5話 強くなるために
「遅いぞソフィ!」
「はぁ……はぁ……兄様が……速すぎるんですよ……というか……“龍気"を使ってるのに……なんでそんなに元気なんですか」
「鍛えてるからな。ほら、無駄口叩いてないで、あと村の周り2周したらほら穴の場所で基礎訓練だぞ」
「うひぃ……」
時刻は早朝、最初は俺だけだった訓練にソフィアが加わった。まだ“龍気"を瞬間的に展開することが出来ず、足に纏うことしかできないので消費が多くかなりへばっている。
初めての狩りから3年が経ち、目の前にいる6歳の妹は昔と変わらない真ん中分けショートヘアーに少し吊り上がった大きな目の可愛らしい少女になっていた。人間でいうと13、4歳くらいの外見だろう。俺も成長して、背丈は勇者時代と同じ程である180センチくらい。軽めの天然パーマは健在で目つきが少し鋭くなっていた。龍人族はこの辺りから外見の成長がとてもゆっくりになる。
ヘロヘロになっているソフィアに走る速度を合わせてまだ薄暗い村の農道を走りながら、俺は3年前を思い出していた。
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「あにさま!私も一緒に訓練させて下さい!!」
狩りを終えて村に帰ってくると、ソフィアが開口一番そう言ってきた。
「……一体どうしたんだソフィ?」
「あにさまは!あにさまはさっきの弓を朝のランニング中に閃いたんですよね?」
俺の言葉に被せるような勢いで更に迫ってくるソフィア。
「あ、あぁそうだけど?」
「それはとても凄い事だと思います!でも、もっと凄いのはそれを使いこなしているところです!ロウおじさまだって四苦八苦していて挙げ句の果てに弓矢を壊したんです。きっと私達の知らない所で努力していたんですよね?」
「………」
「私、あにさまのようになりたいのです!いつも優しくて、見えないところで努力していて、でも決して自慢したりしないで……私も強くなりたいのです!朝だって頑張って早起きします!だから!だからどうか!」
ソフィアさん、目がキラッキラである。てか自慢する奴は嫌いだったのか、ロッソ……合掌。
俺は、どうしましょう?という視線を父さんに向ける。
「俺は問題ないと思うぞ。ここの奴らは“龍気"だって魔法だってなんとなく使えるから使ってんだ。上手く使える奴に教えて貰うのはむしろ歓迎するべきことだろう。教えてやれや」
「分かったよ……ソフィ、一緒に訓練しよう。でもちゃんとメルナさんとイスリルさんに許可を貰うんだぞ」
「はい!あにさま!」
そう言うとソフィアはとても嬉しそうな顔をして村の奥へと走っていった。早速許可を貰いに行ったのだろう。大人達も獲物を解体するためそれぞれの家へ帰ってしまったので、ここには子供だけが残った。
「レ、レイクル!」
帰ろうとした俺にアーニアが声を掛けてきた。
「あのさ、私も訓練させて貰えないかな?ソフィに負けていられないっていうのもあるけど、私だって天龍族だもん。強くなりたいわ!……でも朝は苦手だから、いつも遊ぶ時間に鍛えて欲しいな〜なんて」
「僕もお願いしたいな。恥ずかしながら、僕も朝は苦手でね……アーニアと同じく、遊ぶ時間に頼むよ」
2人ともソフィアに感化されたようだ。こちらとしても訓練の時間が増えるのは嬉しいので快く了承する。
「俺は……俺は自分なりに色々やってみる。だからこれからは毎日遊ぶ事はなくなると思う」
「……ロッソ?」
「と、とにかく!色々思うところがあったんだ、自分で鍛えてみるさ。良いところ見せようと思ったら獲物を逃しそうになっちまったんだ。年上として情けねぇ、俺も強くなるからビックリするなよ!ハッハッハ」
なんだかいつもと様子が違うロッソは、そう言うとぎこちなく笑いながら帰ってしまった。
次の日の朝、寝癖が凄い事になっていたがちゃんとソフィアはやってきた。いきなり“龍気"を纏って走るのは厳しいので、普通にランニングした後、ほら穴で格闘術の型を教えて早朝訓練を終えた。それでもキツかったらしく、着替えを抱えて少しフラフラしながら女子用の井戸がついた仕切りの中へ消えていった。しばらくはこのメニューで様子を見ることにした。
朝食を食べて少し経ったら次はアーニア達も含めて訓練を行う。俺が教えながら準備運動をして軽く体をほぐした後、“龍気"の扱い方について教えて行く。もうこの際なので若干開き直って、自分で訓練している時に気付いた事にして部分展開まで教える腹づもりだった。まぁ、逆に本当のことを言ったとしても信じてもらえないだろうが。
