2話 神託のナカミ
「……それではお送りしますね!」
セラにそう言われて光に包まれると、力が抜けて行く感覚と共に意識を失った。
初めて神界へ行った時のあの水中から浮かび上がるような感覚と共に意識が浮上していく。しかし、前回と違い周囲が騒がしい。まだ意識がぼんやりとするが、釘を打つ音や人の掛け声が聞こえる。
ゆっくりと目を開けると、視界に知らない天井……ではなく女の顔が飛び込んできた。
「ダブッ(うわっ!)」
びっくりして声を上げると、俺の顔を覗き込んでいた女が満面の笑みを浮かべて、隣にいた男に声を掛ける。2人とも綺麗な空色の髪をしていた。
「あなた!レイクルが目を覚ましましたよ!」
「お!どれどれ……うん、俺に似てイケメンだ!ハッハッハ!」
会話から判断するに、この2人が両親のようだ。一通り2人で会話した後、父親がおもむろに俺を抱き上げた。
突然襲った浮遊感に驚いたが、視線が上がったので窓の方に目を向ける。外では同じ空色の髪をした男たちが釘で木材を打ち付けていた。音の正体はこれで、どうやら隣の家を修理しているようだ。
「アー……ウアー……」
エルマに教わったから言葉は理解できるが、まだこの体は言葉を話せない。龍人族は幼少期の成長が早いと聞いているので今後に期待だ。
しばらく抱き上げられた後、俺をベッドに寝かせて両親が家の外に行ったので一人になった。取り敢えず現状確認しようと、“龍気"
を使ってみる。
「アゥア……(うーん……)」
体の奥に力の塊は感じるのだが、糸のような細さしか力を引き出せない。今度は魔力を引き出してみるが、結果は同じだった。力を使ったからか、強い眠気が襲ってきた。
取り敢えずちゃんと歩けるようになるまで力を引き出す練習をしよう。そう心に決めて俺は瞼を閉じたのであった。
あれから1年が過ぎた。特に変わった事はなかったが、強いて言うなら半年前に隣の家で女の子が産まれたと若干お祭り騒ぎになったということくらいだろうか。龍人族の成長率は流石で、日に日に体が大きくなり、半年でハイハイ、9ヶ月も経てば歩けるようになった。体つきは人間でいうと2歳かそこら辺だろう。
体が大きくなっても所詮は1歳児、3歳までは親と一緒に行動するのが基本らしい。体の構造的にはもう喋れるようになっているが、1歳がペラペラ喋るとかホラー以外のなにものでもないので、周りの様子を見ながらつっかえつっかえ喋るようにしている。エルマにある程度生活の様子などを聞いていたが、答え合わせのつもりで母親にくっ付いて色々質問していた。
天龍族は大体100人ほどの村を作って暮らしていて、山脈の東、中央、西。そして他の大陸にも少数存在しているらしい。ここは西の村だ。村を囲うように結界が張られていて、村の奥に住んでいる巫女と呼ばれる龍人が維持、管理していて、空気は薄いが気温は安定している。食べ物は自給自足で、結界内で育てた麦や少し下山したところに野生しているリャマのような動物が主な食事となる。
この村の村長はラフィアという女の龍人で1000年以上生きているらしい。2人娘の母親でもあり、夫は300年前に亡くしている。この村の最長老であり、皆んなからは親しみを込めてオババと呼ばれている。
2人娘の長女アイナは俺の母親だ。おっとりとした緑の瞳で、空色の髪を腰まで伸ばしている。アイナの夫であり俺の父親の名前はロウ。空色の髪を短く揃え、猛禽類のような鋭い緑の瞳は歴戦の戦士のようだ。天龍族は空色の髪と緑の瞳が特徴なのだ。
次女のメルナはアイナと逆で勝気な瞳にショートヘアの活発な人だ。夫のイスリルはサラサラヘアーのおっとりイケメンでどことなくエルマに似ている。半年前に産まれたソフィアという女の子の両親だ。
