10話 迷宮の真実
待たせたな!
「………トート?」
「ん、久しぶり……待ってたよ?」
6年ぶりに再会した俺の師匠は、相変わらずの口調でそう言った。側から見たら無表情に見えるだろうが、俺から見れば嬉しそうにしているのが分かる。
「あ、兄様?この人は一体……」
「彼女は魔法神トート。俺の魔法の師匠だ」
俺がそう紹介すると、ソフィアは口を開けて固まってしまった。まさか師匠で神様な存在を紹介されるとは思っていなかったのだろう。
「あ、あのあの、わ、私はそ、ソフィアと言います!天龍族で、あに……レイクルさんと旅をしています」
「貴方の事は知っている……私達は常に地上を見守っているから……彼とこれからもよろしくね?」
ガッチガチに緊張しているソフィアと挨拶を交わすと、トートは俺の方を向いて口を開いた。
「普通は……特殊な触媒や……大量の魔力がないと……下界に降りてこられないけれど……貴方のこの力を借りて……今こうして話している……勝手に借りて……ごめんね?」
「いや、時間が経てば元に戻るし構わないよ。それよりわざわざ来たって事は何か伝えたい事でもあるのか?」
俺がそう聞くとトートはゆっくりと頷く。
「この子を……旅に連れて行って欲しい……彼女は魔法を誰よりも使いこなし……そして……愛していたの」
そう言うとトートは水晶を見つめながら、この子の事や封印された経緯について話し始めた。纏めると次のようだ。
この女の子の名前はリリーシェ・ブラッドアインス。種族は吸血鬼の中でも最上位種の真祖ヴァンパイアで、1000年前にここへ封印された。
吸血鬼は皆高い魔法能力を持つが、彼女は幼少の頃からずば抜けており、すぐに当時の吸血鬼固有の魔法や魔族に伝わる魔法を使えるようになった。
周囲の魔族はその卓越した才能を褒め称え、彼女を次期魔王として期待したが、ただ知識のみを欲していた彼女は魔国領を飛び出し、エルフの元へ向かったが拒絶され、人間国へと向かった。
しかし、当時の人間族は魔法についての研究が進んでおらず、なんとなく使える凄い力程度の認識しか持っていなかったため、ほとんどの者は彼女の力を恐れるか、自分達のモノにしようと近寄ってくるかのどちらかばかりであった。
霊峰を挟んでほとんど人間族と交流を持たなかった魔族である彼女はそれを知らず旅を続けたが、人の悪意、敵意に晒され続けた心は次第に歪み、疲弊し、いつしか人間を対象に魔法実験を行い自身の力を高めようとするようになっていった。
力を高めるという妄執に取り憑かれ暴走を始めた彼女は、逃げる者立ち向かう者全てを蹂躙し、そしてついに龍神によって封印された。という事らしい。
「誰もが彼女の力のみを評価した……けど理解はしなかった……いや出来なかった……彼女は生まれる時代を間違えたの……それを私も龍神も惜しいと判断し……消滅ではなく封印した」
「ひっぐ、えっぐっ……ずっと誰にも理解ざれず、ぞんな終わり方なんで可哀想過ぎでずよぉぉ」
「なるほどねぇ。ならこの迷宮は封印のために龍神が造ったのか?」
封印されたエピソードに号泣しているソフィアを横に、俺はこの迷宮について質問する。
「彼女の体を借りた私と龍神で造った……彼女の力を完全に封じるのではなく……迷宮へ転用する事によって封印の負荷を減らす術式になっている……最初は小さい迷宮だったけれど……彼女や周囲の魔力を取り込んでどんどん成長していった……上の3層はカモフラージュ……こんな場所にできる迷宮にしては不自然なほど強大だから……でも……彼女の封印を解くか……最下層の魔物を倒せば……本来の姿に戻る」
最下層の魔物って魔皇獅子だよな?倒しちゃったけど、上の方は大丈夫だろうか?
