に誰かがぐっすり寝ている気配を感じたんだけどさ。具体的に言えば寝息」

「ええっ!? 私、イビキしていま…………あ、きのせいですよそんなことありませんリッケルは私がいる事に慣れていないのであり得ないような音を受け取ったのですよだいいち道具の私が寝るなんて不自然じゃありませんか」


 かなり恥ずかしかったのか、ビーレの顔は真っ赤になりながら、リッケルから目を逸らした。

 これは確定だな、と納得するリッケル。

 

「だって仕方ありません。リッケルの中は今までの聖女たちと違って空間が大きいのです。しかも周囲には外壁が出来ているかのように、安全なように感じられたのですからつい……」


 空間云々はさておき、外壁というのはおそらくレノックギールの力の影響だろう。

 戦いの神であるレノックギールを心棒すると肉体強化という神の力を借りることが出来る。しかしそれ以外の戦いに関する事にも影響がでる。

 特に心棒の度合いが高ければ気配探知や防御力をあげる一種の障壁のようなものも張る事ができる。と言っても大地の守り神ベルダレクトのように防御力に特化した障壁程ではないが。


「で、でも寝る必要がないのは本当ですよ! 思っていた以上に居心地が良くてつい……」 

「別に責めちゃいねーよ」


 ムキになるビーレについ頭に手を乗せた。途端に大人しくなるビーレ。

 やはり他人に触れられるのに慣れていないのだろう。


「で、先に爺さんの家に寄るんだっけ」

「はい、エラギシズ卿が紹介状を渡すそうです」

「紹介状?」


 首を傾げるリッケル。一応彼は冒険者ギルドに属しているギルド員だ。

 と言ってもギルドの依頼をこなす冒険者ではなく、近くの森で狩った魔物の素材を売るために属しているだけだが。売買するにはギルドに属さないと手数料が余分に取られるからだ。

 ちなみに冒険者ギルドに属する冒険者は十階級のランクに分かれている。そしてギルドの依頼をこなしていくとランクが上がる仕組みになっている。強さで決まるのでは無く、ギルドへの貢献度でランクは決まるのだ。

 そのため、低ランクの者でも強いものはたくさんいるし、また高ランクになるにはそれだけ難しい依頼を何度もこなす必要があるので結果的に強い者しかいない。

 このためランクで強さを計るのは難しい。


 そして紹介状は文字通り、祖父がリッケルを誰かに紹介するものだ。つまりその誰かにリッケルの身分を保証させるための紹介状である。

 ただ他の村人ならともかくリッケルはギルド員なので一応身分証明を持っているし、これがあればどの街でも一定の身分は確保される。

 だからこそ紹介状が必要になる場面というのが考えにくい。


「ビーレは何か知っているのか?」

「いいえ、詳しくは聞いておりません」

「ふーん、まあくれるっていうんだから素直に貰っておくか」


 難しく考える必要は無い。身分証明は持っているのだし、その誰かに会ったときに紹介状を渡せば良いだけだ。

 それよりビーレが祖父をエラギシズ卿と呼んでいるほうが気になる。

 祖父の名はリーヴェルだが、もしかするとリーヴェルというのが偽名で本名がエラギシズなのかもしれない。


(まあ爺さんも教会を抜け出してこんな辺境の村まで流れ着いたのだから、色々とあったんだろう)


 そう納得するリッケルだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ではリッケル、達者で行ってこい。クロノマギア殿に迷惑をかけるでないぞ」

