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第二話


「ほぉ、お前があのクロノマギアって奴か」

「はい、私は癒やしの女神クロノレーファ様が創られし魔道具、クロノマギアです」


 クロノマギアがひとしきり説明すると、納得したように座り込む男。

 彼の名はリッケルシュタイン、驚くべき事に十四歳になったばかりだそうだ。だが顎髭を生やし不敵に笑みを浮かべる顔はどう見ても良いところ三十歳、十四歳には到底見えない。

 これは髭を剃って普通にしていると、身体はともかく顔つきがどうしても子供に見られ、侮られるからだそうだ。この村内ならともかく、他の町へ何かを売り買いしにいくと足下を見られるので苦肉の策として髭を生やしたらしい。

 このおかげで侮られることも無くなったが、その代償として数歳年下の近所の子供たちからは怖がられてしまい一長一短だ、などとぼやいていたが。


 そしてリッケルシュタインはあぐらをかきつつ、無意識なのか顎髭を触りながら少し困ったように眉をしかめている。

 その姿はクロノマギアからすれば、いかついおじさんが目の前の子供をどう料理してやろうか思案しているように見える。


(確かにこういう仕草をされると子供には怖がられても仕方ありませんね)


 対するクロノマギアは意識体を外に出し、そしてリッケルシュタインの前に行儀良く正座していた。

 聖女に選ばれたのが目の前の大男、という事で最初は驚いたものの、説明していくうちにいつも通りの冷静さを取り戻した。

 正座という姿勢はエッケンベルドでは滅多に見られない。殆どの家では椅子に座る事が多いからだ。だがこうした辺境の地にある家には椅子がなく、直接床に座り込む事が多い。その時に淑女は正座をする、と昔辺境出身の聖女に教わった事がある。

 雑学も時には役に立つ、とクロノマギアは妙なところで感心していた。


「はぁ……で、そのクロノマギアが何しにここへ?」

「あなたが次の聖女となった模様です」

「はははは、まったまたご冗談を」


 身体に見合った大きな手を軽く振り、乾いた笑いをするリッケルシュタイン。

 クロノマギアとしても冗談だと思いたい、思いたいのだが……。

 先ほどから何度も確認しているがクロノマギアはリッケルシュタインの魂と正常に繋がっているし、そしてちゃんとクロノレーファの意思も感じられる。

 つまり目の前の男はクロノレーファを心棒し、その気になれば聖女の力を扱う事ができるのだ。


「だって俺男だぜ? 聖女っていうからには女がやるもんだろ?」

「確かにそうなのですが……。でも間違いなくあなたの魂は私と繋がっています。前代未聞なのですが、男が聖女になれない、とはクロノレーファ様からは伺っておりません。最も尋ねたこともありませんが」

「それって分からない、と同意語じゃねぇか。それに俺は戦いの神レノックギール様を心棒しているんだけど」


 この世界には五柱の大神がおり、人間は殆どがこの五大神を奉っている。

 その五柱とは、戦いの神レノックギール、癒やしの女神クロノレーファ、大地の守り神ベルダレクト、創造の神チルミレイズ、幸の女神アーケリンファイナだ。

 リッケルシュタインのような戦士や騎士など剣を振るって戦う者たちはレノックギールを心棒しているものが多い。逆に教会に属するものや医者、薬剤師であれば癒しの女神であるクロノレーファだし、技術者や職人、魔術師なら創造の神チルミレイファ、農民や国の繁栄を望む貴族であれば大地の守り神ベルダレクト、商人や盗賊、狩人は幸の女神アーケリンファイナを心棒する事が多い。

 ただし二柱を心棒することはできない、奉る神は一柱だけだ。


「宗旨替えをすれば問題ありません」

「問題あるわっ!?」


 神を心棒することにより、その神の力を借りることができる。もちろんクロノマギアを宿した聖女レベルまで神の力を扱う事はできないが。

 そして戦いの神レノックギールの力は、自身の肉体強化だ。人を遙かに上回る力を持つ魔物を討伐するには、肉体強化は必須である。いくら二メートル近い体格を持ちそれに相応しい筋肉を持っているリッケルシュタインであろうと、単純な力比べなら身長三メートルに達するオーガより遙かに弱い。しかもこの世界、オーガより力を持っている魔物はいくらでもいるのだ。

 しかしレノックギールの力、肉体強化は自身の力を数倍、達人になると数十倍まで跳ね上げる事ができる。それ故強大な魔物相手にも対峙することができるのだ。

 魔術師であれば創造の神チルミレイファの力を借り創造魔術を使って攻撃する事が可能だが、生憎リッケルシュタインは魔術を扱う才能には恵まれなかった。しかし戦士の才能に恵まれたため、レノックギールの心棒者となったのだ。


「あのな、俺は最近料理人とか呼ばれているが、一応この村の治安を預かる守衛団で魔物を討伐して生計を立ててるんだ。それに聖女って言えば中央でふんぞり返るのが仕事だろ? ここは大陸の端、軍など当てにならないから俺が居なくなると他が困る」


 クロノレーファに宗旨替えすると回復術は使えるようになる。それはそれで戦いに使えるが、肉体強化が使えなくなるので攻撃力や防御力は格段に落ちる。

 ソロで戦う事の多いリッケルシュタインは、基本的な戦略としてタイマンに持って行きつつ殺られる前に殺れ、だ。つまり最初の一撃で決めるため攻撃力が落ちると致命的なのだ。

