002 助けた妖精にはめられて。
「我らは受けた仇も恩も、万倍にしてかえすことを信条としている。お前たちヒトがグノーシスと呼ぶ我らの叡知の結晶、受け取るがいい」
まず、なぜ礼と言いながら上から目線? と、お聞きしたく。
次に、どっかで読んだ気がしますよその設定。と突っ込みたかったです。
なにせ昔読んだあの話と同じく、現在過去未来の言語を、伝えたいと思い駆使するこの世のことば全てを操れる能力が、この指輪をはめるだけで身につくというのですからねぇ。
「いやいやちょっと待って下さい」
漫画大国クールジャパンに住む者としては、これだけは突っ込まずにはいられませんでした。
「まさか、これ一度はめるとぜったいに外れないとかですか?」
「うむ。よく知っているな」
うおいっ当たりかい!
間髪いれずの答えに、芸人さんのごとき激しいジェスチャー付きで返したかったのですが、それよりも。
「じゅあ…まさか…、この指輪が赤く光ったら跳んで、青く光ったら戻ってとか……」
最も重要な点を確認せねばなりません。
そして、いくら相手が自分の半分くらいの背丈しかなくとも、とんがり帽子に、ファンタジーでしかお目にかかれないフェルト地のようなチュニックにタイツかキュロットかというくるぶしまでのパンツ、そしてそして、歩きづらそうな先のとんがった革靴という、珍奇な格好をしていたとしても。
目上には敬語。これは鉄則です。
「なんじゃそれは」
ええ、相手から同じように敬意をかえされなくともかまいませんよ!
よく知っているなとまた返されなかったことにはほっとしましたが、よく知らないヒト(妖精?)からでも呆れた、そして可哀そうな子をみられるような表情で見上げられれば、地味に傷つきますけどね。
「おまえ達ヒトは、ときどき突飛なことを言う。それとも以前地上にでてから随分……確か百年か? 経っておるから、退化したのかの。そんなお伽噺のような機能をつける訳なかろうが」
お伽噺!
聞きまして、奥さん。ファンタジーの住人から、お伽噺呼ばわりされましたよ。
ついでに罵倒された気もしますが、そこは自分の為にスルーしておきましょう。
「ソウデスネー」
ま、思わず片言でかえしてしまったのは、仕方がありませんよね。
「この指輪とお前は、一種の契約を結ぶことになる。お前とこれと、二者間のみの」
あぁ、はい。私の反応はまったく気にならないようで、説明続行ですか。別に構いませんが。
いま気づきましたが、彼…彼? は、日本語を話していますよね。そして、万能翻訳機であるらしい指輪は、彼の皺だらけで枯れ木のような手の平の上に、いまだ鎮座していますが……。
ふふ。賢者ともなれば、極東にぱっかり浮かぶ島国の言語を操るなぞたやすいものなのでしょうねー。
「―だから、お前の生あるかぎり、この指輪を使役することができる。一度嵌めれば、何人たりとも、たとえお前自身でも、ましてや創ったワシ自身ですら、はずすことはできない。さらにはお前がはめる前に誰かもしくは何かがこれを奪っても、使うことはできない。そういう術を練り込んであるからな」
聡明な光をたたえるグノーシスさんの瞳をみつめ、その少しかすれた低い声を聞いているうちに。深い海の底や森をのぞき込んでいるような、ぼんやりとした穏やかな心地になってしまいます。
お腹一杯学食のBランチを食べた後、階段教室の日当たりの良い窓辺で授業を受けていた時のように、頭がゆらゆらと揺れて、前かがみに―――。
「だからお前が死ねば契約は解除され、これは無にかえる」
うん。覚醒しました。
さらに気が付いたら、指輪を嵌めていました。 自分の手で。
「これで契約はなされた。我らの叡知がお前の生をゆたかに彩ってくれることだろう」
指輪がしっかりはまった私の左手をとり、グノーさん(グノーシスだからそう呼ぶといま決めました)は、大きく満足げに頷いています。
あ、消えちゃう。
何故だかそれがわかって、私は取られていた左手をそのままに、彼の小さな手ごとにぎりました。
「あの……!」
足もとがすでに半分消えかけていたグノーさんの不思議そうに見上げる目にうながされ、とりあえず口を開きます。
ほら、なんかあるでしょ。ショップ店員時代には、考える前に言葉がすべりでて来たじゃないですか。
「使用上の注意ってないんですか?」
よし! とっさにしてはナイス自分。
そうですよ。赤く光れば……なんて漫画設定は一笑にふされましたが、これが道具である以上、マニュアルがあるはずです。
使用方法および目的は、もうわかっています。この世のあらゆる言語を自在にあやつること。グノーシスの知恵の一端を借りること、ですね。
ならば、それこそファンタジーにお約束の、使うたびに生命力を吸い取られるといったリスクがあるのでは……?
「あぁ」
私の質問に、手を取られたまましばし首をかしげていたグノーさんは、なにか思いつかれたのでしょう。うん、とまた大きく頷かれました。
「そうだ、そうだ。よい質問だぞ。お前はヒトにしては賢いではないか。さすが私を助けただけある」
なんでしょう。まったく褒められているようには思えません。
っていうより自慢? 自慢ですか今の。コレに助けられる俺やっぱりえらい、そう言うこと?
「この指輪が使役するモノの生命力を奪ったりはしない。ワシがそんな危険で不完全なものを造るわけなかろう。
しかし確かに、力を発揮する上で糧は必要である。それが自然の理というものだ。そしてその糧は、お前を求める他者からもらう」
「……は?」
私を、求める、他者?
「いえあのグノー…シスさん。大変申し訳ありませんが、私はその……異性にもてる様な外見も人間的魅力も持ち合わせてはおりませんので、他人に求められることは滅多にないのですが……」
自分で言っててすこし哀しくなってきましたが、事実です。厳然とした。
そりゃ30年近くいきてりゃ、男性と付き合ったことくらいはありますよ? 2度だけですが。
でもそのどちらとも私から告白して、「まぁいいよ?」って感じでお付き合いが始まって、「よく見りゃお前可愛いよな」「だんだん好きになってきたかも」なんて言葉でもすごく嬉しくて――――――いまは一人です。
ちなみにかつての彼達はもう結婚しているらしいです。もちろん好きでしたけど、特にイケメンではありませんでした。
……あぁ。
そうやってひとり凹んでいた私ですが、低くかすれた声が淡々と告げた言葉に、浮上しましたよ。
「これからは、お前は求められるようになる。指輪の魅了の力によってな。相手によってはやっかいな事態になるとも限らんから、気をつけておけ。それが使用上の注意だ」
「………は?」
「それではさらばだ」
いい仕事したとばかりにまた大きく頷いたグノーさんは、ぽかんと口をあけたまま、解かれた手をだらりと下ろした私を尻目に、今度こそ消えてしまいました。
「あぁそうだ。魅了されるのは、男だけとは限らんぞ」
な~んて、非常に気になる言葉を、最後に残して。




