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祥子さんの夢現

作者: 鼎ユウ

手軽に読める話になっていたらと思います。

怖くはない、と思います。

 年が明けて早三日。寒い日ばかりが続き、朝は温かい布団から出るのが憂鬱(ゆううつ)です。

 モゾモゾ、と布団の小山が動きます。

祥子(しょうこ)、いつまで寝てるの? 早く起きてきなさい」

 お母さんが祥子さんを起しに来ました。

「うぅー。今起きるー」

 祥子さんはモゾモゾと布団から這い出してきました……が、瞼はまだ半分閉じたままです。

 ふらりふらりと危なげに歩いて祥子さんは(だん)を求めてこたつへ辿り着きました。

「温か~。ぬくぬく~」

 温かくなればまたまた眠くなります。

 自然と、祥子さんの意識は遠退いていきました。


          ◇◆◇◆◇


 ここはどこでしょう?

 何度目になるのか、祥子さんは視線を巡らせ辺りを見回しますがやはり見覚えがありません。

「あれ? ここどこ? ついさっきまで家のこたつに居たはずだけど……?」

 疑問に首を傾げます。

「こたつが暖かくてまた眠くなったんだよね。で、うとうとして……そうか、これは夢だ! わたしこたつで寝てるんだ」

 なるほど、と自己解決すると祥子さんはもう一度横になりました。

 ぽかぽかと春のような陽気で気持ちがいいです。

 他人の家の見知らぬ縁側で勝手に座布団を拝借し、無断で惰眠を貪っていますが祥子さんは気にしません。

 だって

「これは夢だから……許されるんだよ……むにゃむにゃ」

 温かな風がそよとふいて祥子さんの頬を撫でていきます。どこからか鳥の鳴き声も聞こえます。

 温かな縁側で誰にも邪魔されることなく惰眠を貪れるなんて素晴らしい。

(まるで夢のようだよ……あ、夢か)



 どれくらいそうしていたでしょう。

 ふと気配を感じて祥子さんは目を開けました。

 家主が帰ってきたのでしょうか? それは大変です。

 もし、家主が帰ってきたのなら挨拶をしなければいけません。

「居心地のいい縁側をありがとうって言わなきゃね」

 感謝の気持ちは大切です。

 大きく一つあくびをして、枕代わりにしていた座布団に座ります。

 そして、家主の登場を今か今かと待ちます。

 

 正座で待ちます。

 にゃ~、猫が鳴きました。

 背筋を伸ばして待ちます。

 にゃ~、猫が鳴きました。

 待ちます。待ちます。待てません。

「あー、足が痺れたー」

 にゃ~。猫が鳴きました。


 痺れた足を投げ出して痺れの波が引くまで耐えます。

 一向に現れない家主。痺れた足。とうとう祥子さんは音をあげてしまいました。もう無理。


 にゃ~。ゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らしていつの間にからか隣に猫が居ました。

「ま、まさか猫が家主……なんてことはあ――――」

「そうだニャ」

「ったー。いやでもいやでも、猫が喋るなんてあり得ない。いくら夢でもあり得ない。二足歩行くらいしないと信じない」

 首を横に振り、否定する祥子さん。

「猫は二足歩行なんてしないニャ」

 茶色と黒色と白色の毛をした、三毛猫が言いました。

「夢なのに変なトコで現実的」

(やたら顔のパーツが中心に寄ってるな。これが俗に言うブサカワか……ん、可愛いかな?)

 一度納得するも、疑問を抱く祥子さんです。けっこう酷いことを考えています。


「その夢をみているのは祥子さんだニャー」

「あーあー、聞こえないし分からない」

 両手で耳を塞いで目を瞑り、拒否。自分は関係ないと言い張ります。

 意外と祥子さんは頑固者のようです。


「……まあ、いいニャ」

「いいんだ」

「この縁側の居心地はいかがかニャ?」

 ポツリと呟いた祥子さんのツッコみは流されたもよう。

「最高だね。お日様の光はぽかぽか暖かしい、そよ風は気持ちいし、何より煩くない」

「そうニャ、そうニャ。縁側の主も一押しニャ」

 三毛猫は嬉しそうに何度も頷きます。

「君が主?」

「そうニャ」

「良い所だね」

 再びごろりと横になる祥子さん。

「そうニャ、そうニャ。祥子さん、ずーっとここに居たくなるニャ?」

「良いねぇ。ずーっとここにい……ばふっ! な、何これ!」

 突風が吹き、どこからともなく飛んできた布が祥子さんの顔に張り付きました。

「なになに? くるしっ、誰か助けてっ!」

 焦れば焦るほどすぐには取れません。

「もう、何なのさ!」


          ■□■□■


「はっ」

「祥子、起きたと思ったらこたつに居たの。早くご飯食べちゃいなさい」

「へ? ここは……家?」

 洗濯物を抱えて、お母さんが言いながら通り過ぎて行きました。

「うぷ。コラ、タロ何すんの? 苦しいでしょ」

 祥子さんの家で飼っている大型犬のタロが顔を尻尾で撫でてきます。

(どうりで苦しいわけだ)

