そして気付く
先日の一件以来、黒薔薇は偶に俺達と会うようになっていた、偶に会うと言ってもまだ数回しかないが。最初はあまり快く思っていなかったであろう嬢ヶ丘への協力も今はそうでもないような気がしないでもない。
んで、今日がその偶に会う日である。集まる場合は、いつも例の喫茶店なのだが、"奴ら"は部活設立の話はおまけと言わんばかりに雑談してばかり、変人達だがそれでも女子高生、話題が尽きず延々と話続ける、そりゃもう延々と。
雑談と言っても他とは一味違う、この前は『ウニ』の可愛さを見出そうと真面目に話していた、トゲトゲしい外側に比べ内側は柔らかく美味であることから性格はツンデレなのではないか、殻に閉じこもっていることから気怠げな脱力系なのではないかという人生においてなんの役にも立たない事を長々と話している。かく言う俺は、その会話に突く程度で参加し、共に人生の時間を無駄にしている。
散々な言い様だが別にその長話や、話題がずれにずれている事に対して不快感などを抱いているわけではない。言うのも、俺にとっては部活設立の話が進もうが進まなかろうがどっちでもいいからな。というか進まれたら面倒が増える事になるので出来ればこのまま進まなくていいのだが……。
そして、現在は喫茶店に向かっている真っ最中、嬢ヶ丘はやることがあるとかで少し遅れて合流するらしい。恐らく部活設立に関しての用事だと思うのだが、またどんな話を持ってくるやら。
もう間もなく喫茶店だ。店も見えてきた、頭の中はもうアフォガートの事でいっぱいである、味を思い浮かべると、よだれが垂れてしまいそうな勢いだ。しかし、同時にある人物も見えてきた。
露出が控えめな灰色のワンピース。まっすぐに長く伸びた黒髪。彼女の立ち振る舞いや風貌も相まって、初めて見た人はどこかのお嬢様と勘違いするのではないかと言うほどだ。そう、『黒薔薇 麗葉』である。
そして、お互い店の入口に近づいて行くわけで、当然向こうも気づく。とりあえず軽く挨拶をする。
「どうも」
この状況に少し驚いた様子だったが、すぐに返してきた。
「こんにちは」
会釈を一つ頂いた。
特に言葉を交わすことなく二人で入店し、席に着き注文を済ませる。今日も客の人数はいつもと変わらないぐらいだ、それほど客が入っているわけではないのだが、静か過ぎるということもなく居心地がいい。
「嬢ヶ丘は少し遅れて来るってよ」
何となく伝える。ま、恐らく。
「ええ、伺っております」
知っているだろうがな。何だかんだ仲いいんだよな。
少しすると注文した品が運ばれてきた、あとはもう嬢ヶ丘を待つだけだ。頼んだのは言わずもがな誰もが唸る絶品アフォガートである、黒薔薇とお揃いでな。はは。
スプーンで掬い、いよいよ舌とアイスがご対面という時。
「それにしても何故、侘来さんにだけ"嘘"が気づかれてしまったのでしょう」
黒薔薇が物憂げに呟く。
「えあ……?」
口を開いた状態だったので自然と間抜けな返事をしてしまう。そんなこと言われてもな……。
「まあ、ずっと見てたしな、あれだけ露骨にしてりゃバレるだろ」
ここらでお預けだった舌とアイスがごっつんこする。
「へ、変な事を言わないで下さい。はぁ……」
え、なんか、ごめんなさい。
「嬢ヶ丘と絡むことはお前にとって損ばかりという訳ではないだろ? それに仲良さそうにやってんじゃん」
黒薔薇と嬢ヶ丘はお互いを利用しあっている関係だ、Win-Winってやつ。本来そういった利用しあう関係ではあまり仲良くならない方が賢明である。ここぞという時に妙な情が出て、判断力を鈍らせるからだ。それはそれと割り切れるのなら良いのだが、端っからそんな状況を生み出す原因を作らなければ無駄に考えずに済む。
「確かに、その通りなのですが……あなた達と出会って以来悩み事が増えたのは事実です。あと……」
言葉を詰まらせ、何かを思い詰めた表情。ここはあえてこちらも黙って相手の言葉が出てくるのを待つ。
「その……『お前』と言う呼び方はやめて頂けませんか」
しばらくして、黒薔薇が言う。
「お、おう、嫌なら呼ばないが」
「……はい、よろしくお願いします」。
