丈井佳純3
丈井佳純と日昇菜菜華は、仲直りした翌日、学校が休みの土曜日に遊ぶ約束をしていた。
そして、菜菜華が指定した集合場所は穴蛇公園だった。
別に偶然というわけではない。佳純の家から近いという理由で、もとからこの公園をふたりはよく利用していた。
昔、この公園で残忍な殺人事件があったらしく、だから利用する人間が極端に少ないというのも、ふたりにとっては利用しやすい場所となっていた。
朝の十時。
先に佳純が公園に着いた。
彼女の顔からは、ただ待っているだけでも、幸せそうな笑顔が絶えずこぼれている。
「まだかなぁ。まだかなぁ。菜菜華ちゃん早くこないかなぁ」
フリルの付いた、お気に入りの黒いワンピースの裾をフリフリと楽しげに揺らしながら、公園内を歩き回る。
「あっ」
そう言えば、と頭の中で思い出す。
幸せすぎて忘れそうになっていたが、あの子はどうしているだろう?
そんなことを思った直後だった。
ザアァァァァァァ。と何かがこすれる音が後ろの方から聞こえて来た。
佳純が振り返ると、そこには滑り台。……と。
「ああっ! 元気だったぁ?」
ナニカが腹ばいになって、だらしない格好で滑り下りてきていた。
どうやら今日も滑り台の上に居たらしい。
地面に両手を着いて上半身と、顔をゆっくりと持ち上げようとしている。
「あははぁ、大丈夫? 変な滑り方してたけど?」
佳純が心配そうにナニカの前まで行ってしゃがみこむ。
「ガ……ェ…………デ」
「え何?」
よく聞こえなかったので訊き返すと。ナニカは顔を上げた。
今日は昼間だからその表情がよく見え……。
「ひぃやぁああっ!!」
思わず奇声を発し、跳び退く。
心臓が早くなり冷や汗が体温を奪ってゆく。
ナニカには顔が無かった……いや、そうではない。
目もある、鼻も口も。
ただ、皮膚が、顔の皮膚が無かった。
理科室の人体模型どころの騒ぎではない。
生きたピンク色の筋肉が、むき出しで動いている。血液は赤黒く張り付き、瞳は絶えず苦痛に耐える様な色で、心做しか、涙を浮かべている様にも見える。
それに、
「…………エ……ジ……」
まともな言語が話せていない。
何か言おうとしているのか、単純に喉が振動しているだけなのかも理解できない。
ただ、なにが言いたいのかは分からなくとも、ナニカが佳純の方へ向ってきていることだけは、一目瞭然だった。
這いつくばるように、少しずつ近づいてくる。
「え? な、なに?」
「…………ゾゥ…………オ…………ヂ……」
右手。
「なんなの? ね」
左足。
「や、いやっ」
左手。
「ちょっ、と、あ」
右足。
「ぁ足が、うご……」
右手が佳純の顔へ伸ばされる。
もう、腰が抜けて、震える足も役立たず、その佳純の顔へ。少女の手が伸びる。
「ア…………ノ……ォ」
「や、は、ぁ、あ」
顔に触れる――――
「佳純に何してんだぁあああ!!!!」
寸前。
叫びながら、全力で突っ込んできた何者かが全力の飛び蹴りでナニカを吹き飛ばした。
「大丈夫!? 佳純!!」
待ち合わせ相手の日昇菜菜華だ。
ぎりぎりのところで彼女が到着してくれたらしい。
「菜菜華ちゃぁぁぁんん」
張りつめていた緊張が途切れ、菜菜華に泣きつく。彼女の方も「ああ、よしよし」と佳純の背をなでながら抱き返す。お互い同級生の少女のはずだが、菜菜華の方はだいぶん落ち着いている。彼女の方がもとから気が強いというのもあるかもしれないが、やはり、佳純を安心させるため、というのもあった。
泣いている少女も自分を支えてくれている人間の足が震えていることには気付いていない。
「で……あれはなんなの?」
「んぅん、分からないの……」
フルフルと佳純は首を振る。
「でも、人間じゃ、ないと思う」
「……ああ、ウチもそう思うよ」
ふたりでナニカを見つめる。
「……ナ…………ク……チァ……」
ナニカはまた這って近づいて来ようとしていた。
「ぅうう……佳純。やばいよあれ。なんだよ、バケモノじゃない……」
吐き気を堪えながら、
「……ダ……ズ……グェ……ゲ……」
「殺そう」
決意した。
「バ……ッヅ……マ……」
「あんなのほっといたらやばいよ」
「で、でも……」
「いいから! ……ウチがやるから……」
佳純を守ると言う義務感から……正義感から、菜菜華は近くに落ちていた大きめの石を拾い上げ、ナニカと佳純の間に立ちはだかった。
「……ガ……メ…………デ……ナ……」
最後にナニカと佳純の目が合った。
ナニカは苦しんでいるようだった。
一粒だけ涙を零し。
「うああああああああ!!」
菜菜華に、動かなくなるまで殴り殺された。
「菜菜華ちゃん……?」
「はぁ……はぁ……もう。大丈夫……」
「死んだ、の?」
「うん……たぶんね。早く誰か呼びに行こう」
「うん」