男は狩り、女は畑仕事と家事が基本スタイルだ。体がまだしっかりしていないので、武術訓練はせず、アイナと一緒に畑仕事や洗濯をして、寝る前に“龍気"と魔力の訓練を行って寝る。という日々を送っていた。
そして、そうこうしているうちにもう3歳だ。背も150センチほどになり、体もしっかりしてきた。もうそろそろ武術訓練も始めても良さそうだ。
“龍気"も魔力もずっと鍛えてたのでそこそこ上がったが、神界の時の足元にも及ばない。自分がいかにデタラメな力を持っていたか改めて実感した。
そして3歳と言えば、ついにある程度の自由行動が許されるのだ。
「母さん、行ってきます!」
「は〜い気をつけてね〜結界の外には出ちゃダメよ〜」
今まで近くの畑と水場を行ったり来たりしかしていなかったが、ついに村を見て回ることができる。この村には俺より年上の子供が3人いるらしい。村の探索ついでに会ってみよう、そう思って出掛けようとすると、隣の家からぴょこっと小さな姿が現れた。
「あにさま……」
そう、この子はソフィア。家が隣で、俺もソフィアも一人っ子なので今では兄妹の様な仲だ。母親譲りの勝気な瞳で父親譲りのサラサラヘアーを真ん中分けショートにしたなかなかの美少女である。
「どうしたソフィ?お前はまだ行けないぞ?」
「わ、分かってます!あと半年ですよね……羨ましいです」
そう言って寂しそうな顔をするソフィア。
「別に帰ってこない訳じゃないんだから……早めに帰ってくるからそしたら一緒に遊ぼう。それまでいい子にしてるんだぞ?」
「……!はい、あにさま!!」
どうやら構ってもらえなくなると思っていたようだ。その言葉に安心したのか、パッと顔を明るくしてパタパタと家の中へ走っていった。
もう一度母さんに挨拶して今度こそ出発した。この村は大通りが入り口まで真っ直ぐ伸びていて、その両脇を固めるように少し広めの感覚で家屋が立ち並ぶ。家同士の間から小道が伸び、その先はそれぞれの家の畑や水場になっている。村の一番奥にある一回り大きい家屋が村長の家で集会などはここで行われる。
俺の家は村長の家から入り口に向かって左手の方にあるので、村の入り口まで少し距離がある。口笛を吹きながら長閑な大通りを歩いて取り敢えず入り口を目指してみる。
男衆は狩りに行っているのか姿が見当たらず、時々家の裏手から女衆の笑い声が聞こえてくるばかりだった。
「子供達が見当たらないな……なら訓練場所でも探そうかな」
入り口まで辿り着くとその先は道幅が狭く少しカーブした坂道になっており、途中からは見渡す限り広がる雲海に隠れて見えなくなっていた。さすがにこれ以上進むと結界の外に出てしまうので引き返し、今度は大通りから外れて小道を進んでみる。畑にいる女衆に挨拶しながらしばらく歩くと、村の丁度真ん中、俺の家と反対の列の家の裏手を少し進んだところに自然に出来たであろうほら穴を発見した。これはと思い中を覗くと、大人2人は余裕で入れそうな空間が広がっていた。
「よし、ここにしよう。村の外側の農道に近いし、朝の日課はランニングとここでの訓練で決まりだな」
自由行動が許されたので、俺は早朝ランニングをするつもりだった。神界にいた時と違い、肉体を持った今、持久力をつけるトレーニングは必須であろう。ほら穴に入り、久しぶりに格闘術の基礎訓練をしてみる。方法は分かっているが体が思うように動かないという奇妙な感覚だが、動きを慣らすようにゆっくりと様々な型をなぞっていく。一通りの基本の型を終えてほら穴から出ると、日が少し傾いていた。すっかり夢中になってしまったと自笑しながらソフィアとの約束を果たすため家路につく。大通りに出ると、早めに狩りが終わったであろう男衆が獲物を担ぎながら帰ってきて少し賑やかになってきた。「今日の獲物はデカかった」「こっちは小さい奴しか獲れなかった」などという今日の成果を楽しそうに話す男衆の会話に耳を傾けながら歩いていると、聞きなれない会話が聞こえてきた。
