4話 狩り
あれか半年が過ぎた。早朝訓練はついに武器を使った訓練も始めて、ほら穴には大工仕事で余った木材やそこら辺で拾った大小様々な大きさの棒が立てかけられていた。
母さんは俺のやる気に驚いていたが、応援してくれて、「レイちゃんならそのうち祠から剣を持って来ちゃうかもね〜」なんて言っている。取ってくるつもりで訓練しているのだがまさかそんな事を言われるとは思っていなかったので、曖昧な返事をしておいた。
ついにソフィアも自由行動が許されるようになったので、日中はロッソ達と5人で遊んでいる。相変わらずロッソはソフィアに遠回しなアピールをしてアーニアを不機嫌にしているが、本人はアピールされてると気付いておらず、俺にくっついてくる。おいロッソ、年下に嫉妬とかみっともないぞ。
俺と言えば、周りとの精神年齢が合わずに辟易することも多々あったが、エルネスが年の割に利口なので結構楽しく過ごすことが出来ていた。
そして今、俺たちは大人に囲まれて村の入り口へと足を進めている。そう、ついに狩りに同行させてくれるのだ。俺は雲海の先に広がる世界にワクワクしていたが、ソフィアは未知の領域に不安を隠せないらしく、俺の服の裾を握ってくる。手を握ってあげると安心したのかニッコリと微笑んできた。ロッソの羨ましそうな視線は華麗にスルーして雲海の中へと歩みを進めた。
何も見えないかと思ったが、足元は割とはっきり見える。道に等間隔で長方形に加工された石が埋め込めれていることに気が付き、これを目印に進んでいるのかと一人納得していると、視界が晴れて少し肌寒く感じた。結界の外に出たのだ。
そこは背の低い木や植物がまばらに生えていて、岩肌がそこかしこで露出している場所だった。かなりの標高で息も白くなっているのに、大した防寒具を着なくても肌寒いで済んでしまうこの体のデタラメ加減に内心驚いていると、大人達が獲物を求め散開していった。
俺たちの引率は俺の父さんとロッソの父親で、獲物のいそうな場所や狩りの注意点について教えてくれながら自分たちも注意深く周囲に気を配っていた。ロッソは前に来たことがあるからか得意げに索敵している。ソフィアに良いところを見せようとしているようだが、本人はアーニアに、ここら辺に自生している植物について教わっているため全く見ていなかった。その様子に苦笑しながら、俺とエルネスも獲物を探す。
「ねぇ父さん、龍神様を祀ってる祠って何処にあるの?」
前に祠に行った奴にいい感情を抱いて無かったので聞けなかったのだが、今ならいけそうと思いダメ元で質問してみる。
「んん?祠はここよりもう少し降りたところに大岩がある場所があってな。人間の国と山脈の中央に向かう道に別れてるんだが、そこを山脈の方へと向かうんだ。しばらく進むと更に道が2手に分かれていて、そこを左に進むと洞窟にたどり着く。洞窟の奥が祠なのさ」
俺の予想に反して父さんは普通に答えてくれた。
「ふぅん、そういえば自分たちの神様を祀っている所なのに参拝とかはしないの?」
「あぁ、俺も昔そう思ってオババに聞いたんだがよ、なんでも祠を建てた時に龍神様が直々に、参拝とかいらん。こんな所に来る暇があったら空をしっかり見ておけって言ったらしいんだとよ」
……あの適当さならそのセリフも容易に想像できる。
そんな話をしながらしばらく歩くがなかなか見つからない。そろそろトートに教わった探索の魔法を使おうかと思い始めたその時、前を歩いていた大人達が急に立ち止まった。何事かと思い大人達に近づくと、感じたことのない奇妙な感覚が襲ってきた。姿は見えないが、40メートルくらい先の窪みに何かがいるようないないようなモヤっとした感覚。
