3話 友達
神託の内容を聞いた翌日。本格的に力をつけるべく俺は行動を開始する。
「おはよう母さん」
「おはようレイちゃん。随分早起きなのね」
時刻は早朝。まだ薄暗い中、眠そうに目をこすり台所へと向かう母さんに挨拶をする。
「うん、今日から村の周りを走ろうと思ってさ」
「……いきなりどうしちゃったのレイちゃん?」
「ほら、昨日溶けない氷の話をしてくれたでしょ?見てみたいな〜って思ったけど、結構遠そうだから、少しでも体を鍛えて早く見に行けるようになりたいんだ」
「ふぅ〜ん。なら気を付けて行ってらっしゃいね、朝ご飯までには帰ってくること。まだ寝てる人もいるからあんまり騒いじゃダメよ〜」
そう言って母さんは優しく微笑んだ。よし、どうやら子供の突飛な思いつきだと思ってくれたようだ。早速家から飛び出し家の裏手へ行く。
奥へどんどん進み、農道へ辿り着くと俺は走り出した。地面を踏み込む瞬間に“龍気"を足に込め、体を爆発的に加速させる。
父さんに“龍気"の使い方を聞いたことがある。力を使いたい時に全身に薄く纏い、その強弱で出力を調整するそうだ。
弓を引くのにも、走る時も全身に纏う。この力は強力だがすぐガス欠になってしまうのでここぞという時に使うのが大切。纏える時間が長い=強い奴。これが龍人族の常識だそうだ。
確かに“龍気"を纏うと綺麗なオーラが全身から漂い、自分、パワーアップしてます。感がするのでその考えも分からなくもない。俺も神界で修行していた始めの頃はそう思っていた。
しかし、実際それはナンセンスなのだ。弓を引くなら上半身にだけ纏えばいいし、走るなら踏み込みの瞬間に力を込めれば、はるかに効率的かつ高出力なのだ。
力を使う=“龍気"を全身に纏う のような考えが当たり前となっている龍人達には出来ない発想だろう。たとえ気付いたとしても、細かな“龍気"制御が必要なためなかなかできるものではないが。
農道を爆走して間もなく、目的地のほら穴に辿り着いた。朝食は父さんが起きてきてからになるので時間はまだたっぷりある。俺は呼吸を整え格闘術の基本型をなぞっていくのであった。
一通りの型を終えてほら穴を出ると、外はすっかり明るくなっていた。間もなく父さんが起きる頃だ、再び農道を走り、家へと向かう。
「ただいまー!」
「おかえり〜丁度いい時に帰って来たわね、もうすぐロウが起きるから朝ご飯よ。その前に汗流してきなさい」
そう言って母さんは用意してたであろう麻の服とタオルを手渡してきた。麻は天龍族で広く扱われているもので、山の中腹辺りに自生しているヘンプキンという麻繊維で出来たカボチャのような植物から採取している。
家の近くにある井戸から水を汲んで汗を流す。山頂付近なのに下に水脈が走っているらしく、そこの近くを掘って井戸にしているそうだ。体を拭いていると、父さんが顔を洗うために井戸へやって来た。朝の挨拶を交わして支度を整えると一緒に食事を食べに家に向かう。
早朝ランニングをしたことに驚かれたが、頑張って続けるんだぞと言われ、和やかな時間が流れていく。朝食を摂り終えると、弓と鉈を装備した父さんが母さんから弁当を貰って狩りに出かけて行った。ゆったりと食後の時間を過ごした後、母さんに出かける旨を伝えて俺も家を出た。
狩りに出かける男衆によって賑やかになった大通りを歩いていると、その中に3人の小さな姿を発見した。
「おはようございます」
声を掛けると、3人は会話を止め俺を見てきた。
「初めまして、この前3歳になりましたレイクルと言います。よろしくお願いします」
俺がそう言ってぺこりと頭を下げると、3人は顔を見合わせた後、自己紹介してくれた。
子供組で最年長なのは5歳のロッソ、短髪で悪戯小僧のような奴だが、グループのリーダー的存在だ。
