4話 武術神と魔法神の修行
新しい力“龍気”の制御に明け暮れ初日の6時間があっという間に過ぎようとしていた。僅かでも制御を誤ると激痛に襲われ、痛みがさらに制御の乱れを誘い……という悪循環に何度も陥りかけたが、座禅の形を取ることにより何とか“龍気”を持続して纏えるようになった。自在に操れるようになるのはいつの日になることやら……道は遠い。現在僕は次の修行に移るため泉で休憩中だ。ボロボロの身体を引きずりながらなんとかここまで辿り着き、他の神がいないことをいい事にだらしなく四肢を投げ出して浸かっている。
「あ〜癒される〜」
光の粒が傷を癒さんとまるでドクターフィッシュのように身体に殺到し、今の僕は側から見たら電飾で着飾った現代アートのように見えることだろう。
「確かこの水は飲んでも有効だって龍神が言っていたな……というかこれは水なのか?液体に浸かっている感覚はあるのに全く身体は濡れないし……さすが先輩」
凄まじい勢いで身体が癒えていく感覚にテンションが上がり、思考を放棄して思わず意味不明な感想を述べてしまう。“龍気”は内側からダメージを受けるので、確かに泉の水を飲む事は有効なのだろう。手で掬って口に含んで見ると、途端にふわっと口の中で霧散して身体の中に浸透していく感覚が広がった。先輩の謎は多い。懐中時計を確認すると次の修行の時間が迫っていたので、傷一つ無くなった身体を起こし武術神の元へと転移する。
一瞬の浮遊感の後、景色が切り替わるとそこは左右に竹林が広がり、目の前には閉じられた朱色の門がある空間だった。門の奥の方からは金属のぶつかる音や裂帛した掛け声が聞こえてきた。久しぶりに聞く戦いの音に気を引き締めながら、僕は門を開けて中へ進んだ。
門の中は踏み固められた土の広がる修練場のような場所で、翼の生えた多くの男女が槍や剣を打ち合っていた。ここは天使の修練場なのか?
「おう、来たか小僧」
その光景を仁王立で見つめていたアスラがこちらを見ずにそう言った後、ゆっくりと振り返るや否や、何処からか2本の木刀を取り出し、片方をこっちへ放り投げてきた。
「来い、まずは実力を見る」
突然の出来事に一瞬呆然としてしまったが、慌てて木刀を握る。得物を手にすると自然に気持ちが落ち着き意識が戦闘用に切り替わるのは勇者時代の賜物であろう。“龍気”はまだ使いこなせないので魔力を身体に纏わせる。こっちは勇者やってたんだ、そこそこ戦えるだろう。そう思いながら、僕は木刀を構えて一歩を踏み出した。
結果を言おう、そんなことはなかった。勇者時代に培ったあらゆる斬撃は全ていなされ、弾かれ、躱された挙句、「身体強化と異世界人補正でゴリ押してただけじゃねーか、よくそれで相打ちに出来たな」と酷評を頂きながらボロ雑巾のようになるまで打ち込まれた。
実力確認と言いながらボコボコにされた後は修練場の端の方にあった池に放り込まれた。先輩はここにも出張しているらしく、瞬く間に傷を癒してくれた。回復した後は基礎からやり直せと言われ、剣の素振りと挌闘術の基礎もやらされて6時間の過程は虚しく過ぎ去った。
そして僕は現在、魔法神トートの元へ向かっている。転移先は絨毯が敷かれ、壁にランプが吊るされた回廊で、少し歩くと目の前に黒い木で作られた高級感の漂う扉が現れた。金のドアノブを回して中に入るとそこは視界を埋めつくさんばかりの本棚に囲まれた空間が広がっていた。若干圧倒されながら足を進めると、魔法神はその空間の真ん中に置かれた執務机で黙々と何かの本を読んでいた。
「あの、修行の時間なので来ました」
「ん……よく来た……それじゃあ」
声をかけると、本から顔を上げて手を軽く振る魔法神。すると本棚のあちこちから本が飛び出し、執務机の脇にどんどん積まれていく。3メートル近く本の山が積み上がったところで魔法神が再び手を振ると本の山が幾つかのグループに整理されて縦に積み上がった。
「最初の3時間……ここの本読んで……残りの時間は……別の場所で魔法の訓練」
座学と実践を織り交ぜるらしい。勇者時代はあまり魔法は使わなかったので、僕はワクワクしながら本の山に手を伸ばした。
「……読めない」
前の世界では異世界人補正で意思疎通には困らなかったが、ここはそんなに甘くないようだ。その様子を見ていたトートが翠色の瞳でジーっと見つめてきた後、何処からか銀縁の丸メガネを取り出し僕に渡してきた。
「コレで見れば……翻訳してくれる……でも……エルマのところで……ちゃんと言葉覚えて?」
……はい、すいません。
あっという間に3時間が過ぎると、執務室の奥にあった別の扉へ案内された。扉の向こうは真っ白な空間で、ここで実践練習をするようだ。
「何か得意な魔法……使ってみて?」
そう言うと、トートが空間からモンスターのダミーを創り出す。
なるほど、まずは実力を見せろってか!
僕はトートをびっくりさせてやろうと、右手に魔力を集中させる。使う魔法はライトニングストライク。多くの魔族を葬り去ってきた聖なる雷撃をピンポイントに直撃させる技だ。
右手の魔力がバチバチと電気に変換されてきたのを頃合いに魔力を解放。30m前方の目標に直径5mの雷の柱を落とす。雷撃が空気を切り裂く爆裂音と眩い光が空間を支配する。申し分ない威力に満足し、トートの反応を伺う。相変わらずの無表情だが、口から出たのは全く予想の言葉だった。
「……雑」
「……へ?」
「……聖属性の雷撃を落とす技なのは分かったけど……魔力に無駄があり過ぎる……魔力の多さはなかなかだけど……力の塊をぶつけるだけじゃ……一流じゃない」
そう言うや否や再びダミーを創り出し、トートが右手に魔力を込め始める。僕が放った時の半分ほどの魔力を溜めるとダミーに向かって直径1mほどの雷撃を放った。しかし、その雷撃は物凄いジャイロ回転をしながら目標へと殺到し、貫通する。その瞬間、先程のような凄まじい爆裂音が響き、ダミーを内側から爆散させた。
「半分の魔力でも工夫すれば……同じ威力になる……龍気と魔力を合わせるのは……精密な魔力操作が必須……しばらく実技は魔力操作の練習……して?」
初日で勇者としてのプライドをズタズタにされた僕は、魔◯光殺法とラ◯ボーの弓の合わせ技みたいだなぁと現実逃避気味の感想しか思い浮かべることが出来なかった。