なんか気まずい空気になったんだが、これ俺が悪いの? 確かに『お前』って聞こえは悪いかも知れないが。かと言ってわざわざ苗字や名前で呼ぶ意味も無いと思ったんだが。とりあえず黙ってアフォガート食っとこ。
その会話以降、世間話を始める雰囲気でもなくなり、お互い無言で食べていた。これなんの拷問よ、これならいっそぼっちの方がまだ気楽なんだが。
丁度二人とも食べ終わる頃合いにカランコロンと入り口が開く。もしやと思い目を向けていると、案の定嬢ヶ丘であった。手を上げて知らせるとすぐに気づいてこちらに向かって来た、ちなみに俺の声はボソボソしすぎて通らないため、名前を呼んで知らせるという選択肢は無い。
「おまたせしました! ……あれ、お二人とも何だか静かですね」
「まあ、そんな喋ることも無いしな」
黒薔薇に目で同意を求める。
「ええ」
それを見て嬢ヶ丘は、はぁそうですかと呟きながら席に着く。
「んで、何の用事だったんだ?」
「あ、そうです! 部室に使えそうな所が無いかと探していたんですよ、さっき校舎を見て回ったらいくつか部活などに使われていない部屋がありました! 明日貸して頂けないか交渉してみようと思います!」
何言ってんだこいつ。無理に決まってんだろ、部活として認定されていないのに部屋なんか貸して頂けるわけがなかろう。
「頭大丈夫か」
「な、なんでそんなヒドいこと言うんですかぁ! わわかってますよ! 到底無理な話だなんて、だけどやってみるしかないじゃないですか!」
「うっせぇ」
「嬢ヶ丘さん、少し静かにしたほうがよろしいかと、周りの方の目が……」
周りの客がなんだなんだとこちらを見つめている。さすがの嬢ヶ丘も気まずくなったのか、
「…………。スーハースーハー」
呼吸を整えた後に呼び出しボタンを押した。
「とりあえずアイスカフェラテ一つ」。
何だこいつ、居酒屋みたいな注文のしかたするな。
「落ち着いたところで、その部室について何だが、俺からも提案がある」
「本当ですか実さん!? 是非ともお聞かせください!」
落ち着いたと思ったら、また鼻息が荒くなっている。面倒なのであえてツッコミはしない。
「まずは黒薔薇に生徒会選挙に立候補してもらう、もうすぐしたら後期の選挙があるだろう。そこで生徒会長の座を勝ち取る、そっからは嬢ヶ丘の部活設立の申請を適当な理由をつけて通させたら空いている部屋の一つぐらい借りることができるだろ」
もちろん、口で言う分には簡単だが、相当な運か実力がないと実現は難しいだろうな。正直学内の選挙なんざ真面目に演説聞いてるやつなんかほとんどいやしない。だがそういうやつも一票に変わりはない、特に考えもせずなんとなく気に入ったやつに票を入れるだろうから、どれだけそういうやつの気を惹かせるかが重要になってくるだろう。
「実さん…………なんでそんな良い案をもっと早く言ってくれなかったんですか! しかも生徒会選挙とか生徒会長とか凄くアニメっぽいじゃないですか、ていうかもう『生徒会』というワードがアニメっぽいですぅ!」
やべぇ、うっせぇ、なんでこいつこんな元気なの? 俺なら間違いなく血圧が上がりすぎてぶっ倒れてる。いや待てよ、俺は普段あまり元気なほうではない。なら今の嬢ヶ丘ぐらい興奮していればちょうどいいぐらいになるんじゃないか? ……どうでもいいわ。
「いや、案自体は前に言っただろ。お前らがいつまで経っても本題に入らねぇから詳しく言う機会無かっただけじゃん……」
すると黒薔薇が口を開いた。
「私は侘来さんから生徒会選挙の話を聞いた時から少しづつ行動していますよ、ある程度の票ならもう確保できたも同然です」。
なんと仕事が早いことで、確かにあの黒薔薇が喫茶店にのうのうと駄弁りに来ているということは到底考えられない、裏ではきちんと動いていたようだ。
「ええええ、黒薔薇さんはもう行動していたんですか!? 今更行動していたのは私だけなのでしょうか……?」
嬢ヶ丘がすがるような目でこちらを見つめている、恐らく俺がまだ何も行動していない事を願ってのことだろう。
「ちなみに俺はもう次の事に手を掛けているところだ」
「うぅ……、実さんが動いて下さっているのはとても嬉しい事なのですが、同時に自分の情けなさも込み上げてきますぅ……」