 それ故、癒やしの女神より戦いの神のほうが自身の戦い方にはぴったり合う。

 また、中央近辺であれば中央の軍、いわゆる中央騎士団が治安維持を行っているし、地方であっても領主がいるような比較的大きな都市であれば領主の軍がいる。

 しかしリッケルシュタインの住むこの場所は辺境も辺境、人口数十人しかいない小さな農村だ。旨みがあるような土地であればともかく、何もない辺鄙な土地だと誰も領主などになりたがらない。土地が広いためそれを治める貴族や国の高官が足りないのだ。

 結局そういった土地に住むものは自分たちの力で村を守っていく必要がある。


「生活費であれば十分なほど国から支給されるでしょうし、この村の治安が心配であれば国王に進言すれば動いてくれるでしょう」

「聖女って王に直接頼めるくらい偉いものなのかよ」

「政治に口は出せませんが、位、だけで言えば王族とほぼ同じ待遇です」


 政治に関しては宰相を筆頭とした国の幹部がいるのだ。聖女の仕事は人を癒やす事であり、国を治める事では無い。

 また聖女は一応中央教会に属する助祭や司祭たちのトップであるものの、教会の運営は枢機卿や教皇という幹部がとりまとめている。

 現代風に言えば、平社員が助祭、係長が司祭、課長が司教、部長が大司教、事業部長や取締役が枢機卿で、代表取締役が教皇だ。聖女は権力を持っていない名誉会長あたりだろう。

 つまり聖女は立場的には中央教会のトップで、国の位からすれば王族に近い存在であるものの、実際は実権のほぼないお飾り的な存在だ。便利な駒扱いに過ぎない。

 それでも聖女なのだ。生まれ故郷の平和を願い出る事程度は可能である。それにリッケルシュタインたった一人でこの村の治安を守れる程度であれば、引退間近の騎士数人でも常駐させれば十分だろう。都会に飽き田舎で余生を過ごしたいと思う者は一定数いるのだ。


「でもなぁ、俺は聖女なんつー柄じゃねぇし、自分では剣振ってるほうが性に合う」

「確かにそうですね。ならば性別転換を使いますか? そうすれば聖女としての自覚も生まれるかと」

「なんだそりゃ?」

「端的に言えば女性が男性に、男性が女性になる魔法です」

「魔法……だと?」


 魔術と魔法は違う。魔術は人が使う術であり、魔法は神が使う法則だ。

 それ故、魔術では出来ない事が魔法では簡単に行使できる。そして聖女はクロノマギアを通じて癒やしの女神の力そのものを、つまり魔法が使える。


「じゃあなんだ、その魔法を使えば俺が小柄な女になるって事か?」

「いいえ、胸部が膨らみ、男性器の代わりに女性器となり子を成せるようになるだけです。体格や外見はほぼ変わりありません」


 体格が急激に変わってしまえば、色々と不都合が出てくる。

 何かしら行動するときの感覚、身体の動かし方はもとより、それまで自分の体格に合っていた服や調度品、寝具も一新しなければならない。

 それを考えると体格が変わらないのは大きな利点のはずなのだが、リッケルシュタインはなぜか信じられない、とばかりに目を見張った。


「おいっ! それじゃおネエ系になるだけじゃねーか!!」

「おネエ系?」

「あ、いや、なんでもない。それより見た目変わりないって、お前、俺がスカート穿いて化粧してくねくね歩いてたらどう思うよ?」


 実に困ったような、それでいて情けないような顔つきでリッケルシュタインが問いかけてくる。

 見た目三十くらいの年配の男性が、このような顔をするところをクロノマギアは魔道具となって初めて見た。

 彼女が接する年配の男性は殆どが教会の上層部と貴族だけだ。彼らは自分の内心を隠すため滅多に表情を変化させることはない。それ故彼女にとって目の前にいる男はある意味衝撃で、斬新だった。

 そしてリッケルシュタインの問いかけに対し、真面目にクロノマギアは想像する。

 二メートルに近い顎髭を蓄えた大男が化粧をし、スカート姿で町を闊歩する姿を。


「……正直近寄りたくありません」

「そうだろう?」

「夜中に出会えば間違いなく魔法を使いますね」

「そこまでかよ! っていうか笑うなよ!?」


 そう言われたクロノマギアは、思わず口元を手で押さえた。


(今、私、笑ってた?)


 意識体のクロノマギアは他者から見えはするものの触れることはできない。が、自分自身ならば触れられる。

 そして口元がわずかに微笑んでいるのを手の感触が伝えている。


「口元を押さえて笑うなんてお前良いところのお嬢様っぽいな」


 そんな姿を見たリッケルシュタインは無意識的に少女の頭を撫でた。

 自分が撫でられている感触に、更に驚愕が走る。


「え? あ、あの……どうして?」

「あ、何がどうしてだ? って、あーすまん。近所に住むガキどもの世話もしているからつい癖で頭撫でてしまったわ」

「あなたも十四歳なら十分子供……い、いえ、そういうことではなく! なぜ私に触れられるのですかっ!?」

「は? 何いってんだお前?」

「私は単なる意識体です、誰も私に触れる事はできないのです」

「いや、ふつーに触れるけど」


 再びリッケルシュタインの大きな手のひらが、まるで包み込むようにクロノマギアの頭を撫でる。

 その感触に大きく目を開き、そしてその目から大粒の涙が自然と溢れてきた。




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