6話 龍神の祠
「ロッソがいなくなった」
「……詳しく聞かせて、父さん」
ロッソが何故?何処に?突然の出来事に衝撃を受けたが、状況を確認すべく頭を切り替える。俺が質問すると、父さんがロッソの父親に目配せして続きを促す。
「あぁ、息子とは今日も一緒に狩りをしてたんだ。少し遅くなったが一緒に家に帰って獲物を解体して家族で夕飯を食べた。ここまでは良いんだ。夕飯の後あいつは自分の部屋へ行ったのか居間から出て行った。それもいつもの事だから特に気にせず、俺はカミさんと雑談した後、明日の狩りの準備をして寝床に横になったんだ。もう寝るって時に解体に使った鉈を置きっぱなしにしてたのを思い出して取りに行こうとしたら、道具置き場にあいつの狩り道具が無かったんだ。俺が言えた事じゃないが、ちゃんと元の場所に戻せと注意しようとあいつの部屋に行ったら」
「……いなかった。と」
「そうなんだ……君達はロッソと一緒にいることが多かったからね、何か思い当たることはないかな?」
なるほど、狩り道具を持って行ったという事は何かを発見して追っかけて行ったのか、それとも何処かに行く用事があったのか。
「……ふぁ。夜に騒々しいですよオババ様……あれ、兄様?どうしてここへ?」
何かヒントはないかと今までのロッソの様子、言動を思い出そうとしていると俺の隣に住んでいるソフィアまで起きてきてしまった。……ん、ソフィア?
ソフィアの顔を見たら、ロッソが初めてこいつに出会った時の言葉を思い出した。
"俺が剣を取ってみんなを守ってやるよ"
それを皮切りに、俺の中でロッソの思い詰めたような表情、自分で修行すると言った3年前の行動の意味が全て繋がったような気がした。
「……多分祠だ」
「何⁉︎」
俺の呟きを父さんが聞き返し、周囲にざわめきが走る。すると今まで黙っていたオババが口を開いた。
「……理由を教えてもらえるかぇ?」
俺はロッソが初めてソフィアに会った時に言った言葉から始め、自分の考察をみんなに伝えた。
「……分かった、それが事実ならあの馬鹿は祠へ行った可能性が高いな、ありがとうレイクル君。君達はもう帰って良いよ、夜も遅いし。後は大人に任せて」
ロッソの父親はそう言うと俺とソフィアを家の外に案内して、また家の中へ入っていった。入り口の扉が閉まると、ソフィアが俺にどうしますか?と聞いてきた。答えはもちろん決まっている
「任せるわけないじゃないか」
俺はソフィアに、大人に見つからないようにアーニアを連れて村の入り口付近に集合するようにと伝えて、エルネスを迎えに行った。
迎えに行く前に俺の家から鉈と弓を回収し、まだ寝ぼけてるエルネスを連れ出し入り口へ向かう。もうすぐ大人達が捜索に出るので、なるべく素早く行動する。
入り口には既にアーニア達が待っていたので、合流して2人に事情を説明する。アーニアは取り乱しかけ、エルネスはフリーズしていたが、なんとか落ち着かせると、2人とも付いていくと言った。そうくると思い、アーニアに弓をエルネスに鉈を渡し、俺らは龍神の祠へと向かったのであった。
祠への道は3年前に父さんにそれとなく聞いて覚えていたので、俺が先導しながら進み、難なく大岩の広場まで到着。更に山脈中央への道に足を進めた。洞窟で何があるか分からないので“龍気"の使用は控えさせ、龍人族の身体能力にモノを言わせて獣道を疾走する。龍人族は夜目が利くので、月明かりがあれば十分道も見える。微かに聞こえる狼の遠吠えや魔物の唸り声を聞きながら道を進むと洞窟に向かうための分岐に到着した。
「この先から魔物に遭遇する可能性が高い。特に番人と呼ばれているここら辺を縄張りにしている魔物との遭遇、戦闘は避けられないかもしれない。だが俺たちは天龍族だ、ちょっとやそっとじゃやられたりしない。“龍気"だってある。今まで訓練してきた自分を信じて、みんなであの馬鹿を迎えに行こう‼︎」
3人とも夜の道の不気味さに気押されていたので俺がそう言って励ますと、不安な表情を引き締め、力強く返事をした。俺はその反応に満足すると、洞窟へと足を進めた。
魔物。それは動植物が魔力を過剰に取り込み突然変異した個体の総称である。一度変異した個体はそのまま繁殖し仲間を増やす。魔法を使ってきたり、外見が変形していたり、とにかく普通の生物より非常に強力な個体だ。
藪を掻き分けながら少し道を進むと、洞窟の入り口に到着した。入り口からは青白い光が漏れており、内部が明るいことを示唆している。全員、その幻想的な光景に一瞬呆然としてしまったが、お互いの顔を見合わせ頷くと、奥へ向けて歩き出すのであった。
洞窟の中は意外に広く一本道が続いていた。光源の正体は所々に生えている水晶だった。
道を進んでいると、切り裂かれたり矢で貫かれた魔物の死体が転々としていて、それを貪っていた狼の魔物がこちらに気付き襲ってきた。俺とエルネス、ソフィアとアーニアのペアに別れ、エルネスは鉈で、アーニアは弓で、俺とソフィアは素手で応戦する。
飛びかかってきた狼を半身で躱しつつ顎にアッパーを叩んで絶命させた後、周囲を見渡すと、みんな上手く“龍気"を使って立ち回っているようだ。
今回俺はロッソを助けた後封印解除を行うつもりなので、なるべく力の消費をしないようにしている。数分で戦闘を終えて、祠を目指す。
"ガアアァァァアァァア!!!!"
