『私』の知らないセカイ
―――――ヒッ、狼が何匹もいる。目がギラギラして口もめくれあがってる。
ワォーーーーーン
「リツ!?―――ガハッ!!」
いきなりリツに体当たりされた!?吹き飛んでそのまま地面を転がっていきました。
急いで体を起こすと、さっきまでいた所に狼が。リ、リツに助けられたんだ……
そう思って気を抜いた自分がバカだったんだ。狼は『何匹』もいたんだから…………
「ひ、あ、あぁぁ」
別の目の前にいる狼が、ニィと口を歪めた。
足を降り下ろす様子が時間を止めたかのように思えた。
―――嫌だ、死にたくない!!
とにかく避けようと思い、屈んで、降り下ろされる足と同じ方向に転がった。けれど、少し遅かったみたいだ。
転がったときに運悪く背中ががら空きになって、爪が掠めていった。
獲物に避けられたことで怒りが増したのか、唸りながら狼が突っ込んできた。
その勢いを利用して頭突きをしてくる。
今度は避けれず、ぶつかったと思ったときには、後ろにある樹に叩きつけられた。
――身体中が痛い、息もできない。 もう、ダメなのかな…………
意識が遠のいていく。
――最後に見たのは、勝ち誇った顔で近付いてくる狼の姿だった
――なんだろう、あったかい。寝過ごして起こしにきてくれたのかな?
そろそろ起きないと……あれ?なんだか身体が痛い、筋肉痛とも違うし……
ゆっくり瞼を起こすと、モフモフとした毛が視界にはいった。
「ワフッ ク〜ン、ク〜ン」
ベロッと顔を舐めあげられた。えっと、このモフモフ何だっけ?家で寝てたと思ったけど―――――!!
意識を失う直前のことを思い出す。それと同時に間近に感じた『死』の恐怖も思い出した。
怖い怖い怖い――――
ガタガタ震えていると、そっと体をすり寄せてくる生き物が。
視線を上げると、心配そうに覗き込むオオカミが。
「……………リツ?リツだよね?」
青緑の優しい瞳のオオカミさん。自分が名前をつけた友達だ――
身体中が血や泥で汚れていて、さっき巻いたガーゼもだいぶ汚れてる。
……守ってくれたんだね。そのまま放り出して逃げれたはずなのに。
さっきまで感じていた恐怖と一人ではないことへの安堵。色々な感情がぐちゃ混ぜになって涙が溢れてきた。
「リツ……ごめ゛、ヒィック、ごめん、ごめんね。……ありがとう」
見ないふりをしてたけど、本能で感じていたのだろう。
―ここは『私』がいた世界じゃない
身体の痛みが、リツの温もりがここは『現実』のことだと教えてくる。
理解はできても、心の整理がつかず、リツにしがみついてそのまま泣いてしまった。リツも黙っていてくれて、尻尾で体を撫でてくれた。
ハァ、こんなに泣いたのいつぶりだろう…泣きすぎて目が腫れぼったい。絶対充血してるよ。
「リツ、ありがとね」
顔を上げて、大丈夫だとの意味を込めてお礼をいう。これ以上泣いていてもしょうがないしね。
リツにしがみついてたから、毛が濡れてる。
あー、やっちまったよ。せっかくの毛並みが台無しだ。袖で拭えるレベルじゃないしなぁ。
どうしようと悩んでいたら、立ち上がって泉に駆け出して思いっきりダイブしてた。
そっか、体洗った方が手っ取り早いもんね。
さて、私も顔を洗おう。そう思って立ち上がって今さらだけど気付いた。
「陽……とっくに落ちてんじゃん」
本当に今さらだよね?周りが薄暗い程度で昼間と対して変わらなかったから気付かなかったわー
泉にリツが飛び込む前に見えたのは、まん丸お月様が……2つ
空を見上げると、満天の星空に大きい月と小さい月が寄り添うように並んでいる。まるで、宵闇に咲く花みたい。
これで完全にここが『異世界』ということが証明されたね……
けど、さっきほど辛くはないや。何でだろ?
まあ、あれだけ泣けば落ち着くよね。それに……リツがいるからね。
リツも満足したのか、泉から出てきた。水浸しになると毛がペターとなるんだね。嵩が全然ちがうよ。
自分も顔を洗ってタオルがないので、袖で拭う。ふぃーさっぱりしたぜ。
「…………ろう」
「……れか、…………いいよ」
「……すな、……いだろ」
……なんか、話し声が聞こえる。断片しか聞こえないけど、こっちの様子を窺っているみたいだ。
リツが警戒してないみたいだし、このまま様子を観てみるか。
主人公、異世界に来たことを自覚しました。危機になってたかなぁ……?
次回、こっそり話している人!?と対面します。