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013 Guity Pleasure……秘密なのはいまだけですわ!

お久しぶりです。


「……嬢様、アンジェラお嬢様」


 

 いつの間にか目の前に立っていた秘書に呼びかけられ、わたくしははっと顔をあげました。



「―――イーサン……いくら秘書あなたとはいえ、淑女レディの居室に入る時は、ノック位するものよ? それからお嬢様と呼ばないでと、私、お願いしなかったかしら」



 無作法を咎めつつ、さっきまで食い入るように見ていたタブレットをさり気なく小テーブルに伏せた。

 この至宝の存在を、誰にも気取らせてはならない。イーサンは仕事至上主義の朴念仁だけれど、油断はできないわ。

 男だし。なによりお姉さまですもの。私が10歳の頃からまったく外見の変わらないこの若年寄、その頃から今まで女の影も、男の影もないイーサンだってひとたびお姿を拝見すれば最後、メロメロにしてしまうわ絶対に。


 あぁあの聡明な黒い瞳……! まるで知識の深淵をのぞきこむよう深く静かな、この世のすべての叡智を内奥しているようなあの瞳!想い出すだけでくらくらしてしまう。

 天才児なんもてはやされ、たかだかスキップで大学院まで出たくらいで天狗になっていただなんて。お姉さまに会うまでの私は、なんて愚かだったのかしら。


 5カ国語が話せる? ハッ! だからなんだというのかしら。お姉さまなんて、「数えた事がありませんけれど、大抵の言語なら」っておっしゃるくらいなのよ? ラテン語だろうと古英語だろうと、エジプトの遺跡で発見された石の碑文だって、辞書なしでお読みになられるのよ? ちなみにお姉さまに最もお似合いになるのは、フランス語だと思うわ。もちろん母語である日本語は別格だけれど。私が悔しい事にすべて理解は出来ないから。もっと精進しなければ。


 あぁお姉さまに初めてお会いしたあの運命の夜、私小生意気な顔で、上から目線で笑っていなかったかしら。「日本の方は英語が苦手と聞いた事があるけれど、この方は大丈夫かしら?」そんな失礼な事を考えていたなんてことをもしお姉さまに知られたら……耐えられない。死んでしまうわ!

 あぁでもダメダメ。死んでしまったらお姉さまに会えなくなるもの。お優しく麗しい笑顔、ずっと耳元で私の為だけに囁いて頂きたいあの、少し低めのアルトの声。それを馬鹿な男ども……特にお兄様から守るためには……




「アンジェラ様。いい加減帰ってきてください」



 せっかく拳を大きく突き上げ日々の決意を新たにしようとしたのに。無粋な秘書の一言に遮られてしまいましたわ。

 なんですの、騒がしい。その無駄に大きな手をパンパン叩かなくとも、ちゃんと聴こえていましてよ。



「ノックなら入室前に叩いた指が痛くなるほどしましたし、私が貴女をお嬢様と呼ぶのはどう言う時かお判りでしょう」

「……相変わらず嫌味な人ね」



 その半開きの目、どうにかならないものかしら。

 主に向ける目とは到底、思えないのだけれど。

 あぁあの歓喜の日、サラお姉さまに初めてお会いしたあの日、イーサンがいなかったのは、本当に幸運だったわ。こんな表情を見せてしまったら、繊細なお姉さまがどれだけショックを受けられるか……いいえもちろん。私がそんな事をさせはしないけれど、もしも。万が一よ。私に向けていたとしても、お姉さまはお優しいから私を庇おうとしてしまわれるわ。

 そう考えると、あの無能な事務局長もたまには役に立つわね。あの男の尻拭いの為にイーサンを遣らねばならなかったのは腹が立ったけれどお陰で朴念仁にお姉さまの麗しいお姿を見せないで――



「お嬢様」


 

 イーサンの大きな手がまた鳴らされ、私は夢幻の世界から渋々帰還した。



「何かしら爺や?」


 

