8話 思いと真実
そこから村に帰るまでのことはよく覚えていないが、村に着いた時の衝撃は覚えている。
ソフィアがレイクルに訓練を頼んだんだ。しかも自慢する奴は嫌いと言い放った。今までの行動がよく思われていなかった事にすごいショックを受けた。悪い事って重なるんだな、もう泣きそうだった。
さらに他の奴らもレイクルに訓練を頼んでいた。俺も誘われたが、あいつらを見ていると、俺なんか必要ないと思われている気がしてきて、つい断わっちまった。「大丈夫。俺は俺のやり方で強くなる」と。意気消沈している時に誘われて咄嗟に強がってしまったが、話している途中でふと思った。
"レイクルの訓練を受けたあいつらより一人で訓練した俺の方が強くなったら、そして剣を取ってきたら、昔みたいにアーニアもエルネスもレイクルより俺を見てくれるんじゃないか?そしてソフィアも……"
一度浮かんだその考えはなかなか魅力的で捨てる事はできなかった。早速計画を練るため、適当に会話をはぐらかして俺は家に帰った。
俺の計画は狩りで強くなる、少しずつ祠へ行くための情報を集める。狩りの後にあいつらに会って相手の進歩を確認する、この3つだ。最終目標はもちろん、剣を取ってくる事。ソフィアや他のみんなが振り向いてくれる未来を想像して、俺は強く拳を握った。
次の日から早速俺は計画を開始した。親父にくっ付いて毎日狩りや採取に明け暮れた。特に採取の時は、ヘンプキンや果物を採りいくついでに祠への道を少しずつ確認していった。狩りは厳しく、なかなか獲物を狙った形で仕留められなくてイライラした。大人達が風の魔力を増幅 させて弓を飛ばすという変わった事をしていた。話を聞くと、レイクルが考えたやり方のようだ。絶対に使うもんか。狩りを終えるとあいつらに会いに行った。ソフィアは相変わらず優しくて、日中のイライラなんて吹き飛んじまった。
そして3年が過ぎた。体も親父と同じくらいデカくなったし狩りの腕も上がった。祠へ行った大人に話を聞いて準備も万端だ。番人と戦った人は見つからなかったので詳しい事は分からないが見た人は多くて、なんでも灰色の熊らしい。もう熊くらい素手で倒せるし問題ないだろう。剣を取ってきてみんなを驚かせてやるぜ。
俺はいつも通り狩りをして晩飯を食べた後、村が静まる頃を見計らって部屋から出た。鉈もちゃんと研いだし、矢だってたくさん用意した。準備は万全だ。月明かりが照らす中、村から出て慣れた道を進んで難なく洞窟の前に辿り着いた。ここからは魔物が出てくる、3年かけて調べた結果、出てくる魔物は狼系の大した事のない奴らばっかりだが油断はいけない。気を引き締めていこう。
襲いかかってくる魔物を“龍気"を纏って鉈で、弓矢で難なく倒していく。狩りで鍛えた自分の強さに気分が高揚していく。剣なんて余裕で取ってこれる。そう思っていた、アイツに遭遇するまでは。
洞窟を進んでいると少し広い場所に出た。流石に走りっぱなしで疲れたので休もうとしたその時、俺が来た方から灰色の熊が現れた。おそらく倒した魔物の血の匂いに寄ってきたのだろう。こいつが番人か……そう思って“龍気"を纏い弓を番えた瞬間。洞窟全体が揺れる程凄まじい咆哮と共に、灰色の身体が一瞬で黒くなって目が紅くなりやがった。その迫力にビビった俺は慌てて矢を放つが毛皮に弾かれる。
半ばパニックになりながら弓を続けて放つが結果は同じ。煩わしそうに身体を振るった直後、矢を弾きながら凄い形相でアイツが突進して来る。駄目だ、足が……動かねぇ。呆然と立ち竦んでいると、ついにアイツに吹き飛ばされた。一瞬の浮遊感の後、背中に凄まじい衝撃が走る。壁に叩きつけられたようだ。
吹き飛ばされる前に“龍気"が尽きてモロに食らっちまった。肺の中の空気が全て吐き出され、意識が朦朧としてきた。
チクショウ……なんだよそれ……。
歪む視界の先にアーニアの姿が見えた。どうやら幻覚まで見え始めたらしい。もう何も考えられない。俺はここで死ぬんだなぁと、どこか他人事のように思いながら、俺の視界は真っ暗になった。
ーーーーーーー
「ぐっ……うぅ……」
「ロッソ!!」
「ここは……あれ?アーニア……?」
「ここは……?じゃないわよ!心配したんだからね!この、この馬鹿ぁ!うわぁぁぁぁぁん!」
時刻は早朝、ロッソがやっと目覚めた。場所はオババの家で、ここにはオババ、俺達、そしてその両親達が集まっている。今は付きっ切りで看病していたアーニアが目覚めたロッソに安心して泣き出してしまったところだ。