まず最初は、“龍気"をしっかり引き出すための訓練から始めた。体の奥にある力の塊を感じ取り、引っ張り出すイメージ。潜在的に使えている種族なだけあってこれは簡単に出来た。次に“龍気"を纏わせるステップに移ったが、これは力の加減が難しく、力を出し過ぎてすぐ疲れ切ってしまった。というか皆、体が頑丈過ぎて、力を出し過ぎても俺が神界で受けた“龍気"の反動をほとんど受けていないのだ。俺も今まで慎重に力を使っていたので全く気付かなかった。
あの激痛が襲って来るわけではないので繊細に力を使おうとは思わない。なるほど、どうりで雑な纏わせ方をしている訳である。部分展開をするためにはある程度の“龍気"操作が必要なので、俺は神界で修行していた頃を思い出しながら丁寧に教えていった。
あれからロッソはあまり来なくなった。来たとしても、俺たちが訓練を終えた昼下がりにふらっと現れて取り留めのない雑談をするくらいだった。どうやら大人達に混ざって狩りや採取をしているようだ。何か思いつめていたような顔はなりを潜め、何時ものような明るい振る舞いをしていたが、俺にはどこか無理をしているように感じた。
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「……!……様?……に様!!あーにーさーまー!」
「うん、え?どうしたソフィ?」
「兄様!何ぼーっとっ……してるんですか!もうすぐ……はぁはぁ……2周終わりますよ!」
ソフィアに呼ばれてハッと気づくと、すぐそこにほら穴が見えてきた。
「ごめんごめん、ちょっと昔を思い出しててな。よし、少し休んだらいつもの型から始めるぞ!」
少し休んだ後、2人で格闘術の基本型をなぞる。ほら穴はもう狭くて使えないので、今では外で訓練している。昔は俺の武術を見られた時の説明が面倒だったので使っていたほら穴だが、早朝にこんな村の外れまで来る奴なんていなかったし体も大きくなったので使うのを止めた。ソフィアは武術とかよく分からないようで、俺が棒を振り回したりしても何も言ってこなかった。
一通りの型を終えた後は組手を行う。昔ソフィアに何をやりたいか聞いたのだが「兄様に最初に教えてもらった格闘術を頑張りたい」
と言ってきたので格闘術一筋で教えている。
学んだ型を実際に組み合わせたり、攻撃を躱してカウンターを叩き込んだり。一つ一つの動作を確認しながら高速で俺に打ち込んでくる。
あまりのやる気だったので、思わずノリノリで様々な技を教えた結果、高い身体能力と相まってかなりの使い手になっている。今や村でソフィアに勝てるものはほとんどいないだろう。俺もだいぶ力がついた、天界にいた頃の2割程度は取り戻しただろう。これなら封印解除も出来ると思うので、そろそろ祠へ向かおうと考えている。
訓練を終えて朝食を済ませた後はアーニアとエルネスを加えての訓練が始まる。2人とも外見はもう少年少女で、アーニアは長髪の明るい美少女、エルネスはすらっと背の高い優しそうなイケメンに成長している。
3年の訓練によって“龍気"の部分展開が出来るようになってきたので、今は“龍気"の持続時間を伸ばす訓練や、魔法の訓練をしている。
2人とも何百年も生きて少しずつ力を蓄えている大人達に引けを取らない実力を持ち始めている。教育の力は偉大なのだ。
ロッソは今日も来ていない。最初はアーニアが少し寂しそうにしていたが、この時間帯以外では会う事が出来るので、今は普通にしている。
いつものように訓練を終えて雑談した後、それぞれの家に帰る。家族と食卓を囲み、“龍気"制御をしてから眠りに就く。これが日常だ。
その日の夜、家の外が騒々しいので目が覚めた。何事かと思い外に出ると、オババの家に明かりが灯っていて、何やら人の話し声が聞こえる。家の中へ進むと、オババの他に俺の父さんと、エルネスの父親含む男衆が何やら暗い表情で集まっていた。
「オババ?あれ、父さんもいる。どうしたの?」
そう問いかけると、部屋にいた全員ががこちらを向いた。その後父さんがオババとアイコンタクトを取り、真剣な表情で口を開いた。
「レイクル、落ち着いて聞けよ」
そう言ってから少し溜めた後、父さんはさらに言葉を続けた。
「ロッソがいなくなった」