彼女がもたらした新たなものは
「ぷっはぁ」
風呂あがりに飲むアイスココアは格別だな、いやぁこれはもう別格。変人ではない。
知っている人もいると思うが、ココアには紅茶などと同様専用のポットとカップが存在し(チョコレートポット)、そのポットで作りだされるココアはさぞ風味が出てとても美味であるという。是非とも飲んでみたいものだ。
ちなみにチョコレートポットやカップはなかなか手にはいる代物ではない……至極残念である。
……それはさておき、どうしたものか。
俺は朝にあった事を考えていた。
てか明日また会うのかよ……大丈夫かおい……。あんな変人相手にしてたら気が滅入ってしまいそうだ。滅入る気も無いがな。
それにしてもあいつ家から全然出たこと無いだけあってこの世の中の事をまるで知らないな。なにが魔導書だ、なーにが魔法だ。
……だがまぁ、十数年ほとんど外に出ずに一人でいたらそうなるのかもしれない。
そんなどうでもいい事考えてないでさっさと寝よう、流れとはいえ明日も会う約束しちまったしな……久々に人と約束というものをしたかもしれない、それも同年代の奴と、ほんと、久々だな……。
別に嬉しくなどなっておらん。
※ ※ ※ ※ ※
翌朝インターホンの音で目が覚めた。誰だよ休日の朝っぱらから、アマンゾで何か買ったか? あ、いやヨロバシの方で何か買った気もするがや……。
そんな間にも耳を劈く五月蝿いインターホンは鳴り続ける。
「あー! うるせぇ!」
これ以上鳴らされると気が違ってきそうだ、勢い良く部屋の扉を開き、階段を駆け降り足を捻りそうになるが何とか耐え、心を落ち着かせ扉を開く……わけではなく、インターホンの受話器を手にとった。
「……はい」
『おはようございます! 実さんですね!? 早く速く出てきて下さい! それか玄関の鍵を開けて下さい!』
何だこいつは……怖すぎる、そこらのB級ホラーよりは怖いぞこれ。まず何で名前知ってんの? 名乗った憶えはないが。
『あれ……実さん?』
「人違いでは?」
俺は声色を変えて言ってやった。特に役に立たない特技の一つだ。
『え、え、あれ?』
よし、動揺しているぞもう少し追い打ちかけてみよう。
「この家に実という者は居ませんが……」
『え……でも……』
何だよ、そんなに俺と遊びたかったのかよ、あいにく昨夜なぜかあまり眠れなかったせいかとてつもなく眠いんだ、ほんとなぜか。
だから少し休ませてくれ。
通話を切る旨を伝えようとした拍子。
『表札に侘来て書いてあるじゃないですかぁ~ちゃんと調べてます、抜かりはありませんよ実さん! 早く出てきてください』
なんだって。
まあ苗字知ってんだよな、名前も知ってるわな。当然だよな。
深いため息と共にもう打つ手が無い事を悟る、とぼとぼと玄関に向かい重い重いその扉を開いた。
※ ※ ※ ※ ※
さて、場所は変わって今は駅前の喫茶店にいる、ここの喫茶店は駅前にも関わらず人の入りが少なく、店内の雰囲気も落ち着いていてとても気に入っている。
なんといってもここのアフォガートが絶品なのである、もう何個でもいけちゃうのである。
そんなこんなでその素晴らしく美味であるアフォガートを俺は食しながら向かいに座るウキウキ顔の「嬢ヶ丘 由那」すなわち自販機娘に問いかける。
「それで、具体的にはなにがしたいわけ? もちろん現実の世界でできることだぞ」
またこいつがわけのわからんファンタジーなことを言い出したら、このアフォガートにかける苦い苦いコーヒーを口につっこんで黙らせてやろう。
「うーん……そうですねぇ…………では、手始めに『部活設立』とかどうでしょう!?」
「やっぱりやっぱり、アニメと言ったら部活物ですよ!」
はーん……部活物ね……、確かにアニメっぽいと言えばアニメっぽいが……なんかその言い方は引っかる。
ミントとともにアイスを食べきり、問うた。
「ほーん、じゃあ何部設立すんだ?」
「えーと、それはまだ決めていません」
はい、これでもう嫌な予感が当たる確率大幅にアップですわ。今ならキャンペーン中だから、三倍くらいしとくわ。
この先の質問の答えは聞く必要もなく分かってしまったが続ける。否、分かったが故に続けてやった。
「まず、設立して活動していくには、共に部活に勤しみ、青春を謳歌してくれる仲間が必要になるわけだが」。
「いるのか?」
「うぐっ……」
うぐぅ? 例のたい焼きの子かな?
