1話 馬車は加速するもの
ロッソが目覚めて2日経った朝。俺とソフィアはロッソ達やその両親、オババ、巫女様に見送られ村を出た。まず目指すのは山の麓に隣接する人間の国、アレウス王国だ。雲海を抜け、足場の悪い山道を2人並んで難なく進む。
「俺一人で旅立つ予定だったが、まさかソフィアも付いてくるとはな〜」
「ふふふ、兄様がいなくなると聞いた時は目の前が真っ暗になりましたが、神託のおかげですね!」
「神託ねぇ……というか、お前が巫女かぁ」
「む、私じゃ不満なんですか兄様!巫女として誰よりも強く、正しく な乙女をめざすのですよ!」
「正しくは兎も角、物理的に世界最強の巫女を目指すんですかい」
むおぉ!と隣で拳を空に突き上げているソフィアを横目に見ながら、俺はこんな残念巫女が誕生してしまった2日前を思い出していた。
ーーーーーー
洞窟から村に帰ると、入り口近くで待っていたアーニアに呼ばれてオババの家に連れて行かれた。そこにはオババ、巫女様と俺たちの母親がいて、俺もソフィアもエルネスもそれぞれの母親に散々説教を食らってしまった。
ロッソは奥の部屋に寝ているらしく、俺たちは説教から解放されると、村を出てから今までの経緯を説明した。当然ジェネラルグリズリーとの戦闘や俺が剣を引き抜いたところを質問攻めされたが、父さんが来てから全てを話すと言うととりあえず落ち着いてくれた。
オババにお茶を出してもらって休んでいると、父さんがやって来た。改めてみんなを先程の部屋に集めてもらって、俺は遂に真実を口にした。
自分は龍神の後継者であり、神界で様々な神様にあらゆる知識、武術を学んだこと。先代に代わり、異界の存在や様々な脅威からこの世界を守るために生まれてきたこと。あの神託は、龍神が旅に出る俺に宛てたメッセージだという事。
最初はみんな何言ってんだコイツ?見たいな顔をしていたが、俺が真面目な顔で話しているので次々と質問してきた。
「……という事は、レイちゃんは……その、旅?に出るために今まで訓練していたのね」
「そうだよ母さん。神界で鍛えた力に生まれたばかりの身体は耐えられなくてね。魔法神が世界をちゃんと巡るようにってこの世界の5箇所に力を分散させたんだ。幸い知識はそのまま持ってこれたから、それを頼りに少しでも力を取り戻すため訓練していたんだ」
「レイクルや、あの氷は一体なんなのじゃ?」
「あぁ、あれは封印術の1つで時間氷結って言うんだ。氷に閉じ込めた対象とその氷ごと時間を止める保存用の封印だね。殴ったって溶かそうとしたって、時間が止まっているんだから意味ないよ。解除にはかなりの“龍気"を使うから、ある程度力が付くまで待っていたんだ。オババは知らなかったの?」
「ふぅむ……あのお方はちょくちょく此処に降りて来て下さったんだが、そういうことは何一つ教えて下さらないし、戻るところは誰にも見せてくれなんだ。これで長年の疑問が解けたよ、ありがとうレイクルや」
他にも番人の事や、他の魔物について色々質疑応答をしていた時、突然オババの隣で話を聞いていた巫女様が直立不動で固まった。雰囲気の変わった巫女様にみんなの視線が集まると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「たった今、神託が降りました」
突然の神託に質問どころではなくみんな騒然
とするが、オババの一言で静まると続きを待つ。
「人間の国にて異界より12の存在現れる。彼らn「彼らの行動に目を光らせよって何ですかさっきの声?」……⁉︎」
突如神託の内容を話したソフィアにみんなの視線が集まる。首を傾げているソフィアに巫女様がワナワナと震えながら言葉を発する。
「あ、貴方……神託が聞こえたのですか!?」
「突然頭の中に声が響いて来たんですけれど、これが神託なのですかね?」
「そうです!そして龍神様の声を聞き取れることこそが巫女としての素質……あぁ、龍神様の後継者と同年代に巫女が現れる…オババ様、これは……」
「偶然かもしれんが、何かの因果を感じられずにはおれんのぅ……ふむ、ソフィアよ。其方もレイクルと一緒に旅をしてはどうかのぅ?」
「私が兄様と……旅!?い、行ってもよろしいのですか!!」
「うむ、レイクルも神託を聞ける存在が近くにおった方が動きやすいじゃろうし、他の巫女に一度は会ってみなさい」
「……お、お父さん!お母さん!ーーーーー」
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「はぁ……こうして残念巫女様が仲間になりましたとさ」
「兄様?何ブツブツ喋っているんですか?」
