16話 天龍の巫女
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「ではクマさんは私が!」
そう言ってソフィアは足に“龍気”を纏い疾走する。かつて祠で苦戦を強いられたジェネラルグリズリーにどこか似た相手に一瞬不安が湧き上がるが、日々の戦いでより増した力と闘いの高揚感がそれを瞬時に払拭する。
「グリム!来るわよ!!」
奥にいるエルフがクマ男にそう呼びかけながら、ソフィア目掛けて矢を放つ。先程の奇襲でアレがただの矢ではない事は分かっているのでサイドステップで回避しようとしたが、自分の後ろにリリーシェがいる事を思い出し方針変更。走りながら“龍気”を上半身に切り替え、右腕を前にかざす。
直後、飛来した矢はソフィアへ命中して凄まじい火花を撒き散らした。一瞬の接触で阻むもの全てを抉らんとする無数の風の刃。しかし“龍気"が浸潤し硬化した巫女装束はそれを許さず、無傷で矢を弾き飛ばした。
「なっ!?」
回避ならまだしもヒラヒラした服に正面から受け止められるという不思議現象に驚愕するエルフ。ソフィアは再び足に“龍気”を纏い加速し、そのままクマ男目掛けて飛び蹴りを仕掛ける。
「ぐおぉぉぉっ!!」
それをハンマーの柄で受け止めたクマ男だが、自分の腰ほどしかない体格からは想像もつかない蹴りの威力に声を上げて後ずさる。
「……貰った。『ファイアーレイン!!』」
初撃を決めたソフィアは柄を足場に後方宙返りをしながら着地するが、声を張り上げた魔法使いに気付いて顔を上げると、今度は頭上から大量の火球が自分めがけて迫っていた。
「くっ……!」
回避しようにも、この体勢では魔法の範囲から逃れられない。覚悟を決めて受け止めようと“龍気”を纏ったその時、ソフィアの背後から放たれた紅の竜巻が火球を飲み込み、そのまま遥か上空へ上昇し大爆発を起こした。
「敵の陣形に自分から突っ込むバカがどこにおる」
「りーちゃん!!」
その声にソフィアが振り向くと、足元に魔法陣を展開したリリーシェが呆れ顔をしながら仁王立していた。
「全く……それにしても今の魔法は『ファイアーレイン』と言ったか。あの数の火球を1人で展開するとは人間も少しは進歩しておるな」
そう言ってリリーシェは足元の魔法陣を解除すると、今度は右手に赤、左手に黄色の魔法陣を展開し、上空へ放つ。
「何よあの言い方!!」
リリーシェの物言いに歯ぎしりするエルフとそれに同意するように頷き杖を強く握りしめる魔法使い。2人とも鋭い視線をリリーシェに向けているが、内心は酷く焦っていた。
(実力が違い過ぎる……)
魔法使いがソフィアへ放った魔法は彼女が最も得意とする火属性の上級攻撃魔法だった。威力、精度ともに申し分なく完全に仕留めたと確信した一撃。それを魔法によって防がれた、いや弾き飛ばされたのだ。
冒険者としてAランクまで上り詰めた彼女達だからこそ、悔しくともリリーシェの底知れないポテンシャルと技術の高さを評価せざるを得なかった。
怯む心を奮い立たせ、次の攻撃へ移ろうとしたその時。空へ上がった2つの魔法陣が混ざり合い赤黒く巨大な陣へと変化し、尋常ではない魔力の圧が2人を襲う。
「…………裁きの星」
「知ってるのマルム!?」
明らかにヤバそうな魔法陣に焦るエルフを一瞥して、魔法使いは言葉を続ける。
「昔、師匠の本で見た事ある。星を降らせる黒い魔法陣と、火の海に沈む街の絵……そのタイトルが裁きの星」
「それを撃つ……つもりなのっ!?」
話を聞きながら魔法を阻止せんとリリーシェに弓を撃ち続けるエルフ。しかしそれらは射線上にいるソフィアに全て弾かれ、リリーシェの周囲に虚しく突き刺さるだけであった。
「分からない。でも、ヤバイのは確か……魔法防壁を張る。範囲を狭めて強度を限界まで引き上げる、手伝って」
「わ、分かったわ!」
魔法使いは軽く息を吐いて気持ちを切り替えると、そう言って詠唱に入る。エルフも射撃をやめて魔法使いのサポートをするため風の精霊に呼び掛ける。数秒後、半透明の厚い膜が二人を覆うようにドーム状展開し、緑のオーラがそれを包むように渦を巻く。
「ちょっと待って!グリムが外にいるじゃない!!」