度々襲ってくる魔物を捌きながら進むと、突如先の方から咆哮が聞こえた。慌てて声の方へ駆け出すと、少し広い空間に出た。
そこには、ボロボロになって壁に力なくもたれ掛かっているロッソと
"グルルルルル…"
巨大な熊がいた。
「ロッソ!!」
アーニアが突然叫び、弓を放り出してロッソの元へ駆け出してしまった。
「アーニア!!……クソッ、みんな散開しろ!エルネス!その弓でアイツの注意を向けてくれ!早く!ソフィ!俺たちで前衛を務めるぞ!!」
巨大な全身を覆う鎧のような黒く分厚い毛皮。紅い瞳、籠手のような青い棘を生やした両腕。間違いない、あの熊は神界でトートに見せて貰った(戦わされた)ジェネラルグリズリーだ。
普段は灰色の熊なのだが、このような戦闘モードになると尋常じゃない魔法抵抗力を持ち、物理攻撃にも強くなる。倒すためには、奇襲か、一点集中で毛皮を貫通させるか、あるいは……
「アーニア!ロッソを回収してこの部屋から出ろ!エルネス、ソフィア!俺らで時間を稼ぐぞ!」
更に指示を出していると、エルネスが放った矢にジェネラルグリズリーが気付き突進してきた。素早く回避すると、近くにいたソフィアが擦れ違い様に“龍気"を纏った脚で横腹に一撃。
ガキィン!と言う毛皮を殴ったとは思えない硬質な音と共に反動でソフィアがノックバックする。
「⁉︎……硬いっ!ならこれは……!!」
着地と同時に翡翠色の“龍気"を全身に纏わせ、急接近。再び胴体を殴るが今度は一瞬拳が赤く発光した後、爆発が起こった。
グリズリーは近距離での爆発に少し怯んだが、怒りで牙を剥き出しにしながら腕を横薙ぎに振るい反撃する。振るわれた豪腕が、技の硬直で動けないソフィアを捉えんとするその時。俺がその間に素早く割り込み腕を殴りつけ、跳ね上げる。エルネスが弓で牽制しているうちに素早く2人で距離を取る。煩わしそう身じろぎしてエルネスを威嚇しているグリズリーの横腹は少し焦げているだけで、さほど効いていないようだ。
「はぁ⁉︎ 増幅 で殴ったのにほぼ無傷ですかぁ!なんなんですかあの熊さん!……兄様!どうしましょう?」
「落ち着け!俺に考えがある」
ロッソを抱えたアーニアが無事この広間から出て行くのを横目に、そう言って素早くソフィアに作戦を伝える。
「分かりました!任せてください!」
「しっかり頼むぞ、まだお前に見せてない技を使うから見ておけよ。エルネス!弓で牽制しつつ俺たちの後ろに来てくれ!」
「わ、分かった!」
エルネスを移動させつつジェネラルグリズリー、俺たち、エルネスの順で一直線に並ぶように配置を調整する。狙うのは……突進!
思惑通り、ジェネラルグリズリーが怒り狂って突進してくる。それを確認すると、俺とソフィアは行動を開始した。
「……ハァ!!!」
ソフィアが前に出て、“龍気"を纏った足で地面を踏みしめ、目の前の地面を爆散させる。突然の爆発に驚き、前足を突っ張って急ブレーキをかけるジェネラルグリズリーに踏み込んだ状態から隙のない体裁きで更に接近。そのまま下顎にサマーソルトを決める。
上向きの力を受け、大きく仰け反るように立ち上がり、装甲の薄い腹を見せるグリズリー。ソフィアと位置を入れ替えるように今度は俺が接近してその腹に拳を叩き込む。叩き込む瞬間に俺が拳に纏わせた“龍気"は、グリズリーの体内で炸裂し、黄金の衝撃波を発生させた。
内臓に衝撃を受けたグリズリーは血を吐きながら力なく後ずさり、灰色の毛皮に戻った。
「今だソフィ!」
「うおぉぉぉぉぉぉりゃあああああ!!!」
俺の肩を足場にして大きく跳躍したソフィアは裂帛した掛け声と共に空中で回転しながら
増幅 した踵落としをグリズリーの脳天に叩き込み、一際大きな爆発を発生させた。
爆炎が晴れた視界の先には、首を失った灰色の熊がうつ伏せで倒れていた。