「いや、どちらかと言うと俺の方に迷惑がかかってるんだが」

「クロノマギア殿に失礼なことを申すな! 全くこの青二才が。いいか、くれぐれも道中は気をつけて、絶対にクロノマギア殿の安全を保証するように!」

「はいはい、わかりました。で、土産は何がいい?」

「そうさな。中央二番通り沿いにあるフェルミレイドの雑貨屋で、薬草用のすり鉢とすりこぎ棒を頼む。自分で作ってはみたものの、やはりあそこの品質には到底及ばんな」

「お、おう、わかった」


 それって土産じゃなく単なるおつかいだよ、とは思ったが口には出さなかった。

 そして、いいかくれぐれも、と何度も念を押されたリッケルは無理矢理紹介状を貰って村を出たのだった。

 そしてその紹介状というのが。


「これが紹介状ねぇ」


 彼が手にしているのは、綺麗な指輪だった。

 装飾も派手では無いものの、それなりに作り込まれていて、更に二つの蛇が絡み合っている紋章が刻まれている。

 問題はリッケルの指だと小さすぎて嵌めることが出来ない事だ。


「使う場面になればビーレが教えてくれるって爺さんは言ってたけど、大丈夫か?」

「はい、お任せください」


 ビーレはリッケルの隣を歩きながら、何事もないかのように頷いた。

 そんな彼女を見たリッケルは色々と聞きたかったが、首を振りその思いを振り払った。


「なあビーレ」

「なんでしょうか」

「疲れてないか? その、これから歩きづめになるけど、いざとなったら背負うくらいなら出来るが」


 隣町までは普通に歩けば八時間程度かかる。朝に出れば途中休憩を挟んでも夕方前には着く形だ。そしてリッケルはその程度の距離なら全く疲れない。

 この少女の体重は聞いてはいけない事項だろうが、四十キロもないように見える。その程度の重さなら担いでも何ら支障はない。

 が、リッケルは勘違いしている。彼女は意識体、一言で言えば幽霊のような存在なので重さは全く無い。だから足音もしないし、地面にある草を踏むこともない。


「……あ、私は意識体ですから、移動しても疲れる事はありません。その気になれば飛ぶこともできますし、一瞬で移動することもできます。といってもリッケルからそこまで離れることは出来ませんけどね」


 クロノマギアの制約の一つに、聖女から遠く離れて行動することはできない、というものがある。

 遠く、というのがどの程度なのかは試したことが、今までの経験上、数百メートル程度なら離れる事ができた。

 元々聖女を補助するための魔道具なのだから、聖女から離れて行動するような場面は今まで無かったので特に気にならなかった。


「でも……ありがとうございます」

「あ、はい。まあ疲れたら背負ってもいいからな」

「どちらかと言えば意識体でいる事のほうが力を使いますから、もし疲れたらリッケルの中で休憩します」

「それは出来ればやめてしてほしい……っと」


 不意にリッケルの身体が警鐘を鳴らした。と同時に背負った大剣の柄を握り手首をきかせて上へと放り投げるように鞘から抜いた。そして落ちてきたところをキャッチする。

 何せ大剣の長さはビーレの身長とほぼ変わらないくらいあるのだ。こうでもしないとすぐ鞘から抜くことができない。

 

「どうかしたのですか?」

「多分魔物」

「え? 魔物……って、あの魔物ですか? まだ村を出てそんなに遠くないですよね」


 中央と呼ばれる地域は人が支配している土地であり、更に中央騎士団が巡回しているので治安は驚くほど良い。このように街からすぐ近くに魔物がいること自体が驚きなのだ。

 だが辺境は人以外が支配する土地なのだ。

 辺境伯が治めている街ならば辺境の軍もいるし冒険者たちも数多くいるのでここまで街に近い場所で遭遇する事は少ないが、この村は更に辺境なのだ。

 村から十分も歩けば魔物と遭遇する可能性は十二分にある。


「これがこの辺では当たり前なんだよ。ま、この感覚は多分ウッドウルフだ。そんなに強くないからビーレはどこか隠れてろ」


 そう言いながらリッケルは周りを見渡すが、ここは一面平原だ。どこにも身を隠すような場所はない。

 リッケルの大剣は攻撃幅が大きいため近くにいると一緒に攻撃してしまう可能性があるので、できれば距離を取って欲しいのだが、相手はウッドウルフだ。

 集団で狩りをするウッドウルフは基本的に弱い獲物から狙ってくる。武器を持つ大柄なリッケルより、何も持っていない小柄なビーレから攻撃してくるのは明白だ。

 下手に離れると守れない。

 が、リッケルは一つ忘れていた事がある。


「え、えっと……私は意識体ですから攻撃されても通り抜けますけど」

「そういやそうだった」


 リッケルは触れられるので忘れがちだが、ビーレは天井を突き抜けたし木箱を触れる事ができなかったのだ。

 そう考えればいつも通りソロで戦う感覚で良い。良いのだが視界にビーレがいるとどうしても剣を振るのが鈍る。それはそうだろう。いくら意識体でありすり抜けるとはいえ、剣が当たりそうになったら咄嗟に止めてしまう。


「それよりリッケルは大丈夫なのですか? 本当に勝てるのですか?」

「ああ、これくらいいつものことだから余裕だ。それより戦闘の時は俺の中に入って貰って良いか?」

「かまいません。中から応援しましょうか?」

「それはやめてくれ。おっときたぞ」


 草の影にちらほらと何かが動くのが視界に入った。それに合わせてビーレの姿が視界から消える。

 よし、と安心しながらリッケルは大剣を握りしめた。



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