次は4歳のアーニア。ストーレートの髪を背中まで伸ばし、ぱっちりした目の女の子だ。いつも明るく、ムードメーカーだそうだ。
最後は同じく4歳のエルネス。ふわふわとした髪を長めに伸ばし、優しい顔立ちの男の子だ。子供にしてはなかなか落ち着いていて、暴走気味なロッソを助けているらしい。
ちなみにこの前井戸で確認したのだが、俺の容姿は少し天然パーマ気味の癖っ毛に、父さんに似たのか鋭い目付きをしていた。龍人族は美形というエルマの言葉は本当で、村の人もこの3人も整った顔立ちをしている。
このまま育てば、ロッソはワイルドなイケメン、エルネスは優しそうなイケメン、アーニアは明るい美人さんで、俺は近寄り難いイケメンという評価を貰いそうだ。
「じゃあ、新メンバー加えて今日も探検だ!」
そうロッソが声を掛けて歩き出した。どうやら村を散策するらしい。4人で横に並び、あれこれ話をしながらぶらぶら歩く。出会って速攻で打ち解けられるのは子供の特権だろう。
「あれ、村には子供が5人いるって母ちゃんが言ってたんだけど、レイクル何か知らないか?」
そう俺に問いかけてくるロッソ。
「あぁ、ソフィアっていう女の子がいるよ。家が隣なんだ。あと半年しないと自由に出歩けないから、早めに帰って遊んであげてるんだ」
「えー!一人だけ出歩けないなんて可哀想じゃない!」
「ん〜向こうが来れないならこっちから行けばいいんじゃないかな?」
「それだ!よし、お前たち行くぞ!!……で家どこ?」
「「おい」」
アーニアが訴えかけ、エルネスが提案し、何処か抜けているロッソに突っ込む2人。仲良く後ろでワイワイ騒いでる声を聞きながら、俺が道案内をするのであった。
ソフィアは畑にいて、俺を見つけると走り寄ってきたが、後ろにいる3人を確認すると、キョトンとした顔で俺に説明を求める視線を向けてきた。
この村の子供全員であり、ソフィアが来れないのでこっちから会いに来たと説明すると、嬉しそうな顔をして自己紹介していた。
ロッソの声がなんか上ずっていたような気もしたが、概ね俺の時と変わらない紹介を終えて、一緒に遊ぼうという話になった。
同じく畑にいたメルナに許可を求めると、この辺りでなら遊んでいていいと言われたので、近くの道に座って雑談することにした。
普段の遊びの話や狩りに同行した時の話で楽しく盛り上がった後、内容は神託の話になった。
「なぁ、ソフィア。3年前の神託は知ってるか?」
「しんたく?なぁにそれ?」
「龍神様が天龍族の巫女様にお告げを下さったんだ。これから色んな事が起きるから、龍神様を祀っている祠にある剣を手に入れられた人の言う事を聞いて協力しなさいってな」
「色んなことって?」
「分からない、でも天龍族に頼むってことはよほど大きい事が起こるはずだ。今まで沢山の大人が祠に行ったんだけど、まだ誰も剣を取ってこれてないんだ」
「そんなに大変なの⁉︎」
「あぁ、道は分かっているんだけどな、祠の近くに凄い強い魔物が住み着いているし、それを掻い潜って祠に入っても、溶けない氷の中に剣があって取れないらしいんだ」
「じゃあ、その色んなことが起こっても剣を持つ人がいないと大変だね……心配だよ」
「大丈夫、俺に任せとけ!まだ祠まで行く力はないけど……父さんに狩りの仕方を教えて貰っているし最近“龍気"だって使えるようになって来たんだ。俺が剣を取ってきて、ソフィアやみんなを守ってやるよ!」
「本当⁉︎ロッソ頑張ってね!」
若干顔を赤くしながらそう語るロッソに純粋なキラキラとした視線を送るソフィア。そしてその2人を見て少し不機嫌な顔をするアーニア。
これはもしかして……?と思いニヤニヤしながらエルネスを見ると、あいつもニヤニヤしながらこちらを見て頷いた。
何だか面白くなってきたぞ。そう2人で思いながら雑談は和やかに続いていくのであった。