どうでもいいけど青春を謳歌するってアニメっぽいよな。一度は使ってみたいセリフ、ということで使ってみた。
「まぁ、名前だけを借りるということもできるが…………一応言っておくが俺には名前を借してくれる知り合いはいないのだが」
「お前、いるのか?」
「ぐぅ……」
はぁ、やっぱりな、こいつ『部活設立』したいだけだろ。理由を聞けば恐らくこうだろう。
『部活設立のために頑張るのがいいんですよ! そのために仲間を探し、いろいろなところに行く。そしたら何やら問題を抱えている方と出会うんです』
『そして問題を解決して、晴れて入部! はぅぅぅぁぁ! 想像しただけで何ともワクワクしますぅぅ!!』
やだもう、エスカレートしてまだ見ぬあいつの姿までも想像しちまったぜ……俺の想像力豊かなところが裏目に出てしまったな……。八割方あってると思うが。
もう溶けてしまったアイスと、コーヒーが混ざった物をスプーンで掬い上げ口に運ぶ。
面白そうなのでもう少しからかってみることにした。
「そしてそして、教師達を納得させられる設立理由はあんのか?」
「はうぅ……! 言葉という名の弾丸が私を貫くぅ……」。
目が大なりと小なり見たいになってるけど、あれ、この世界アニメなんじゃね?
「というかさ、お前同じ学校だったか? 話したことはもちろん、見かけたことも無いと思うのだが」
あ、でも俺授業終えたらすぐに下校するし、同じクラスでもない限り見かけてなくて当然かもしれない。休み時間はトイレ以外立ち歩かないしな。はは。
「それは……実さん、話したじゃないですか、学校どころか外にもあまり出歩けないんです」。
「…………」
「あ、で、でも。学校は何回か行ったくらいなので、知らなくて当然だと思います……!」
沈黙する事しか出来なかった、無神経だった、こいつが陽気なもんだからその流れに乗って言葉を選ばなくってしまっていたようだ。
だが、それも言い訳にしかならないだろう。無神経なのに変わりはない。
こういう時はなんて言ったらいいんだ、分からない。脳をフルに使って高速で答えを導きだそうとするが、いままでに無い経験のため思考停止、完全にこれから学習するモードに入ってしまっている。
アニメならこんな状況でも何かしらが起きて無かったことにしてくれるか、気さくに謝って話を続けるのだろうか。
俺にはその勇気は無かった。
「そうだったな、悪いことを言った」
そんな、当たり障りのないことしか言えなかった。
空気が重く、張り詰めたものに変わっていく。そうした空気達が俺の肩に覆い被さり、ずんずんと肩が重くなってゆく。
なんなんだろうな、やはり俺には一人部屋で籠って一人遊びしていたほうが性に合っていたようだ。そんなこと分かりきっていたはずなのに、ちょっと出会いがあ
「……そ、そうとなれば部員集めですね! 可愛い女の子とか美人な女の子とかゲットしちゃいましょうよ!」
あ、ちょっと待って今俺が語ってたところだから、こういう時はちゃんと待ってから喋らないとダメでしょ? お母さん言わなかった?
ていうかさ、部活マジで作るの? さっきさんざんダメな点を挙げていったでしょう?
「ど、どうしましょうねぇ、あ、そうだ実さん誰かいい人探しておいてくださいよー」
俺が黙っているものだから気を使わせてしまっているみたいだ。
「じゃあ、今日のところはこれにてお開きという感じで……」
「あ、ちょっと待っ」
「また連絡しますね、今日はありがとうございました」
言うと、そそくさと帰って行ってしまった、なんだったんだ。
時間にして約一時間、夏の夕立の如く突然やってきたあいつ……いや違うか。
『嬢ヶ丘』は通り雨の様に瞬く間に去っていった。
俺がこんなことをしてもいいのだろうか、ぼっちはぼっちらしく部屋で一人で籠ってたほうがいいのではないだろうか。
そうでないとまた誰かを傷つけ兼ねない、誰かどころか自分でさえも傷つけてしまう。
……だがなぜそんなことが分かっていても人は別の人を求め、群れるのか。
承認や温かさを求めるのか。今までは本当に理解に苦しんでいたが、今日嬢ヶ丘と話して少しだけ分かった気がする。
特に意味なんかないんじゃね? 本能的に繋がりを求めているから本人も自然とそれを得るための行動を無意識にしているだけなのではないか、本人も分かっていないのであろうと。
そう思うと、俺が気難しく考え、苦しんでいるのはとても馬鹿らしく思えた。
「はぁ」
気づくとそんな溜息を漏らしていた、だが不思議と気分は良好だ、スッキリ爽快というやつだ。
「ふ、明日から、部員探しだな……」
あ、ていうか。
「金置いて帰れや」
かっこよく締めさせて。
ご高覧頂きありがとうございました。
なんだかんだ考えていたら、半年程も掛かってしまいました。
今回は親愛なる友であり、妄想仲間であるT君にアドバイスをもらいながらあーだこーだ言い合った末の執筆でした、私とは違う好みのT君ですのでそれが私の好みと上手くお料理されると素晴らしい物が出来るのではないかと自負しております。
そんなこんなで、お楽しみ頂けましたら幸いです。
しーゆーねくすたいむ!