黒薔薇と少し目があう、『次の事ってこいつは何をしでかすつもりだ』といった感じだろうか、しでかすつもりは毛頭ないが、まだ誰にも言わずに動いている事がある。無論俺たちにとってプラスになり得ることだ、"それ"がうまくいけば今後活動していくにあたって様々な恩恵がもたらされる。予定。
「とりあえず、やっとこさこれで全員が動き出したわけだ、俺ものんびりモードは切って、やる気スイッチ入れとくわ」
でないとこのまま呑気にやってると尻引っ叩かれることになりそうだ。
「はい……よろしくお願いします……」
なんとも気の抜ける返事だ。
「出遅れたことは気にすんな、選挙については黒薔薇に任せるつもりでいる、もちろん何かあれば手助けはするが。嬢ヶ丘、そもそもの目的であるお前が……俺たちがアニメ体験をするには何が一番必要だ?」
黒薔薇が動いているのであれば、選挙に関して心配は無い。あいつの人望は計り知れないほどだからな、立候補するとなれば投票するという者も多いだろう、周りに投票を乞うているのであれば尚更。勝ち残ることはほぼ確定であろう。
「そうですね……、現実的にいうとやっぱりお金じゃないでしょうか……、この間やりたいことをリスト化してみたのですが、その時にふと一つ一つの費用を計算していくと、家が何軒建つんだって結果になりましたし……」
「そ、そうか」
しれっとえぐいこと言ってるんだが、『家』ってこいつ何する気だよ。四次元ポケットでも実現すんの? いや、四次元ポケット実現なんか家とかいう次元の話じゃねぇわ。
「嬢ヶ丘さん、あなたは何をする気なのですか……」
これには黒薔薇も思わず苦笑い、冗談であることを願う。
「ま、まあとにかくだな、何をしようにもお金が掛かるわけだ、しかし一介の高校生が稼げる金額なんて知れてる。金稼ぎなんてしてたらそちらに振り回され、肝心のアニメ体験ができなくなるという本末転倒。ではどうすればいいか。そもそもお金が必要にならなければいいだけの話だ、もしくは僅かな費用で済むようにする」
嬢ヶ丘の頭上には疑問符が飛び交っている。
ちょっとキメて言ったのが恥かしくなるからやめろ。
「要するに、人脈を広げろってことだよ、それが目標実現のために嬢ヶ丘がやるこった」
少なくとも今はそれだけでいいだろう。
「これからの活動において知り合いが多くて損な事はないでしょう、様々なところでつかえ――力になってくださることかと」
「そ、そうでしたか……私がやるべきことは。私一人で突っ走っちゃってすみませんでした、もう少し冷静に考えてから行動しようと思います……」
おいおい、ここは謝ったりするんじゃなくてやる気を出して気合入れて欲しいところなんだが。
「まだ何も失敗してないだろ、アフォガート奢ってやるから、頑張れよ」
「多くの人間と関わるということは楽しいこともありますが、疲れるようなこともたくさんあります、想像以上に。ですがそこで踏ん張れるかが嬢ヶ丘さんの目標実現への鍵になるかと思われます、頑張ってくださいね」
黒薔薇が言うと説得力がある、こいつも人間関係には相当苦労してきたのだろう、だからこそのアドバイスなのだろうか。
「お二人とも、ありがとうございます。……私頑張ります!」
「その意気だな」
「ですね」
これはアニメだったら『僕たちはまだスタートラインに立ったばかりだ』というやつなのだろうか。これから先どんな面倒事……困難が待ち受けていることか想像もつかない。そしてここまで関わってしまえば退くに退けない…………否。退きたくない自分がいる、この状況に高揚している自分がいる、胸が高鳴っている。
何故だろう、何故だろうか。
面倒なのに、……楽しい。
「すみませーん! アフォガート、五つ! ください!!」
「おいふざけんなマジで」
[読了後に読むことをおすすめ致します]
ご高覧いただきありがとうございます。
皆様お久しぶりです!(恒例のあいさつ)
天です。
今回は三人の距離が急速に縮まっています。変人達、気が合うのでしょうか!笑
そして、読者の方が持っている『黒薔薇 麗葉』というキャラを構成する情報も少しづつ、じわじわと出していってます。
まだまだキャラ達には隠された要素や過去がたくさんあります! びっくりさせますよぉぉ!
是非お楽しみに!
それではまた会う日まで、ばいなら~