防壁を展開し終えてから、エルフが前方でソフィアと激しい攻防を繰り広げている仲間の姿に気付き声を上げる。
「あの女の子の攻撃まで防壁で防ぐのは、無理。それに、アイツなら大丈夫……たぶん」
「そ、そうかしら。グリム……ごめん!」
魔法使いの言葉に複雑な表情を浮かべるも、仲間の無事を祈って、エルフはさらに防壁に魔力を込めるのであった。
「ふむ、そろそろか……我にとってはついこの前の出来事のように思えるのだが、かなりの年月が経っているようだからな。力試しも兼ねて、人類の、いや魔術の進歩に祝砲と行こうではないか!これで終わってくれるなよっ!!」
楽しげにそう叫び、リリーシェは魔法を解き放つ。完成した魔法陣は、まるで産声をあげるかのように禍々しく明滅すると、そのまま四方へ砕け散った。
結界を張った2人組が失敗したのかと思った次の瞬間。空を漂う無数の破片はバスケットボール大の燃え盛る岩へと姿を変えると、術者の前方を塵にせんと次々と降下を開始する。
大魔法が完成した満足感と高揚感に浸るリリーシェには、自分の前方に誰がいるのか最早気にしてはいなかった。
流れるような連撃を繰り出すソフィアと、それを持ち前の耐久力で防ぎきっていたクマ男。
凄まじく燃えている何かが自分たち目掛けて降下している事に先に気付いたのは、敵のガードを崩さんと動き回っているソフィアであった。
「えっ、えぇ!?」
急に素っ頓狂な声を上げて攻撃の手を止め空を見上げる相手に釣られて、クマ男も顔を上げると、視界いっぱいに広がる世紀末に思考が停止し、そのまま固まってしまう。
2人はそのまま視線を戻し見つめ合うと、互いの後方へ振り返る。
クマ男が見たものは、強固な結界の中で申し訳なさそうに手を合わせる仲間達。
ソフィアが見たものは、両手を上げて高笑いするリリーシェだった。
「この、アホ吸血鬼ーーーーーー!!!」
ノブヤが虎男を倒したのとほぼ同時刻。ソフィアの叫びも虚しく、完成した魔法は遂に地面に到達し次々と大爆発を起こした。
ーーーーーーーー
「…………ぁぁぁああああああへぶっ!!」
「おつかれさん」
自爆して吹き飛び、この階層の天井付近から落下してきたノブヤを適当に労う。勇者として覚醒したコイツは既に2、30メートルくらいの高さから落下しても傷一つつかない程度にはスーパーマンなので特に心配することでもない。
「いててて……あ、はい。じゃなくて!レイクルさん!空から見えましたけどなんですかあれ!?」
いくらスーパーマンでも顔から落下はさすがに痛かったようだ。涙目になって鼻を押さえながら必死の形相で詰め寄ってくるノブヤ。ちょっとキモい。
「あぁ、見てたけどリリーシェの魔法だな。なんかソフィアも巻き込まれたっぽいけど」
「えっ、それ大丈夫なんですか!!」
「うるさいな〜俺が知るわけないだろ……あっ、なんか出てきたぞ」
さらに詰め寄ってくるノブヤを押しやりリリーシェ達の方へ視線を向けると、まだ轟々と立ち昇る土煙の中から小さな影が飛び出してきた。
「うーむ、街一つは普通に消し飛ばせる魔法なのだがこんな貧弱とは……全く力が戻っておらんな。迷宮との接続が切れたとはいえ、やはり早くここを出るべきだぐほぇっ!!」
煙を纏い飛び出した物体は、不満そうに腕を組んで自己分析しているリリーシェにかかと落としを決め込んで着地する。
「けほっ、けほっ……またやりましたねアホ吸血鬼!今回は流石に死ぬかと思いましたよ!!」
土煙から出てきたのはソフィアだ。轢かれたカエルのように地面に張り付いているリリーシェに激怒しているが、汚れひとつない煌びやかな装束に対して髪も顔も砂埃で真っ黒な見た目がシュール過ぎて全く迫力がない。
「ぐぉぉ……頭が割れるぅぅ。す、すまんのじゃソフィア。ちょっとテンションが上がってしまって……ぷっ、ふっ!」
頭抑えてフラフラと起き上がり謝るリリーシェだったが、ソフィアの見た目に思わず吹き出す。
「ちょっと!何がおかしいんですか!!」
「いや、だってお主。顔……真っ黒……ふふふ」
「え、うそっ!?もぉーー!誰のせいだと思ってるんですかぁーー!」
グォァァアアアアアアアアアアアアア!!!!