「では最後の質問だ。本来の姿に戻ると言ったが、一体何層あるんだ?それに3層にあった“龍気"の魔道装置は一体?」
あの魔導装置はずっと気になっていたし、ソフィアがぶっ壊したせいで自力で地上に出るしかなさそうだからな。これは聞いておきたい。
「彼女の封印を解くのは……ここへ来る力があるだけでは不十分と私達は考えた……彼女と共に歩み、正しく導く存在が必要……そしてその頃は丁度龍神が後継者を選ぶ為に旅立つ時期だった……だから……彼女は後継者に任せようという事で……あの装置が設置された……今の階層はおそらく100近くあると思う……装置は壊れちゃったみたいだし……帰りは自力で頑張って?」
oh、やはりしばらく地上は拝めそうにないな。そして龍神はこれも試練に組み込んだ訳か。聞こえはいいが絶対面倒だから押し付けただけだよな……。
俺が静かな怒りに燃えていると、トートの姿が薄くなり始めた。
「ん、そろそろ時間……力を貸してくれてありがとう……彼女の事をよろしく……そして残り4つの力……頑張って?」
そう言うとトートの姿が弾け、大量の光の粒子が俺に流れ込む。膨大な光の奔流が収まると、懐かしくも力強い感覚が確かに俺の中で脈動し、使用された分の魔力が急速に回復している。
「……ぐすっ……凄い話でしたね兄様」
「そうだな。じゃあ早速新しいお仲間に目覚めてもらうとするか……一応暴れられても困るから頭からゆっくり解除するぞ」
俺はソフィアにそう言うと封印解除を始める。これは祠のような高難易度の物ではなく、ただ封印者と外の魔力を結晶化させるタイプのようだ。
外部から蹴り砕いても解除は出来るが、中の人が大変な事になるのでゆっくり魔力を照射する。しばらくすると、まるで氷のように天辺から水晶が溶け、固結していた魔力が霧散し始めた。広がっていた銀髪が重力に従って垂れ下がっていき、人形のような美しい顔があらわになると、徐に瞼が開き赤茶色の瞳がこちらを向いた。
「……ぷはぁー!!私は目覚めたぞー!!!む?君達が私を起こしたのか。その気配、人間では無いな……アイツと同じ龍人か?まぁ良い、ここまで来るとはやるじゃないか。ささっ!残りの結晶も解いておくれ」
見た目からは想像もつかないフランクさで話し始めた彼女に思わず固まる俺達。
「……リリーシェだよな?」
「いかにも!私はリリーシェ・ブラッドアインス。ブラッドの名を冠し、祖に連なる高貴なる血族であるぞ!私を知っているという事は私の偉大さも十分知っているのであろう?なら共に行こうではないか!まだ見ぬ魔導を求めて!」
……どうやら本人で間違いないようだ。首だけ解放され、芸術的なミノムシのような姿で早く出せー!と騒いでいるリリーシェ。先程のシリアスが台無しである。敵意はなさそうなのでさっさと解放しようと思っていると、今まで黙っていたソフィアが顔を俯かせてフラフラと彼女の方へ歩いて行った。
「全く、大体何故私が封印されなければならないのだ。悪いのは全部人間の方じゃないか。ちょ〜と力加減を誤って街を5つか6つ吹き飛ばしただけでこの仕打ち……ん、なんだお前?」
「私の……」
全く反省しておらず、遂には封印された事を愚痴り始めたリリーシェの背後へ辿り着いたソフィアは何かブツブツ呟きながら徐に“龍気"を纏った。
「私の?……というか何故そんなに脚に力を溜めているんだ?」
「私のぉ……」
「まさかその脚で私を蹴り飛ばすつもりじゃないよな?な?私は何もしていないぞ!……まさか身動きの取れない幼気な少女にそんな事しな……待て!ちょっと待って!謝るから!何かしたなら謝るからぁ!」
「私の感動を返せぇぇぇぇぇ!!!」
「なんの事じゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俯いていた顔を上げたソフィアはそう叫びながらリリーシェの腰辺りに渾身の回し蹴りを叩き込んだ。どうやら涙を流した奴がこんなのだとは思わなかったらしくブチ切れたようだ。
目覚めていきなり身に覚えの無い罵倒を受けた芸術的なミノムシは、その背面に蜘蛛の巣状のヒビを入れ、心からのツッコミを叫びながら凄まじいスピードで入り口へ吹き飛んでいった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
悲鳴を上げながら空を飛ぶミノムシは激しい衝突音を立てながら扉へ着弾したが、同時に奥から聞き覚えの無い男の悲鳴も聞こえてきた。
ーーーーーー
「うわぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
猪のような魔物の突進により階段へ投げ出された僕は、収納術により取り出した別のタワーシールドの上に乗り、凄まじいスピードで階段を滑り降りていった。
すぐ下の階層に続いていると思われた階段だったが、螺旋を描きながら地中奥深くへ続いているらしく終わりが見え無い。更に少し経つと、僕が通過した後を追うように階段が消滅し始めた。
前方にいる小型の魔物を構えていた盾で吹き飛ばしながら恐怖に耐えていると、突然階段が終わり、地面に投げ出された。
「ぐふぅ……はぁ、一体どこまで来てしまったんだ?」
すっかり腰が抜けてしまったがなんとかして立ち上がり周囲を見渡すと、そこは黒い岩を掘り抜いたような空間だった。
「うわぁ!……ん?焦げてる。死んでいるのか」
何故か灯されている松明を壁から取り、恐る恐る石畳の地面を進むと、目の前に巨大な獅子が現れた。心臓が止まりそうになったがよく見てみると炭化しているようで既に死んでいた。
「あんなのが炭化するなんて何が起こったんだ?もしかしてさっきの地震に関係あるのかな……」
不気味な空間を泣きそうになりながら更に進むと、場違いな白い扉の前にたどり着いた。
「……扉?待てよ、この展開はどこかで…そうだ、召喚される前よく読んでいた小説に……」
そう、集団で行動している中アクシデントで一人はぐれ、強大な力を手れたり、美少女と出会う。僕が読み漁っていた小説に書いていた展開にそっくりだ。そんな事現実であるわけ無いと思っていたが、現にこんなファンタジー世界に飛ばされている以上一度浮かんだこの考えはなかなか頭から離れなかった。
いやいやそんな事は無いと改めて自分に言い聞かせながらも、僕は微かな期待を抑えられず思い切って扉を開け放った。
そこは殺風景な白い空間だった。突然視界に飛び込む眩しい光に目を細めていると奥の方から人の叫び声と共に銀色の塊が此方へ向かって迫ってきた。
「うわぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
それが首から下を水晶に覆われた人だと気付いた時には既に遅く、回避不能な距離まで迫ったソレに対して、僕は盾を構えて叫ぶ事しか出来なかった。