ロッソの両親も安心したようで母親も泣き出してしまった。
「おはよう馬鹿野郎」
「馬鹿ってなんだよレイクル……それより! 祠は⁉︎あの熊は!」
「はぁ……俺たちで倒したぞ。お前がいなくなってすぐ、お前の親父さんが気付いてみんなで探したんだ。まぁ俺らは勝手に出てったんだがな、そのお陰でお前は助かったって訳だ。もう少し遅かったら喰われてたぞ」
「そうか……俺は負けたのか」
「負けた?」
俺が聞き返すと、ロッソはみんなに祠へ行った理由を昔からの思いと合わせて話し始めた。
「みんなに……頼りにされたくて……だから……剣を取ってきたら……昔みたいにまた頼りにされると思って……そしたら死にかけて……みんなに迷惑かけて……俺は……俺って奴は……うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
独白の途中でやっと事態を受け止めたのだろう。ロッソは話し終わると堰を切ったように泣き始めた。大男の号泣している姿はなかなかシュールだが、過酷な環境で育ち、精神的にいくらか強いと言っても心はまだ8歳なのだ。無理もないだろう。ソフィアは複雑な表情をしていたが、やがてロッソに歩み寄って手を取ると優しく微笑み口を開いた。
「私は一度もロッソのことを頼りないなんて思ったことはありません。兄様とは小さい時から一緒だったし、いつも私の面倒を見てくれて色々私に教えてくれたので尊敬しています。ですがロッソの事も、年上としていつもみんなの事を気にかけていて優しい人だなぁとずっと思っていました。貴方の思いには応えられませんけど、貴方の事を私達以上に心配して思っていた人は、ずっとすぐ側にいたんですよ?」
そう言ってソフィアは目の周りを赤くしているアーニアを見る。
「え、アーニア……?」
「ぐすっ……何よ!勝手に勘違いして、一人で悩んで暴走して死にかけて!挙げ句の果てに好きな子にフラれるとか馬鹿じゃないの⁉︎……私だって……ずっとアンタに見て欲しかったのに……気付いてくれなくて……辛くて……もう、もう!この鈍感馬鹿野郎!!」
アーニアはそう言って再び泣き始めてしまった。ロッソはようやく彼女の気持ちに気付いたのだ。8歳の男の子の青春はようやく1つの終わりを迎え、また新たな始まりを迎えた?のである。
やれやれと思いエルネスを見ると、笑いながら、原因は君じゃないかと言う目をしてきた。……アッハイ。この騒動を終わらせるため、そして新たな旅立ちを迎えるため、俺はロッソに話しかけた。
「おいロッソ」
「なんだよレイクル。まだ何か言いたいことでも……って⁉︎その剣!お前まさか……」
「あぁ、俺が取ってきた。そして何故俺がこれを取れたのか、それを説明する為にお前やみんなに隠していたことを話そうと思う」
「隠していたこと……?」
「あぁ、これはさっきみんなに話したがお前の為にもう一度話す。勝手な話だが、これを聞いて納得してくれるとありがたい」
そう言って俺は自分の事について語った。龍神の後継者だという事、神界で修行した後、異界の存在や様々な脅威からこの世界を守る為に生まれてきた事。あの神託は旅立つ前に先代の武器を持って行き、龍人族と協力しろという俺へのメッセージだったという事。
「……つまりお前は神様の後継者で、あの氷はお前以外どうやっても溶けなかったと?」
「あぁそうだ。あれは時間ごと凍らせる封印術なんだ。今はこの世界で俺しか解けない」
「なるほど……俺は中身神様の年下と張り合ってた訳だ。そりゃ敵うわけないわな」
「ロッソ……」
「安心しろ。お前の中身がなんだろうとお前はお前だ」
そう言ってロッソは笑うと、言葉を続けた。
「旅に出るって言ってたけど、一人で行くのか?」
「いや、最初はそのつもりだったんだが、ソフィアと行く事になった」
「……そっか。お前がそう言うんなら何か理由があるんだろうな……よし、俺は決めたぞ!龍人族と協力しろって言われてるんだよな?なら、お前がみんなに教えたような訓練を頑張ってもっと強くなる!いつになるか分からないけど、今度はお前と一緒に戦えるようになってやるぜ!神様と一緒に戦う男なんて歴史に残るかもな」
ソフィアへの気持ちを整理しようとしているのだろう。少し間が空いた話し方だったが、ロッソは新しい生き方を楽しそうに俺に話してきた。
こうして天龍の村の騒動は幕を下ろした。
それぞれの新しい生き方を祝福するかのように、雲海から顔を出した太陽が暖かく室内を照らし始めた。
これでひとまず天龍の村編は終わりです!次からようやく冒険です!!