「番人がいなかったから“祠”に行ったんだけどよぉ、あの氷は一体どうやったら溶けるのかねぇ」
「お前あそこ行ったのかよ、あの氷は力技じゃ無理だぜ。火で炙っても溶けなくて、痺れを切らした力自慢が“龍気"纏ってブン殴ったらしいがよ、腕の方がポッキリ逝っちまったそうだ」
「うへぇ……“剣”を取れる奴なんているのかねぇ」
溶けない氷……?剣……?帰ったら聞いてみよう。そう思い足早に家に向かった。
「ただいまー。あ、メルナさんこんにちは!」
「あら〜レイちゃんお帰りなさい〜」
「お、レイクルこんにちは!随分早く帰って来たのね!」
「はい、ソフィアと遊ぶ約束を「あーにーさーまー!」」
家の前で母さんとメルナさんが雑談していたので挨拶していると、隣の家からソフィアが走ってきた。俺の前まで来ると嬉しそうに今日あった事を伝え、じゃあ遊びましょうと言って家の裏手の方へ連行された。結局氷と剣について聞けなかった。
少しすると狩りを終えたロウとイスリルが帰ってきた。日も暮れる頃、夕飯だと呼ばれたので俺たちは遊ぶのをやめてそれぞれの家に入る。夕飯のメニューは肉入りスープと固く焼いたパン。龍族ではポピュラーなメニューだ。
「ねぇレイちゃん、村の子供たちとは遊んだの?」
「いや、村中見て回ったけどいなかったんだ。父さん何か知らない?」
「ん?あぁ、あいつらなら今日の狩りにくっ付いて来たぞ。狩場はそれ程危険じゃないからな、たまに連れて行ってやるんだ。お前も今度行ってみるか?」
「本当⁉︎是非頼むよ父さん!」
なんと村の外にいたのか、どうりで見つからない訳だ。
「あ、そうだ。さっき帰ってくる時、“祠”に行ったけど氷が溶けなかったとか剣がどうとか言う話を聞いたんだけど何なの?」
「あぁ?まだそんなとこに行ってる奴がいるのか……」
「それはねレイちゃん。貴方が生まれる時に巫女様が神託を受け取ったのよ。
内容は『“壁”が崩れ、異界との繋がり始まる。“祠”へ向かい剣を手にする者現れた時、その者の意思を肯定し、共に困難に立ち向かえ。』と言うものだったの。“祠”と言うのはここから山脈の中央に向かって少し行ったところにある洞窟でね、龍神様の御神体と神器が頑丈な氷で氷漬けになっているのよ」
「最初は“祠”に異常がないか男衆で調査するだけで終わったんだ。それからしばらくすると、剣を手に入れたら願いが叶うって言う噂がどこからともなく広まってな。真に受けた馬鹿が今もチラホラいるって訳さ」
全く罰当たりな野郎だぜ、と言いながらスープを飲むロウ。ほとんどの人は神託をあまり気にしていないようだが、俺にとっては衝撃だった。
これは間違いなく俺へのメッセージだ。 俺にはこの神託を「あ、旅立つ前に俺の武器持っていけよ、龍人と仲良くなby龍神」と言う風にしか捉えられなかった。そうなると溶けない氷と言うのは封印術 時間氷結 だろう。あれは氷漬けにした対象とその氷ごと時間を止める術だ。氷を覆っている封印を解きながらじゃないと決して氷が溶けることはない。簡単そうに見えるが封印解除はかなりの魔力を消費するので今の俺では使えない。
「へぇー、そんな氷があるんだ!いつか見てみたいな」
もっと強くならねば。ニコニコと笑いながらもそう心に決めて、俺はスープを飲んだ。
主人公のこれからの相棒が登場。