 夢の中で苦しかったのはタロが原因だったようです。

 当の本人? は自分は無関係だと言わんばかりに、そっぽを向いています。

 もうだいぶ年のいったおじいちゃん犬なのです。

「タロ、聞こえないフリしてもダメだよ」

 大きな口を開けてあくびをし、知らん顔をするタロ。良い性格をしています。「もう、意地悪しないの。昔は可愛かったのに」

 あー、朝ご飯食べちゃわなきゃ、と言いつつも祥子さんはこたつの魔力からはなかなか抜け出せません。

「出たくないよー。でもお腹空いたよー」


          ◇◆◇◆◇


 何だか遠くが騒がしいです。

 訂正、遠くの方から賑やかな声が聞こえます。

 祥子さんはいつの間にか外に居て、靴も履いてますしコートも着ています。マフラーだってしています。

 ついさっきまで家のこたつに居たはずなのにおかしいです。

 けれど、祥子さんは全く気にした様子もなく声のする方へ歩いていきます。


「あ、なんかいい匂いがしてきた」

 甘く甘く煮込んだ、これは……

「あんこの匂いだ!」

 叫ぶと同時に祥子さんは走り出しました。けれど、空腹のせいですぐに歩みは遅くなります。

「お腹空いたー」

 思えばまだ朝食すら食べていないのです。

「食べる前に寝たのはわたしだけどねっ」

 意味もなくどや顔をしてみます。本当に意味がないです。


 どうやら祥子さんはまた夢をみているようです。

「やあ、祥子さんいらっしゃい。お腹空いただろ? さ、これを食べて」

「お餅……?」

 差し出されたお皿には美味しそうなお餅が乗っていました。

「あんころ餅だよ。ぼく等が()いたんだ」

 差し出されたお餅に目が釘付けだった祥子さんは、そう言われて初めて視線を上に向けました。

 そう、お餅をくれた良いヒトに、です。

 この時、手はちゃっかりあんころ餅の乗ったお皿を受け取っています。

「ウサギ? ……ウサギがお餅搗いてる」

 ある意味納得、ある意味不自然。

 赤い目をした真っ白な姿のウサギです。

「でも二足歩行だし、あんころ餅美味しいし、いいか」

 祥子さんの理屈はおかしです。けれど、それを指摘してくれる人は生憎ここには居ません。


 モグモグ、と差し出されたあんころ餅を頬張る祥子さん。どうも、思考力は食欲に負けたみたいです。

 食の力って凄いですね。

 祥子さんにあんころ餅を持ってっ来たウサギに後ろでは二匹のウサギがお餅を搗いています。

 その横では搗きたてのお餅を丸めてあんこを包むウサギが二匹。

 合計で五匹のウサギがここに居ます。

「祥子さん、お茶もどうぞ」

「あ、ども」

 気の利くウサギです。

 ちょっと苦いお茶をすすり、甘くなった口の中をリセットします。そうしてまたあんころ餅を頬張れば甘いあんこが口の中に広がってとても美味しいです。

「祥子さん、あんころ餅のおかわりはどうだい?」

「頂きます」

 即答です。

 空のお皿があんころ餅の乗ったお皿と取り替えられたました。

「ねえ、祥子さん。あんころ餅は美味しいでしょ?」

「うん、美味しいよ」

「こんな美味しいあんころ餅をこれからも食べたいと思わない?」

 ズイッ、ウサギが身を乗り出してきました。

「ずーっとここに居たいと思わない? ね、祥子さん」

「うー、あんころ餅食べ放題かぁ。それは魅力的だね。帰りた……」

 祥子さんの言葉を遮るように、空の彼方からひゅるるる~、と間の抜け音がしました。

 何音だろうと空尾を見上げた祥子さんは自分の目を疑いました。

 なんと、空から特大サイズのあんころ餅(よもぎバージョン)が降ってきたのです。

 逃げようにもあんころ餅(よもぎバージョン)はもうすぐそこまで迫っていて逃げられません。

 祥子さん、絶体絶命。

 慌てふためく祥子さんの上にあんころ餅(よもぎバージョン)はのしかかってきました。


          ■□■□■


(思い、苦しい)

 無造作に伸ばした手が何かに触れました。

(温か? もふもふ?)