いつの間にか仲直りして笑い合う2人だったが、煙の中から聞こえた雄叫びと急激に膨れ上がる魔力に意識を引き戻される。
土煙の中から姿を現したのは、黒い体毛に覆われ目を紅く光らせるクマ男と肩で息をしながらヒビの入った薄緑の防壁を維持しているエルフ、そして何やら詠唱している魔法使い。
流石Aランク冒険者、リリーシェの爆撃を耐え切ったのだ。
「……クマさんってみんな変身するんですかね」
「ふん、あの程度でこの体たらくとは失望したぞ」
獣化したクマ男にソフィアが若干引いていると、リリーシェがトドメを刺すべく魔法陣を展開する。
今度こそ終わったかに思われたその時、防壁を解除したエルフが胸元から紐が通された濃い緑色の石を取り出し空へ掲げた。
「まだ…………終わってないんだからぁ!!!」
掲げられた石がエルフの叫びとともに砕け散ったその瞬間、ソフィアとリリーシェの方に散らかっている矢が眩く光る。光はそのまま空へ向かい一点に収束すると、純白の巨大な魔法陣へと変化した。
「……聖なる霊樹よ、万物の魔を大地に還せ!!!」
同時に魔法使いも詠唱を終え杖を掲げる。するとそれに応えるように空に広がる魔法陣が一際強く輝き、この階層一体に淡い緑の光を降らせ始めた。
一瞬で展開された謎の魔法陣に呆気にとられる俺たちだったが、リリーシェの展開していた魔法陣が緑の光を浴びて消滅した事により我に返る。俺は今の現象でやっとこの魔法が何かを思い出したが、あと一歩遅かった。
「妨害魔術か?小賢しい真似を……」
リリーシェは慌てる事もなくそう呟くと、もう一度魔法を編むため魔力を纏う。しかし次の瞬間、その身体を駆け巡った紅のオーラは全て緑の光に吸い込まれ、リリーシェは膝から崩れ落ちてしまった。
「りーちゃん!?」
驚いたソフィアが咄嗟にリリーシェを抱き抱える。
「しまった……吸魔の類か……光に……魔力を……吸われ……ぐぅぅ」
ソフィアの腕の中で力なく項垂れるリリーシェ。額に脂汗を浮かべ苦しそうに呻くその姿は、重度の魔力欠乏による症状そのものだった。
「レイクルさん、なんですかこの光は!?」
「エルフの秘術『神樹の導き』だ。世界樹を触媒として、擬似的に世界樹のシステムを再現する大規模魔法で……」
焦るノブヤに、遠く離れた俺たちの場所まで降り注ぐ謎の光の正体を説明する。世界樹のシステム、それは大気から魔力を取り込み世界に循環させる事。つまり、あの光はあらゆる魔力を吸収し大地に還してしまうのだ。触媒はソフィア達の周りに刺さっていたあの矢だろう。
既に発動した魔法や展開前の魔法陣は、それに込めた分の魔力を吸われて消滅するが、身体強化などで魔力を纏ってしまえば最悪だ。
体を通して自身の保有魔力を根こそぎ吸われ、リリーシェのように重度の魔力欠乏を引き起こし行動不能になってしまうのだ。
秘術と言っても世界樹と大量の魔力があれば発動するし、あとは自分の場所に光が来ないように制御してれば良いだけなので難しい魔法と言う訳でもない。
しかし触媒となる世界樹はエルフしか用意する事が出来ないため、実質彼らの専売特許と言う訳だ。大量の魔力はさっき使った緑の石、魔石に溜め込んでいたのだろう。
「そうか、リリーシェさんは杖を使わず自身で魔力を練り上げるタイプだから……止める方法はないんですか?」
「術者が制御出来なくなれば魔法も崩壊する。まぁ殺すか気絶させるのが手っ取り早いな」
「よし、僕が止めてきます!!」
ノブヤはそう言うと、戦いに加わるべく“身体強化”を発動させた。
「あっ」
自分で気付いて短く声を上げるも時に既に遅し。緑の光に一瞬で魔力を吸い上げられたノブヤは、そのまま前のめりに倒れこんだ。
「お前さぁ……」
「す、すみません。つい癖で……ぐぉぉぉ」
初めて経験する魔力欠乏の苦しみに呻くノブヤを呆れて見ていると、突如前方が騒がしくなる。何事かと顔を上げると、リリーシェを抱えたソフィアがクマ男の猛攻から必死で逃げていた。
「油断したわね魔族。グリム、頼んだわよ!!」
魔法使いのサポートをしながら決死の様相でそう叫ぶエルフ。そうか、“獣化”はリミッター解除に魔力を使うため変化してしまえば影響を受けないのか。
「レイクルさん……早く助けないと……ソフィアちゃん達が!!」
地面を這いながらノブヤが非難するような視線を俺に向ける。しかし助けはしない。何故ならこの状況、ソフィア1人で終わらせる事ができると確信しているからだ。
「ノブヤ、龍族なめんなよ」
俺はノブヤにそう言い放つと、両手を広げてソフィアの元へと歩く。
「ソフィアーーー!!!」
「兄さま!!!」
険しい表情で逃げ回っていたソフィアは俺に気付くと顔を明るくして背負っているリリーシェをこちらへ投げ飛ばした。
「グォアア!!!」
その隙に追いついたクマ男がソフィア目掛けてハンマーを振り下ろす。しかしそれは地面に接する事はなく、ガキィィィン!という金属質な音を響かせ宙へ舞う。何事かと顔を上げるクマ男。視線の先には、翡翠のオーラを纏い、同じ色をした2対の角を顕現させた小さき龍が立っていた。
(全力で薙ぎ倒せ、魔力は使うなよ)
(はい、分かってます!!)