 礼には礼を、無礼には無礼を。ただし、あくまで優雅に美しく。お婆様の教えよ。

 他の人には判らないかもしれないけれど、こう応えるとイーサンは必ず、左眉の端をぴくりとさせるのよね。きっと密かに自分に若年寄り臭が漂っているのを、気にしているんだわ。

 でも仕様がないわよね。久々の休日を満喫していた私にこうやって煩く言ってくるのだもの。本当に、ジャシカ様が時折漏らしておられた爺やみたいだわ。



「今日はなんの予定も入っていないはずよ」



 そう。だからこそ秘蔵のアルバム(動画あり)を朝からじっくり見返そうとしていたのに。とっておきの紅茶を淹れさせて、お気に入りの窓辺に座り、至福の時間を過ごしていたのにとんだ邪魔が入ったものだこと。



「適度な休憩は仕事の効率をあげる。そう私に教えたのは、貴方ではなかったかしら? ここ一週間、チャリティパーティのセッティングやガラコンサートの打ち合わせで忙しかったのだから、今日は完全な休養を取るつもりなのだけれど?」



 言外に退出を匂わす。


 本当はもぎとったこの休み、一日中サラお姉さまと過ごしたかったのだけれど、お仕事ではね。その代わりのアルバム鑑賞だというのに……。

 一刻も早くみたい。溺れたい。でもちらりとでもイーサンに見せるのなんて出来ない。これ以上、お邪魔虫は要らなくてよ。


 本当にもう。美しくもあでやかなおねえさまに惹かれるのは自然の摂理と解っていても、目障りであることには変わりないわ。仕事はともかく女性に関してはヘタレなお兄様は簡単に除外できるとして、あのジャック・デュトロンは少々厄介ね。探らせてはいるけれど、いまのところ目立った弱みはなさそうだし。派手な女性遍歴を論おうにも、お優しいお姉様は「あ~人それぞれですし」なんて鷹揚に構えてらっしゃるし。ま、相手にしていないって事でもあるけれど。ふふっ。ご愁傷様。

 でも経験豊富なのは確かだから、ご自分の魅力に無頓着なお姉様が無自覚に煽られて、あの無節操男が理性を飛ばしていつ襲いかからないとも―――



「アンジェラお嬢様。例の業者からお待ちかねのDVDが届いたのですが」

「なんですって!?」



 まだいたらしい爺や(イーサン)に皮肉の一つも言ってやろうと口を開きかけたけれど、続いた言葉に淑女らしからぬ声を思わずあげてしまいましたわ。

 顔を向けた先、彼の大きな手には、ケースに入ったDVDが。



「あぁようやく来たのね!業者をそろそろせっつこうと思って……ってなんで貴方がそれを知っているのよ!」



 せっかく秘密にしていたのにと焦る私に、イーサンがしれっと返してくる。



「業者との折衝は秘書の仕事では?」

「それはプライヴェート用ですの!」

「私はお嬢様の家令でもありますので。先日もベルギーでテロがあったばかりです。郵便物や届け物の検閲は当然致します」

「……中身は見ていないのでしょうね」



 忙しさにかまけて、直接手渡しさせなかったのは、私のミス。甘んじてその結果は受けましょう。

 でも万が一、私より先に観ていたら……



「パッケージを確認しただけです。納品書は見知った業者の名前ですし、DVD一枚にそこまで警戒する必要もないかとは思いますが、万一に備えてご覧になるなら同席して確」

「必要ないわ。下がりなさい」



 とんでもない事を云おうとしたイーサンの言葉など、ぶった切ってやりましたわ。

 さらには察しの悪い爺や向かって手を差し出してやります。さっさとそれをお渡しなさいな!



