2話 精霊のきまぐれ
「おお、成功したぞ!!」
「流石姫様だ!!」
「や、やりましたわ!!」
周囲から聞こえる声で僕の意識が覚醒した。
「う、うん……あれ……?」
フラフラと体を起こすと、支えている手からひんやりとした冷たさが伝わって来る。
これは……石?よく見ると奇妙な模様が書かれている。どういうことなんだ?さっきまで学校祭の準備で教室に居たのに。
少し遅れて、倒れていた他の人達も次々と僕と同じような事を言いながら目覚め始めた。数えると11人、これはさっきまで同じ教室にいたメンバーだ。
「みんな!怪我はないか⁉︎」
ほとんどの人が混乱している中、そんな声を上げたのは三井勇輝君だ。非常事態下で素早く安否確認を行えるのは流石生徒会長と言ったところか。
その声で意識をはっきりさせたみんなは、それぞれ大丈夫と意思表示していた。
「あ、あの!勇者様方でいらっしゃいますか⁉︎」
突如、僕達のクラスでは聞いた事のない声が下の方から聞こえてきた。みんなが声のする方へ顔を向けると、ドレスを着て銀のティアラを付けた金髪碧眼の美少女とローブを着た集団や鎧で武装した騎士達が僕達を見上げていた。どうやら僕達は巨大な石台の上にいるらしい。
突如広がった非日常的な光景。お姫様っぽい人に勇者と呼ばれる。
運動が苦手で、その手の小説やアニメをよく嗜んでいる僕や他数人が、何が起きているのか薄っすら勘づき始めた時、下にいる美少女がさらに言葉を続けた。
「お願いします勇者様方!魔王を倒して下さい!!」
やっぱり……僕達は異世界に召喚されたらしい
ーーーーーー
貴族の馬車をスタイリッシュに脱出させてあげた後、ソフィアを狙って襲ってきた生き残りの賊をボコボコにし、俺達は今、左右を森に囲まれ、真っ直ぐ伸びた街道を歩いていた。
「兄様、さっき新技を見せるといいましたけど、標的という魔法の事ですか?」
ソフィアが吹き飛んで行った馬車より技についての説明を求めてくる。龍人族は基本的なモラルは備わっているが、あまり多種族に関心を持たないのだ。
「詳しく言うと、標的という魔法とそれの活用例だな。あれは聖属性の魔力を使うんだが、特性は訓練で教えたよな?」
「はい!聖属性はアンデッドや呪いに効果的で、他の魔力、魔法との親和性も高い。しかし闇属性とは反発し合う。ですよね!」
「そうだ。雷や回復など、それ単体での聖属性魔法もあるが、他の属性魔法と合わせて使うのも割とポピュラーな方法だ。親和性が高いという事は他の魔力の邪魔をしないんだ。火の魔法に水の魔法をぶつけると消えるだろ?聖属性には闇属性以外そういう事がない。上手く混ざり合って属性魔法に聖属性の性質を持たせる事が出来るんだ」
「ふむふむ。つまり標的と言うのは、その性質を利用した魔法を誘導するための魔法って事ですか?でもあんまり使い道が無さそうですね、普通に魔法をぶつければいいじゃないですか」
「理解が早いなぁソフィは。確かにあまり実用的じゃないんだ。同時に2つの魔力を操作すると言う難易度の高さの割に、動き回る味方に補助魔法を掛けたり、攻撃魔法を追尾させて当てたりするくらいだからな。どっちも味方とちゃんと連携すれば追尾させる必要ないし。だが俺は最後に何をしたか覚えているか?」
「何って、“龍気"を馬に……あっ!」
「そう、この魔法は魔法に対してはイマイチだが、自分に纏ったり目の前に放出する事しか出来ない“龍気"を遠くに飛ばせる事が出来るんだ。一回使っちゃうと標的も反応して消えるけどな」
「これは……兄様!凄い!凄いですよ!戦いの幅が広がりますね!!」
「さっきも言ったが、魔力操作が上手くならないと使えないからな」
「はい!私、頑張ります!!」
既に自分で幾つかの使い道を思いついたのだろう、ソフィアの顔にはやる気が満ち溢れていた。ソフィアは頭が良い。訓練の時から感じていたが、色々な事をすぐ吸収してしまう。