俺はソフィアへ念話を送ると、空中で回転して余計具合悪そうにしているリリーシェを抱えてノブヤの元へと足を進めた。
「ハァァァァァ!!!」
裂帛の掛け声とともにソフィアは正拳突きを繰り出す。咄嗟に腕を交差するクマ男だったが、体格差などお構いなしと言わんばかりの凄まじい一撃に思わず後ずさる。
その隙を逃さず、ソフィアは踏み出した足を軸に体を半回転させると、上半身に“龍気”を集中させ駄目押しとばかりに双掌打を叩き込んだ。
「グォアアア!!」
これには堪らず後ろへ吹き飛ぶクマ男。先程とは桁違いのパワーと存在感を放つ目の前相手。“獣化”して理性が吹き飛んだ今、彼の心は本能な恐怖に支配され、身を固めて攻撃に備えることしか出来なかった。
ソフィアは思い出していた。初めて戦った大型の魔物。自分の攻撃が全く通用しない相手。活路を開いたあの人の一撃。なかなか感覚が掴めず諦めかけていたが、リリーシェの無差別爆撃を耐えた今、残り僅かな“龍気”でやれる事はそれしか無かった。
(絶対に決めてみせる!!!)
心の中で覚悟を決め、ソフィアは“龍気”を下半身に集中させクマ男へ肉薄する。全てを拒絶するかのように腕を交差し体を丸めるクマ男の胴体目掛けて力を上半身に切り替え、それを叩きつけるイメージで拳の一撃。
先程以上の威力に大きく後ろに吹き飛ぶクマ男だが、それはただ腕を殴りつけただけであった。
(くっ、まだまだ!!)
もっとインパクトを遠く。“龍気”で地面を蹴り上げ、クマ男に追いつくと、自分の拳より更に奥に力を押し込むイメージで正拳突きを繰り出す。すると今度は吹き飛ぶ事はなく、翡翠の光が交差したクマ男の腕の奥で炸裂する。
「ガァァァァアア!!!」
内部から発生した予想外の衝撃に悲鳴を上げてガードを崩すクマ男。祠で見たジェネラルグリズリーの最期と完全に重なったその姿、もうソフィアに迷いは無かった。
素早く足を踏み替え腰を落とし、ガラ空きになったクマ男の胴体を突く。
「これで!!!」
自分の拳より一歩先へ、インパクトの瞬間に上半身の“龍気”を一気に叩き込む。すると次の瞬間、クマ男の体内から翡翠の光が弾ける。
「ぐ……が……」
巨大な獣の戦士はくぐもった声を上げてよろよろと後ろに下がると、ついに白目を剥いて地面に倒れた。
実質最後の戦力が倒され、エルフと魔法使いは絶望していた。青髪の男が現れた時点でリーダーが倒された事は悟った。しかし自分達にはこの魔法がある。魔力の使えない魔族なんてグリムの敵じゃない。そう思っていた。
「いや……いや……ぐはぁっ」
その声にハッと気付き隣を見ると、お腹を押さえて倒れ込むマルムとそれを見下ろす翡翠の角を輝かせる少女が立っていた。
その光は、力は何なの。魔法は使えないはずなのに。そう口に出そうとした時、昔母が語ってくれた昔話が脳裏をよぎる。
『空の民は導く緑。大地の民は母なる黒。海の民は命の青。神の力を授かる3種の龍は、混沌を鎮める世界の光……』
「貴方まさか、天龍族……」
純白の魔法陣が崩壊し光の破片が舞降る中、エルフの意識は視界いっぱいに翡翠の光が広がったところで途切れた。
いよいよレイクル達が世界へ飛び出します!!