「お嬢様……」

「これはあくまで私的に、親しい、えぇとても親しくも慕わしい方とのプライヴェート・フィルムです。新年に我が家で開催したパーティーの様子を撮影させたものだし、貴方が心配する必要はなにもないわ」

「私的、ですか」

「えぇ。秘書や家令や爺やに囲まれていたって、最低限のプライヴェートは持てるのではなくて?」



 

 しばしの睨みあいの後。私は見事勝利を収めましたの。

 もちろん始めから判っていた事ですわね。



「……秘密のお楽しみで、嫌われなければいいのですが」



 イーサンのそんな負け惜しみなど、無視ですわ無視!

 私に手抜かりなどありえませんわよ。ちゃんと撮影の許可をお姉さまから取っておりますもの。




 はあぁ………「いや、あの、恥ずかしいですから」なんてご謙遜なさって。カメラに気づいて顔を赤らめるお姉さまの、可愛らしい事といったら! 思わず身悶えしそうになりましたわ。

もちろん淑女のプライドにかけて、表に出す事はありませんでしたけれど。


 ふふっご安心なさってお姉さま。これはあくまで私のみが鑑賞しますから。えぇもちろん。お姉さまの魅惑的な微笑みも軽やかな笑い声も、音楽に合わせて小さくハミングされるお姿も、私だけのもの。撮影隊には望遠で撮らせましたから、あの妙なるお声もハミングの音も最高の音質では残せませんでしたけれど、そこは次回の課題と言う事で。


私達の周りには、あくまでさり気なくですけれどSP達に壁を作らせましたから、お姉さまの寛いだお姿は、誰にも見られていないはず。お兄様がちょろちょろしていらっしゃったようだけれど、あのヘタレは遠くで指をくわえているのがお似合いですわ。



 ふふふっきっと知ったら悔しがるでしょうねぇ……。お兄様だけではなく、あのにっくきジャック・デュトロンも。


 いくらコネを駆使してお姉さまとボックス席で二人っきりで観劇する栄に浴そうとも――あぁでもやっぱり腹立たしい。知った時はお姉さまの前でなければハンカチを噛みちぎりたかったくらいですわ。そしてもちろん、その後でやりましたわよ。お気に入りのハンカチを駄目にする代わりに、地下の射撃訓練場で。的にはもちろん……ふふふっ。


 まぁともかくも、そんな姑息な手を使おうとも、お姉さまの下着姿を拝見できるのは、同じ女性であるわたくしだけ。あらもちろん、着替えをお手伝いしただけですのよ? プレゼントさせて頂いたドレスは一人では着られない物でしたから。えぇここぞとばかりにしゃしゃり出てきたメイド達など、華麗に退けてやりましたわ。


お姉さまの素敵なお身体、象牙色のすべらかなお肌を、実は豊かなお胸につんっと上向きな丸いお尻を、誰と分かち合うつもりもなくてよ。

 お姉さまは実は、ダンスを嗜まれておられますから。ソシアルやワルツではなく、サルサやフラメンコなどのやや激しいものをお好みですの。あぁぜひ拝見したいわ。一度と言わず何度でも。

 そのお陰で足首や脹脛が見事に引き締まっておられて……はぁあ素敵。あの張りのある太腿に手を―――



 っあら私ったら。ちょっと暴走してしまいましたかしら。うっかりお姉さまに気取られては、あのデュトロンのごとく警戒されてしまいますものね。しっかり理性を保っておかなければ。今は、まだ。


 待っていてくださいませね。お姉さま。元から計画を立てるのは得意ですの。我が国では同性婚も合法ですから、二人の未来には何の憂いも障害もありませんわ。

ウェディグドレスやパーティーは二人でゆっくり決めるとして。まずはお姉さまの周りをうるさく飛び交う害虫達を、一人残らず駆除させて頂きますわ。


 えぇもちろん。アンジェラ・ラセットの名にかけて。首を洗って待っていなさい愚者モロン共っ!!

ヤンデレの妹は、やっぱりヤンデレ。

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