「……って、またタロか! もう、なんでお前は人の上にのしかかってるの。どうりで重いし苦しいわけだ」 

 大型犬が全体重をかけてのしかかれば当然の結果です。

 それが影響してあんな夢をみたようでした。


 くぅん、と鼻にかかった鳴き方をするタロに

「いい年してそんな鳴き方しても可愛くないの。(ほだ)されませんよ」

 と切って捨てます。

「祥子! いつまでそこにいるの! いい加減に朝ご飯食べちゃいなさい」

 お祖父ちゃんの家に行ってくるからね、とお母さんは出かけて行きました。

 早く食べなさいよ、と玄関の戸を閉める直前にもう一度釘をさすことを忘れません。

「朝ごはんか~。あのあんころ餅美味しかったな。惜しくらくはよもぎのあんころ餅を食べ損ねたことだね。普通のヤツは夢でたくさん食べたけど、やっぱりお腹はふくれない。むしろ、逆に空腹が増した」

 お腹が空いたでも寒い、と祥子さんはなかなかこたつから出られません。

 こたつの魔力は継続中のようです。

 はた迷惑な愛犬のタロも祥子さんの上から退いて息苦しさから解放されました。いつでもこたつから出られます。

「寒い、眠い、お腹が空いた。寒い、眠い、お腹が空いた……」

 さながら呪文のように呟く祥子さんでした。


          ◇◆◇◆◇


 温かな風がそよとふいて祥子さんの頬を撫でていきます。どこからか鳥の鳴き声も聞こえます。

 そこはいつかの縁側でした。

 ポカポカと陽射しは気持ちがいいです。


「やあ、祥子さん。いらっニャい。また会ったニャ」

 目を開けた祥子さんの視界に猫が映ります。

 祥子さんが「ブサカワ」と称し、すぐに「カワ」の部分を否定した猫です。

「あれ? またここ?」

 首を傾げますがどうせ夢だからと深く考える事を止めました。

 ふわり、と甘い匂いが漂ってきました。

「祥子さん、よもぎのあんころ餅は食べるかい?」

 いつの間にやらあの時のウサギが横に居て祥子さんにあんころ餅(よもぎバージョン)の乗ったお皿を差し出しています。

「食べる! ……うま~」

 搗きたてのお餅は美味しいです。

「寒くもなくて暑くもない気温に、静かで居心地のいい場所。それに、おいしい食べ物。ホント最高だね」

 しみじみと、今の幸せを噛みしめるように祥子さんが言います。

 その言葉に猫とウサギの耳がピクリと小さくはねました。


「ここなら祥子さんに文句を言うヒトなんてだーれも居ないよ?」

「ここなら祥子さんの邪魔するヒトなんてだーれも居ないよ?」 

 ね、ずーっとずーっとここに居たいよね? と猫とウサギが迫ります。


 その表情はどこか……(くら)い。


「ずーっと、か。とてもとても魅力的だねぇ」

「さあ、祥子さん言って」

「ずーっとここに居たいよね?」

 祥子さんはさらに一口、あんころ餅(よもぎバージョン)を頬張ります。

「わたしはずーっとここにい……」


 ガタガタッ! ワンワン!


 庭と道とを隔てる垣根を突き破って現れたのは

「えぇっ、タロ!?」

 まさかの愛犬登場に困惑する祥子さん。こんなキャスト聞いていないと頭を抱えます。

 今までに見たことがない怖い形相で乗り込んできたタロに祥子さんは不安になります。

「タロ、タロ。怖い顔してどうしたの?」

 威嚇するように低く唸り声をあげながら、祥子さんの前に立ちました。

「タロ?」


 グルルル、ワンワン!!


 一際(ひときわ)大きく吠えました。


「「ギャー!? 逃げろっ!」」


 それに慌てたのはなんと猫とウサギです。

 タロの登場で石のように固まっていた二匹ですが、タロが大きく吠えた途端金縛りが解けたかのように絶叫しながら逃げて行きました。

 (しば)し呆然とする祥子さん。怒涛のような展開についていけません。


 ワン


 タロが一度鳴きました。

 先ほどまでの怖さは何処へやら。いつものタロです。

 遠くでなにかが呟きました。


『残念、あと少しだったのに』


          ■□■□■


「うーーん……はあ」

 腕と足をのばして伸びをします。

「おはよう、タロ。お前はとうとう人の夢にまで出てきたね。なんて犬だ」

 ぐりぐりと撫でまわしもう一度伸びをして立ち上がります。

「さすがに寝過ぎた。寝て餅を食べる夢をみたけどお腹空いたから朝ご飯食べよ」

 お母さんが帰って来る前に食べちゃわないと怒られちゃうから、と祥子さんはキッチンへと歩いていきました。

 

 その後姿を横目に見ながら、タロは興味なさ気に大きくあくびをするとまた目を閉じました。




「ずっとここに居たい」や「帰りたくない」などの言葉を口にすると夢に囚われてしまうよ、という話です。

祥子さんはいつも愛犬のタロに助けられていたのでした、という落ちです。


閲覧ありがとうございました。

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