「そういえば、さっきはそれ見せるために馬車を吹き飛ばしたのですか?」
多種族に関心が薄いと言ってもやはりそこは気になるソフィア。
「いや、馬が進行方向を向いていたから吹き飛ばしたけど、そうじゃなかったら盗賊に同じ事をやって吹き飛ばすつもりだったぞ。貴族じゃなかったら普通に助けたけどな」
「貴族だったから、あんな助け方をしたのですか??」
「あぁ、貴族ってのは面倒な生き物でな。あんまり関わりたくないんだ。だからと言って見殺しにするのも良くないし吹き飛ばしてみました。ソフィも貴族には気を付けるんだぞ」
「……良くわかりませんけど、面倒なので関わらないようにすれば良いのですね」
いまいちよく分かっていなさそうなので、ついでに人間界の身分制度や一般常識などを教えてあげた。
「なるほど、人間で一番偉いのが王様と言う人で、その下に貴族、平民がいる。王様含め貴族と言うのは見栄っ張りで傲慢な人が多いから関わりたくない。という事なんですね」
「まぁそんなところだな、有能な奴を自分の手元に置こうと色々やって来る奴もいたりするから、関わると目的の邪魔になる可能性が高い。俺たちは出世しに来たんじゃないしな」
まぁ、勇者時代にあまりいい思い出がなかったってのもあるけど。
「だから、まずは冒険者と言うものになって私たちの地位を固める。と」
「そういう事だな。冒険者ギルドは国とは独立した組織だからな、活躍すればある程度の事からは守ってくれるさ……っと話してたら見えてきたぞ」
2人で話しながら歩いていると目的地が見えてきた。巨大な外壁に囲まれた人間界最北端の街、ノーフィスだ。
「ふわぁ……凄い高い壁ですね〜ってあれ?」
ソフィアが何かに気付いたので、その視線を追ってみると、街道を逸れたところに車輪だったであろう木片をあちこちに散らかし、地面に線を引いてボロボロになっている高級そうな箱が転がっていた。
「兄様……」
「うん、無事に辿り着いたようだな」
「無事とは一体……」
2人の間に微妙な空気が流れる中、とうとう門の前まで辿り着いた。俺たちを確認すると控え場所から衛兵が出てくる。ここ北門は定期的に魔国領へ向かう商人か旅人しか来ないため人通りは少ない。
衛兵は視線をソフィアに移すと目を丸くしていた。
「……見かけない姿だな、何処から来た」
「霊峰から来た、天龍族だ」
「天⁉︎……初めて見た。す、すまん。で、ここへの目的は?」
「冒険者になりに来た」
「冒険者志望か。身分証は……ないか。1週間の仮身分証を発行するから1人銀貨1枚だ」
俺は袋から銀貨2枚を取り出し衛兵に渡す。旅立つ前にオババから銀貨6枚と金貨5枚を貰っている。なんでも昔人里に降りた時に手に入れたものらしい。
ちなみにこの世界の貨幣は日本円換算すると
鉄貨=10円
銅貨=100円
銀貨=1000円
金貨=10000円
大金貨=100000円
白金貨=1000000円
となっている。
「……確かに受け取った。1週間以内にちゃんと冒険者登録するんだぞ。ところで、少し前にここの領主様とその娘様が乗った馬車が御者かいない状態で馬と共に吹き飛んで来たんだが何か知らないか?」
「知らないな」
俺は普通に答える。
「そうか……お二人にもお付きにも話を聞いてみたんだが、盗賊に襲われた。御者も護衛も全滅してもうだめだと思ったら、突然馬が緑色に光って物凄い勢いで走り出したって言っててな……街道から来た君達も知らないか。やっぱり風の精霊の気紛れなのかねぇ」
「ソ、ソンナフシギナコトモアルンデスネー」
ソフィアさん、棒読みである。
「全くだよ……あぁ、引き留めて済まなかったな。ようこそ、ノーフィスへ」
風の精霊ではないが気紛れに領主を吹き飛ばした俺達は、ついに人の街へと足を踏み入れた。