「いや、怒涛の2日間だったなぁって」
「そうですね!私が巫女に選ばれてから、親を説得したり、巫女様に巫女の心構えを教えてもらったり、旅の準備をしたりと大変でした」
「……その心構えって巫女様直伝なのかよ」
「はい!『巫女たる者、常に清く、正しくあれ。その為に、何人たりにも侵されぬ力を身につけるべし』だそうです!頑張りなさいってこの服もくれたんですよ」
そう言って平らな大岩に飛び乗ってくるりと一回転するソフィアは、上は日本で見たような巫女服、下はスパッツとミニスカートの様なものを履き、畳んだ妖精の羽の様な腰布を巻いた可愛らしい服装に身を包んでいた。色は青を基調としており、先端に向かうにつれ徐々に淡くなっていく様はまるで青空のよう。所々に走る翠色の紋様がとても幻想的だ。
「しっかし、綺麗な服だなぁ」
「兄様もそう思いますか⁉︎私も初めて着せてもらった時はとても綺麗で思わずはしゃいじゃいました!何でも天龍族の戦闘巫女装束というやつらしくて、確か〜えんしぇんとどらごん?とかいう羽の生えた大きなトカゲの翼膜という部位で作ったらしいですよ。汚れたりは一切せず、着ると身体がとても軽くなるのです!」
そう言って楽しそうに笑うソフィア。そう言えば、昔暴走したエンシェントドラゴンを天龍族総出で討伐したとかっていう話をオババから聞いたっけ。一応この世界最強クラスの竜を倒せるとは流石チート種族である。
“龍気"がまともに通用する相手には敵なしかもしれない。
「ドラゴンの服って……あれ、そう言えばその籠手と足具はジェネラルグリズリーの」
「はい!お父さんが、私達が倒した熊さんの腕の棘を加工して作ってくれたのですよ!」
俺に見せるように腕を捲って来たソフィアの手には、青い薔薇の棘が絡みつくような籠手が装着されていた。
「ソフィの父さん器用だからなぁ……俺の父さんなんて素材の塊渡そうとして来たから断ったよ」
「ふふふ……兄様のお父様らしいですね!ですが兄様の装備は?」
「ん?ほら、見るからにヤバそうなこの剣もあるし、防具は……当たらなければどうというk「ちゃんと買ってくださいね!」ハイ」
賑やかに会話しながら時々襲ってくる魔物を粉砕し、俺たちはかなりのペースで下山していく。
日が真上に登る頃、ついに山の麓に到着した。森林の間を歩いて街道に出ると、少し先の方から剣戟の音が聞こえてきた。何事かと思い道を進むと、すでに剣戟は止んでいて、一台の馬車が粗雑な服装の集団に囲まれていた。俺達は側の茂みに隠れて様子を伺う。
「兄様、あれは?」
「あぁ、あれは盗賊だな。ああやって集団で馬車や旅人を襲撃する奴らだ。あの馬車は貴族っぽいな……あらら、御者も護衛も全滅してる」
「助けた方が良いんじゃないですか?」
「うーん、そこに居られると俺たちの進路の邪魔だしなぁ……あれ、馬がちゃんと道の方を向いている……よし!ソフィ、お前に新しい技を見せてやる」
そうソフィアに言うと、俺はノリノリで右手に聖属性の魔力を纏わせる。一応何をしているか喋りながらやろう。
「標的」
纏わせた魔力を糸状に伸ばし馬に貼り付けると馬が薄っすらと光を纏った。日中だし、先頭にいるボスっぽい盗賊が馬車に向かって何か話しているが全く気付いていない。
「そして、反対の手に纏った風の魔力をそれに流すと」
風の魔力が糸状に伸びた聖属性の魔力を伝って馬に蓄積されていく。今度は馬が薄緑の光を発し始める。馬車の扉を開けようとするのに夢中な下っ端ぽい奴は気付いていないが、先頭にいる集団はやっと異変に気付く。
「お、お頭。なんか馬が緑色に光ってませんかい?」
「あぁん?……本当だ。何だこの馬」
「もしかして珍しい馬なのかもしれやせんぜ?高く売れるかも」
が、勘違いして盛り上がっている。
「で、最後に“龍気"を流すと〜?」
そんなことは気にせず、俺は右手に“龍気"を送り込み魔力の糸に流し込む。超反応した聖属性の魔力が導火線よろしく発光しながら一瞬で馬に向かっていき、馬に到達した瞬間。
「ヒ、ヒヒヒ〜ン!!!!」
「うわっ!な、何だ!ぎゃああああああ!」
馬が爆風を発生させ、凄まじい勢いで走り出した。突然加速した馬車に、扉に取り付いていた奴らは振り落とされ、前にいた集団はボーリングのピンのように弾き飛ばされる。
馬車は一瞬で包囲を突破し、街道の遥か先へ消えていった。
「よし、行くか!」
「な、な、何したんですか兄様ー!!」
突然の出来事に呆然としていたり、馬車に轢かれて虫の息な盗賊達を横目に、茂みから出た俺とソフィアはまたワイワイ騒ぎながら馬車が飛んで行った方へ歩き出した。