近くにいたロッソとエルネスも感じたらしく、この感覚の正体を聞いてみると、龍人族特有の気配察知能力らしい。確かにエルマに龍人族の特徴を教えてもらった時、気配察知に優れると教えられた。その時は嗅覚とか聴覚が鋭いのかしらと思ったが、まさかこんな感じで察知していたとは……
窪みが上から見える位置にゆっくりと移動すると、確かにそこで草を食んでいるリャマっぽい生き物、ヤークがいた。狩りやすいと判断したのか、ファーストショットはロッソに任せるようだ。一応俺らも支給された弓を構えて待機している。
ロッソは不敵な笑みを浮かべ、興味深そうにヤークを見ている女の子達をチラ見すると弓を構えて体から翡翠色のオーラを発生させた。
(あれがロッソの“龍気"か。張り切るのは良いが力み過ぎじゃないかねぇ)
そう思って見ていると案の定放たれた矢は40メートル先のヤーク……の目の前に刺さった。突然の襲撃に驚いたヤークは身を翻して逃げ出す。
あ、獲物が逃げる。そう思った時には体が勝手に動いていた。
上半身に“龍気"を纏わせ思考を加速させる。世界が極彩色に染まり、時間がゆっくりと流れる中、目にも止まらぬ速さで矢を番え弓を引き絞る。視線の先のヤークがどんどんはっきりと見える。獲物の跳躍が頂点に達したその瞬間、矢を押さえている右手の人差し指と中指に風の魔力を込めてリリース。
バシュゥン!という弓から到底聞くことのできないであろう空気の排出音と共に周囲に一瞬の風圧を発生させて、矢が獲物目掛けて飛んでいく。
“龍気"によってブーストされた風の魔力によって爆発的な加速を得た矢は、ほぼ距離減衰無しという弓にあるまじき軌道を描いて、着地したヤークの首に風穴を開けた。
弓も一応アスラに教わったが、下界してから全く触っていなかったので不安だった。上手くいったとホッと一息ついて構えを解くと、皆んながぽかんとした顔で俺を見ていた。
(あ、これは……やっちまったパターンか?)
「ハハハハ!何だ今の⁉︎やるじゃねえかレイクル!さすが俺の息子だ!」
何を言われるかと身構えていると、父さんが豪快に笑いながら俺の背中をバシバシ叩いてきた。
「……今の突風は 増幅 か。そんな使い方があったなんて……本当に凄いなレイクル君!」
ロッソの父親はウチの脳筋ファザーと違って、何が起こったか理解して俺を褒めてくれた。
皆どうやら咄嗟の出来事だったので、俺が弓を放ったところしか見ていないようだ。あの“龍気"の纏い方まで追求されたら誤魔化せる自信がない。
増幅 と言うのは“龍気"を使った技の1つで、“龍気"を魔力に接触させ、瞬間的に魔法を増幅させる初歩技の1つだ。火の魔力なら爆発するし、風の魔法なら突風が発生する。聖属性だとスタングレネードのような閃光が発生するのだ。
転生してからは見たことがないが、龍神曰く速攻で魔力と反応するので、戦闘時には“龍気"を纏って相手に接近し火の魔力を増幅させて近距離爆撃みたいな事を龍人族は良くやるらしい。
頑丈な身体と“龍気"により、爆発でダメージを負う事がないので、シンプルだがある程度の敵には非常に有効だと豪語していた。
うーん、なんというチート種族。
子供達は何が起きたか全く理解出来てい様子だったが、大人達が褒めていたので凄い事なんだと判断し、次々に褒めてきた。特にソフィアがめっちゃ褒めてきた。お兄ちゃん補正って凄い。
大人達がやり方を聞いてきたので、矢を押さえている指先に魔力を込める事。あまり魔力を込めると矢が自壊する事などを教えた。父さんに何処で教わったのかと聞かれたが、ランニング中に閃いて練習していたとゴリ押して納得してもらった。
アドバイスしたのに魔力を込めすぎた父さんが自慢の弓ごと木っ端微塵にして凹んでいたが、それ以外は概ね順調に狩りは進んだ。
もう一匹仕留めたところで、今日の狩りは終了となった。今度はちゃんとロッソが仕留めたのだが、何処か浮かない顔をしていて、帰り道も少し元気がないようだった。